第34話 女神とマンボウ
「妹を、探しているのです。」
女性は真っ直ぐにセシルの顔を見て、その青い瞳を潤ませながら打ち明けた。
「妹さんですか?」
彼女は大きく頷き、話を続ける。
「妹はこの町の男性に恋をしました。その恋が成就するかどうかも分からないのに、妹は私達の国を出ていこうとしたのです。私や他の姉妹は止めたのですが、どうしても聞き入れてくれませんでした。そして妹はとうとうこの町へ来てしまったのです。」
セシルは、悲しそうな表情を浮かべる彼女に尋ねる。
「どうしてそんなに反対したのですか? 妹さんの恋を応援してあげたら、彼女は貴女達の国から出ていかなかったんじゃないんですか?」
「それは……。」
セシルが女性の言葉をじっと待つが、女性は逡巡しているようで言葉を詰まらせる。
「……その男性と一緒になっているならそれでいいのです。私は、妹が無事に生きているかどうか、それを知りたいだけ……。もう2年も会っていないのです。会いたい、リタ……。」
女性はさめざめと泣き始める。落ちる涙が真珠のようにきれいで、思わず目を奪われる。セシルが何と言葉を掛けようか悩んでいると、突然ケントが口を開く。
「僕はケントといいます。僕が貴女の妹さんを探します。」
「ぼく!?」
突然のケントの提案にセシルは驚く。見ると、ケントの彼女を見る目がきらきらしている。なんだかいつものケントと違う……。僕って……。セシルはこれまでに見たことのないようなケントの様子に、驚きのあまり瞠目してしまう。
それにいつものケントなら、相手の素性も分からないまま、手を差し伸べたりしないのに、どうしたのかな。ケントはいつでもセシルより冷静なのに。
「あの、本当ですか……?」
「ええ、任せてください。それで貴女の気持ちが晴れるなら。」
ケントは女性に、きりっと答える。そのキランとした笑顔が、なんだかケントらしくなくて気持ち悪い。セシルは思わずケントをジト目で見てしまう。アンナは嬉しそうに顔を
「ありがとうございます、ケントさん。私の名前はアンナといいます。妹はリタ。ピンクブロンドの髪に、私と同じ青い瞳で、見た目は18才くらいです。」
「アンナさん……。」
ここまでくると、恋愛についてはよく分からないセシルでも、さすがに気付く。ケントはアンナに恋をしたのではないか。ケントの眼差しは何となくハートに見えてしまうくらい分かりやすい。
仕方ない、ケントにつきあうことにしよう。セシルは肩を竦めて溜息を吐く。
だがセシルは、アンナの先程の言い方に引っ掛かりを覚える。『
それに、恋する男性のもとに行った妹が
気になることはいろいろあるが、セシルにはアンナが悪い人のようには見えなかったし、彼女の涙はセシルの胸を苦しくさせた。アンナの妹を探すくらいのことはしてあげたいと、セシルも考える。
「アンナさん、僕はセシルといいます。ケントもこう言っていることですし、僕たちは、リタさんっていう名前と見た目から、彼女を知っている人がいないか、街で探してみます。ところでリタさんが貴女の国を出たのはどのくらい前ですか?」
セシルがアンナに尋ねると、アンナは真剣な表情でセシルに答える。
「2年ほど前になります。リタは魚が大好きで、よくここの海辺へ遊びに来ていたんです。そして、その運命の男性と出会ったのだそうです。」
魚が大好き……。この町に魚料理でも食べに来ていたのだろうか。……うーん、もう少し情報が欲しい。
「その相手の男性のことは何か聞いていませんか? どんな仕事をしているかとか、どんな見た目とか。」
「見た目は分かりませんが、この町の漁師だと言っていました。」
「うわ、それすごく重要な情報じゃないですか! それだけ分かってるなら、だいぶ対象を絞り込めるので、相手の男性を探しやすくなりそうです。」
セシルの言葉を聞いて、アンナは喜びの色を表情に浮かべる。花開くようなその笑顔にセシルも見惚れて、思わず顔が赤くなってしまった。ケントは言わずもがな。
「それじゃ、僕たち、町へ戻りますね。妹さんを探し当てることができたら、彼女をここに連れてきます。」
「ありがとうございます……! セシルさん、ケントさん。」
挨拶をして喜びに目を潤ませるアンナと別れ、セシルはケントとともに海辺を背にして街の方へ歩き出す。砂浜を出る辺りで、セシルはふと後ろを振り返る。
あれ、誰もいない……。
セシルは宿屋に戻り、部屋のソファーに座ってケントと向き合う。
「ケント、どうしちゃったの? ぼーっとして。」
「僕が探す」って言っていた割に、セシルとアンナが会話していた間、終始アンナに見惚れていたケントに、セシルは思い切って聞いてみる。
「いやー。アンナさん、綺麗だよなー。俺、彼女のためにはひと肌でもふた肌でも脱ぎたい気分だわー。」
「肌は脱がなくていいから、これからリタさんの情報をどうやって集めるか話し合おうよ。」
まったくもって今のケントは当てにならない。
「そうだなあ、漁師ってことが分かったわけだから、まずは港に行って、漁師たちに片っ端から聞き込みだな!」
「うん、そうだね。港に行くのはいい考えだね。」
ようやく建設的な意見を出したケントに、セシルは頷き賛成する。だが気がかりなのは……。
「ただ、ミアさんに会いに行くのがまた遅れちゃうね……。」
セシルは行く先々で何らかのトラブルに巻き込まれていることで、ミアに会いに行くのが遅れていることを危惧する。
「ああ。だがセシルはどうせ困った人を放っておけないだろう? ……俺はたまにだが。立ち寄った街である程度依頼を受けたりして、金も稼がないといけないし、多少の遅れはミアも許してくれるさ。」
そういうケントだって、自分と同じくらいお人好しな性格だとセシルは思っている。まあ今回の場合、ケントのほうがアンナを助けたい気持ちが強いと思うが。
宿屋で話し合いを済ませ、セシルはケントとともに早速港に向かう。
◆◆◆<ケント視点>
紫がかった長い銀髪に海の青の瞳。……アンナさん、貴女が女神か!
初めて海辺で彼女を見たとき、まじで女神が舞い降りたかと思った。そのくらい彼女は神々しかった。
彼女が俺を「ケントさん」と呼ぶと、その声と言葉に、俺はまるで羽が生えた天使のように舞い上がる。俺が彼女の憂いを晴らし、「ありがとう。ケントさんって素敵ね。」と言わせてみせる。
俺がそんな妄想を繰り広げている間に、セシルが
その後、俺とセシルは宿を出て、ロシュトックの港へ向かう。
港には数多くの漁船が停泊している。ここの港は漁港で、他国に航路が開かれている訳ではない。港には魚の生臭い匂いと、潮の香りが充満している。
俺はこの匂いが好きだ。故郷の茅ヶ崎を思い出すからだ。この匂いを嗅ぐと、少々ノスタルジックな感傷を引き起こされてしまう。
漁船の周囲には、腕周りが俺よりもひと回りもふた回りもでかく、真っ黒に日焼けした、所謂海の男たちが大勢いた。彼らは忙しそうに漁船の側で荷の積み下ろしをしている。素直にその手を止めて、情報収集に協力してくれるといいが。ロシュトックの海の男は、目つきも鋭く強面で、気性が荒そうなイメージがある。
俺は手前にいた漁師に近づき、リタのことを尋ねてみる。
「あの、すいません、聞きたいことがあるんですが。」
「なんだい、兄さん。」
俺が尋ねると、ものすごくにっこり笑って対応してくれた。全然イメージと違った。見かけで判断してすまん。
その愛想のいい漁師に俺は引き続き尋ねる。
「この辺の漁師さんで、リタっていう、ピンクブロンドの髪の女性とお付き合いしてる人を知りませんか?」
「リタ……リタねえ……。いや、覚えがねえな。すまんね、兄さん。」
漁師は再びにかっと笑って、俺に答えた。めちゃくちゃ愛想のいい人だった。
俺とセシルは二人で、そこらじゅうの漁師に聞き込みをして回る。30分ほど経ったところで、ある漁師が俺達に重要な情報をもたらす。
「そういや、1年くらい前に漁師をやめて酒場の店主になった男が、そんな見た目の女と一緒に歩いてるのを見たことがあるな。悪いが、いつ見たかは覚えていない。」
「……! その酒場は、なんていう店です?」
「『
「ありがとうございます!」
その酒場は、俺達がロシュトックに到着してすぐに、夕飯を食べた店だ。
俺はセシルと一緒にその酒場に向かう。
俺達は15分ほど歩き、『
まだ昼ではあるが、昼から開いてる酒場も珍しくないというのに、この店の扉は閉まっている。準備中なのだろうか。
「こんにちはー。」
表の扉が開いてなかったので、俺達は裏口に回り、声をかける。だが返事がない。そこで、扉に手をかけると、どうやら鍵は掛かっていないようだ。
セシルに視線で警戒を促しながら、俺達はそっと酒場の扉を開く。そしてもう一度声をかける。
「こんにちはー……。」
「なんだ? あんたらは……。」
見ると暗い店内のカウンターに、両手で頭を抱えた男が一人で座っており、その男が搾り出すような声で俺達に応対する。男の声には悲痛な響きが混ざっている。彼は酒を飲んでいるようだ。
「あんたがここのマスターか?」
俺はカウンターの男に問いかける。
よく見ると、男は30前後で、薄茶色の短髪に琥珀色の目をした、なかなか顔立ちの整ったイケメンだ。椅子に座っているからよく分からないが、恐らく長身で体つきもがっちりとしているだろう。元漁師だって言ってたな、そういえば。
「ああ、そうだ……。」
マスターはやはり絞り出すような苦しげな声で答える。
「……何かあったのか?」
俺が尋ねると、沈痛な色を湛えた表情でマスターは答える。
「あいつが帰ってこない……。今朝からだ。今まで黙っていなくなったことなんて一度もなかったのに……。」
マスターははっと俯いていた顔をあげ、俺達に縋るように尋ねる。
「……そうだ!! あんたたち、知らないか!? ピンクブロンドの髪に青い目のかわいい女だ。年は18なんだが、どこかで見かけてないか?」
「いや、すまない。俺達は、その彼女、リタさんの件であんたに質問しに来たんだ。」
「……なんだって?」
リタの名前を出した途端、一変して、マスターは剣呑な光を湛えた眼差しで俺達を睨む。
「なんでお前らがリタのことを知っている! リタがどこにいるか知っているんじゃないのか!」
マスターの敵意を顕わにした物言いに、セシルが慌てて取り繕う。俺の言い方がまずかったようだ。
「違います! 僕らはリタさんに会わせてほしくて来たんです!」
俺達はマスターに、アンナさんに会ってリタを探すよう依頼されたことを伝える。
「そうだったのか……。疑ってすまない。きっとあいつに何かあったんだ……。行き違いになるといけないと思って悩んでいたが、さすがに帰ってくるのが遅すぎる。俺は、リタを探しに行く!」
マスターはそう言って立ち上がり店を出ていこうとするが、俺はそんな彼を引き留める。
「待ってくれ! 探すのは俺達が引き受ける。リタさんが戻ってきたときのために、あんたはここで待機しててくれ。」
「だが……! ……分かった、すまない。よろしく頼む。あいつは体が弱いんだ。すぐに消えてしまいそうなくらい儚いんだ。頼む……。」
マスターは沈痛な面持ちのまま言葉を紡ぐ。
「分かった。待っててくれ。」
俺達はマスターにそう言い置くと、いなくなったリタを探すために酒場を後にする。
俺は頭の隅から沸いてくる嫌な予感に徐々に支配されていった。
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