四章 原因はビュリオラ、いろんな意味で2


 *



 はい。シャルランです。

 あたしたちは、まだお屋敷のなかです。


「あああ……心配です。ご主人さまは人間に殺されると思いこんでるんですよねぇ。兵隊に乱暴されて、おかしなことになってなきゃいいですけど。すぐに助けに行きませんと」


 エイリッヒさんが呼びとめました。

「まあ、待て。おそらく、ベリーヒトは事情を聞かれているだけだ。知らぬ存ぜぬで通していれば、いきなり乱暴なまねはしないだろう」


 エイリッヒさんは、被害妄想になってるときのご主人さまを知らないから……。


「あのときのご主人さまは、まともに人と話せる状態じゃないんですよねぇ。やっぱり……助けに行きませんと」


 かけだそうとするあたしの手を、エイリッヒさんがつかみます。


「だから、待て。今、おれたちが行っても捕まるのがオチだ。それより、おれたちが犯人ではないという証拠を見つけよう」

「そんなの、どうやって見つけるんですかぁ」


「かんたんなのは、真犯人をつかまえることだ。リンデ、おまえは、さっそく酒場に行って、昨夜のおれの行動をしらべてくれ」

「はいよ」


 リンデさんが窓からとびだしていくと、急に姿が消えました。そのあとをヒラヒラ、コウモリが飛んでいきます。なんですか? 今のは。まあ、いいや。


「あたしたちは、どうしたらいいんです?」


「さしあたってやることはない。少し休もう」

「そんなぁ。ただ待ってるだけなんて……」


「しょうがないだろ? おれたちは脱獄囚になってしまったんだ。たぶん、触れ書きをまわされて、賞金首になるだろう。むやみに外に出ないほうがいいんだ」

「うう……」


「髪くらいは染めて、変装でもしておこう」

「染髪料なんてありませんよ」

「あとで、リンデに買ってこさせよう」


 エイリッヒさんは、ため息をつきました。


「姫さえいなければ、おれとリンデはこの町を出て、どこか遠くへ行ってしまってもいいんだがな。べつに、この町に執着もないし」


 姫さまは疲れてソファーで寝てます。

 なので、この暴言を聞かれなくてすみました。


「なんて冷たいことをおっしゃるんですかぁ。ご主人さまを見すてるんですか? エイリッヒさんの弟ですよ?」

「弟?」

「手帳です。手帳」


 エイリッヒさんはポケットから黒革の手帳をだして、うなずきます。


「ああ、そうか。弟がいるかもしれないんだっけ。ちょっと、ここへ来るまでのことも書いておくか。ウォンテッドだってことを忘れて、うかうか外へ出たら大変だ。ペンとインクは?」


「書斎にあります」


 それで、あたしたちは書斎へ行きました。


「カーテンをしめてくれ。明かりが外にもれないように」

「はいはい。いばったお客さまですねぇ。ほかにご用件はありますか?」


「そうだな。すでに忘れてしまった記憶も多いから、おれの言うことに、まちがいがないか、そばで聞いていてくれ。声に出して言いながら書くから」


「いいですよ。じゃあ、イスを持ってきますね」


 あたしはデスクにすわるエイリッヒさんのとなりに腰かけました。


 ロウソクの火がゆらめいて、肩にこぼれるエイリッヒさんの髪が、純金みたいに、きらめいています。


「じゃあ、行くぞ」

「はい」


「とつぜん、断崖の塔に現れた兵士たちに、おれ、リンデ、シャルランの三人は、連続殺人犯として連行される。城の地下室に幽閉されるものの、王女付きの侍女、マルグリーテの助けで脱出。

 しかし、マルグリーテは裏切り者だった? おれたちと姫を古井戸につきおとす。井戸内部の秘密通路を使い、からくも脱出。

 弟らしき人形師ベリーヒトの屋敷へ向かう。

 ベリーヒトはすでに兵士たちに、つれさられたあとだった……と、こんなところかな?

 補足として、城内を逃亡中、左大臣の娘の死体を発見したことは、書いておかなければな」


「わあ、すごい。お芝居の口上みたいですねぇ。前回までのあらすじ」


「おれの人生、三十分ずつの一幕物の連続みたいなものだ。正確に三十分というより、気をぬくと忘れるみたいだな。今、書いて安心したから、きっと、もうじき、城であったことも忘れるよ」


「もっと、こまめに手帳に書いておけばいいじゃないですか」

「手帳を持ってることじたい、忘れるからな」

「ダメダメですねぇ」


 エイリッヒさんは傷ついたみたいでした。


「あ、すいません」

「おまえはポンコツだの、ダメダメだの、好き勝手言ってくれるな」


 ははは、と渇いた声で笑うので、なんかまた、チクンと胸が痛くなります。


「なんで悪口は忘れてくれないんですか。シャルラン、うっかりしちゃっただけです。エイリッヒさんは病気なんだから、しかたないって、わかってますよぉ」


「病気っていうか、前世のおれが大切なものをなくしたからだよ。それは、とても大事なもので、おれをおれとして形作るものだった。

 人間なら、心臓も肝臓も、腎臓も、肺も、脳みそも、ごっそりなくして生きてはいけないだろう?

 おれは精霊だから、かろうじて存在だけは残った。

 体の中身を全部なくして、残った手足や骨をつぎあわせ、皮をかぶせて、見てくれだけ人型っぽいものができあがってる。それが、今のおれだ」


 うう……なんででしょう。涙がこぼれます。


 シャルランを見て、エイリッヒさんが笑いました。

「なんで、おまえが泣くんだ。おれのことなんて、どうだっていいんだろう?」


「どうでもよくはないですよ。ご主人さまの……お兄さんですし」

「それだけ?」


 そんなキレイな顔で、のぞきこまないでくださいよぉ……。


「それだけって、なんなんですか。だいたい、エイリッヒさんには恋人がたくさん、いるじゃないですか」


 あたしは、たくさんってとこを強調しました。


「恋人なんていないよ。だって、誰のこともおぼえてない。なのに、なんでだろうな。シャルラン、おまえを見てると、誰かを思いだす。ずっと昔、おまえを知っていたような気ががする」


 ちょっと、ちょっと、抱きついてこないでくださいよぉ。でも……以前より、イヤじゃない……かも?


「薔薇の香りをかぐと、いつも胸がつぶれるほど愛しいのに、憎いような心地になる。悲しみと絶望に、うちひしがれる。

 だが、なぜだろうな。おまえの香りは快い。歌をうたい、踊り、手をとりあって語らった、あの毎日が楽しくてしかたがなかったころを思いだす」


 むぅん。なんで、エイリッヒさんの顔が近づいてくるんでしょう。アップで見ると、ほんとキレイですよ、この人。ドキドキします……。

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