青春アレルギー
奥月 陽人
珍しくもない体質
例えば友達と話していて、急に息が苦しくなった経験はないだろうか?
本当は皆が何の話をしているのかわからない、どこが面白いのか理解出来ない。だけど皆がさもおかしそうに笑っているから、自分も笑わない訳にはいかない。だから楽しくもないのに、面白くもないのに乾いた苦笑いを漏らす。世間はそういう行為を、『空気を読む』と呼ぶ。普通に考えたら”友達”なんていうのは気が置けない関係であるはずであり、会社の上司と話す訳でもないのだからそんな面倒なことをする必要なんてないはずなのに。しかし、何故か。本当になんでか知らないけど、友達に限らず部活や委員会の仲間と話す時、更には家族と話す時ですら俺達は常に、”空気の奴隷”にならなければならない。共通のアニメだとかゲームだかの話、今日学校で何があったかという話、息がつまりそうになるくらい、話し続ける。沈黙を恐れて、必死に誤魔化して、取り繕う。それが人間関係の構築と維持、つまりは『人付き合い』というものらしい。そんなの、息苦しくなって当然だ。何処へ行っても気が休まるはずがない。だから自然と嫌になって、逃げだしたくなって、でも逃げることなんて出来なくて、結果グチャグチャになって、気づけば俺は、その”アレルギー”になっていた。
『青春アレルギー』。
それは、ありとあらゆる”青春”に触れると、体が異様なまでの拒絶反応を起こす体質のことだ。具体的な症状としては、教室で騒いでいる陽キャの声を聞くと頭痛がしたり、放課後『ウェーイ』と謎の奇声をあげるパリピの群れに遭遇するとめまいや立ちくらみがしたりする。そんなのはまだ軽い方で、下校中に同じ学校の制服を着た男女が手を繋いで一緒に帰る光景を見てしまったら最悪だ。このアレルギーにおける最凶最悪のアレルゲン、『リア充』。と、こんなことを言えばクソ陽キャは「うっわ、自分が彼女出来ないからって嫉妬してけおるとかw童貞きっもww」と嘲笑うだろうし、逆にクソ陰キャは「わかるわかる!俺もアイツらマジうぜぇと思うわw爆発しろって感じww」と勝手に共感してくるだろう。そんな奴らに対して、俺はいつも心から思っている。
てめぇら、マジでふざけんなよ。
俺がリア充に対して抱くのは嫉妬でも憎悪でもない、あえて言葉にするのならばそれは『気持ち悪さ』だ。気持ち悪い、本当に、気持ちが悪い。好きだの大事だの愛してるだの、そんな大層な御託を並べては、奴らは相手をコロコロ変えて、また同じことを繰り返す。『運命の人』が半年で入れ替わり、付き合っている相手が居ても別の異性と挨拶のようにキスをして、時には枕を交わすことまである。挙句、『セックス・フレンズ』なんていう言葉さえ存在する。そんなのを見せつけられて、吐かずにいられる訳がない。過去に三度、下校中にリア充を見てしまい、強烈な吐き気に襲われ、公園の公衆トイレでげぇげぇやったことがある。あの時は本当に地獄のような思いだった。消化しかけた食べ物が胃の中で暴れまわり、食道を逆流し、息が出来ないレベルで口からも鼻からもゲロが絶えず溢れ出して、死にそうになった。痛くて苦しくて、何より悔しくて涙が止まらなかった。なんで、なんで俺があんな奴らの為に、こんな思いをしなければならないのか。そして、これほどの苦痛を『非リアの嫉妬』だとか『リア充爆発しろ』なんていう安い言葉で理解されてしまうことが、俺にとってどれほどの屈辱か、言葉では到底表すことは出来ない。
この『青春アレルギー』という呼称は俺が勝手につけたもので、中学の時医者に診断された正式な病名はナントカ症候群とかいう、思春期における環境の急激な変化とか、人間関係の悩みから生じるストレスなどを原因とする精神病の一種らしい。医者は「インフルエンザと違って薬やワクチンがある訳じゃない、全ては君の心持ち次第なんだから、最初は辛くても積極的に輪の中に入っていくことが唯一の治療法だよ。そうしなければ、君は一生人と関わることが出来ない、社会不適合者になってしまう」なんて言って、それを聞いて青ざめた両親が親戚の同年代の奴らとか、近所の中学生を片っぱしから家に連れてきては、『お友達になりなさい』と言った。無論、友達なんか一人も出来なかったのは言うまでもない。医者はこうも言った、「大丈夫、君のような若者は珍しくない、私も昔はそういう時期があった。でも勇気を出して話しかけて、ちゃんと友達ができてからは、毎日が楽しくなった。大切なのは、”一歩を踏み出す勇気”なんだ。人生に一度きりしかない”青春”だ、思い切り謳歌しないとね」それを聞いて俺はこう思った。
クソジジィ、マジでふざけんなよ。
何ベラベラと上から目線で諭してんだよ、てめぇの思い出話なんざ誰も聞いてねぇっつーの。治療?はっ、ざっけんな。これは病気じゃなくて体質、『アレルギー』だ。食物アレルギーの奴にその食物を「最初は辛いかもしれないけど」なんて言って無理矢理食わすのが治療だってのか?親も親だ、何勝手に息子の人間関係引っかき回してんだ、アンタらのせいで変な噂が出回って、余計誰も俺に近づかなくなったじゃねぇか。こんなんで、友達なんか作れるはずもない。と、こう言うとまるで俺が友達を作り、彼女を作り、”青春”を謳歌してこのアレルギーを治したいと願っていると誤解されるかも知れないが、勿論、断じてそんなことはない。さっきも説明した通り、そもそも俺がこんな状況に陥ったのは人間関係そのものに嫌気がさしたからだ。今更誰かと関わりたいだなんて、思うはずもない。
人付き合いなんて、『百害あって一利なし』だ。
”友達”は俺から借りた漫画やゲームを絶対に返さないし、カードゲームのレアカードは『交換』の名のもとに取り上げていく。俺にとって”友達”というのは、自分の大切な物を踏みにじり、奪っていく連中のことだ。そんなもん要るか。まして”彼女”なんてセックスのことしか頭にない猿が引っかけた雌豚を呼ぶときに使う呼称だ、絶対要らない、死んでも要らない。つーか、俺女子全般嫌いだし。黄色い声が耳障りだし、インスタ映えのことしか考えてないし、イケメンと流行に群がる蠅みたいだし、何よりアイツらも俺のこと死ぬほど嫌っているし(席替えで隣になっただけで何度泣かれたことか)。とまぁそんな訳で、高校二年生となった俺が今現在も昔と全く変わらず、『優雅なるボッチライフ』をエンジョイしていることは言うまでもない。普段は飯を食う時もトイレに行くときも誰に気を遣う必要もなく、自由気ままに過ごしているのだが、その日は状況が違った。そして、俺のこの完璧な日常が、少しだけ変化した日でもある。
文化祭当日、俺にとってのアレルゲン(陽キャ、パリピ、リア充etc)の活動が最も活発になる日、俺はソイツと出逢った。
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