三章 地下牢と冒険、それに……恋?6
「囚人のおれがいなくなり、脱獄中に女が殺された。ということは、けっきょく、おれが殺して逃げたことになるだろ。あの侍女、最初から、そのつもりで、おれを牢から出したのかもなと思ったんだ」
前のほうから、リンデさんの声が答えます。
「うーん。そうだなぁ。変態の人殺しが城内で女を殺したくなった——って考えるだろうなぁ。殺人鬼が町にいるときに、城で殺人が起こっても、殺人鬼のせいだとは誰も考えないだろうが。タイミングが悪すぎる」
うーん、とリンデさんはうなります。
「じゃあ、あの侍女は、おれたちを政権争いに利用したのかな? 一介の侍女が? 右大臣に命令されたのかな?」
今度はうしろからエイリッヒさんの声。
「右大臣が怪しいって言ったのも、あの侍女の言葉だ。ほんとに怪しいんだか、はなはだ疑問だな。右大臣があの女の味方なら、疑いのかかるようなことは言わないはずだ。
でも、しらべてみる価値はある。おれたちに姫を押しつけたのが子守のつもりでないなら、城から遠ざけたかったってことだろ?
つまり、城のなかが安全じゃないからだ。彼女か姫の敵が城内にいるんだ」
なるほどです。
リンデさんは、また、うなりました。
「なんか、だんだん話がややこしくなってきたなぁ。いったい、どこからが陰謀で、どこまでが、ぐうぜんなんだ?
もしかして、エイリッヒが嫌疑人になったのも、すでに陰謀だったのか?
たしかに、おれは、エイリッヒがナイフを持ってるとこ見たよ。でも、エイリッヒが女を刺すとこを見たわけじゃない。
エイリッヒのことだから、女を介抱しようとして、刺さってたナイフをぬいただけかもしれない」
「おれが、何をしたって?」
ああ、もどかしいですね。また、そこからなんですか。
あたしは、ちょっとめんどくさくなって、二人の話に口をはさみました。
「町に出たら、あの酒場のおかみさんに聞いてみたら、どうですか? 何か知ってるかもしれませんよ」
リンデさんが賛成してくれました。
「いい考えだね。右大臣しらべるより、カンタンそうだ——おっ、出口だ」
ふたを動かす音がして、外の月明かりと新鮮な空気が入ってきました。やっと、せまくるしさから解放です。
出口は古いお墓の一つにカモフラージュされていました。
たくさんの墓石が月光に青白くてらされて、無気味この上なし!
「うう、イヤなながめですねぇ。シャルラン、暗いのより墓地は、もっと苦手です」
エイリッヒさんは首をかしげました。
「変だな。ほんとに墓地か。あの侍女、おれたちを罠にハメたいのか、逃がしたいのか。どっちなんだ?」
「罠なら、そろそろ、待ちぶせの兵士が出てくるんじゃないか?」
リンデさんが言いましたが、そういう気配はありません。
墓場はあたしたち以外、生きてる者はないように静かです。まあ、みんな死んでるんですけどね。そのことは考えたくないです。怖いです。
とつぜん、姫さまが、うわーんと泣きだしました。
「きっと、マルグリーテは、お父さまの命令で、わたしをすてたのよ! お父さまは、わたしのことがキライなんだわ!」
姫さま、おとなしいと思ったら、そんな悲しいこと考えていたんですね。
「姫さま! そんなことありません。王さまは姫さまのこと、ほんとに大切に思っていらっしゃいます。そうじゃなきゃ、あんなにいっしょうけんめい、ご主人さまや断崖の魔術師を呼びよせようとしませんよ」
「そんなの建前だもん」
そうですか……もう建前って言葉を知ってるんですか。
でも、シャルラン、くじけません。
「自分の娘を愛さない父親なんていませんよ」
「いるもん。お父さまが愛してるのは、お母さまだけよ。わたしのことなんか、どうだっていいのよ。わたし、ちっともお母さまに似てないし。赤毛でソバカスで、みっともないから。だから、わたしの顔なんか見たくないんだわ!」
「姫さま……」
泣きじゃくる姫さまは、うちのご主人さまみたいです。
「……そんなこと気にしてたんですね。姫さま」
「そんなことじゃないもん。シャルランはプラチナブロンドで青い目で美人だから……わからないもん」
むうん。ある人に言わせると、ミニミニミニローズなんですけどね……。
「気にしてるのは、姫さまのほうでしょ? 王さまはそんなこと、ちっとも気にしてませんよ。だって、王さまは、今のままの姫さまを愛しているんですから。
じゃないと、あたしがご主人さまに姫さまの人形造りをおすすめしてませんよ。あたしは王さまの愛情が本物だと思ったから、自信を持ってご主人さまにおすすめしたんです。
こう見えて、シャルラン、人を見る目はあるんですよ。動物的な勘ってやつでしょうか?」
「シャルラン……」
「だからね。ちゃんと姫さまをお守りして、ぶじに王さまのもとにお帰ししなくちゃいけないんです。じゃないと、王さま、病気になっちゃいますよ。ね?」
こくんと、姫さまはうなずきました。
まだ子どもなのに、不幸の多い、かわいそうな姫さま。
お城では人目があって、思いきり泣けないのかもしれません。
「姫さまは、しばらく、うちのお屋敷でお預かりしましょう。エイリッヒさんたちは、どうするんですか?」
「おれの住処は、すでに兵士たちに知られている。とりあえず、夜が明けるまで、おまえの屋敷へ行かせてくれ。そのあとのことは、ついてから考える」
ところで——と、エイリッヒさんは続けます。
「姫は、なぜ、断崖の魔術師に会いたかったんだ?」
姫さまは泣きやんで、ぽつりぽつり答えます。
「断崖の魔術師は、人の思い出を宝石にすることができるって聞いたから。その宝石をのぞくと、思い出のなかの人が見えるんですって。
お母さまが亡くなってから、お父さま、ずっと元気がないの。王さまだから、人前では、すごくがんばってお仕事してるけど、あたしにはわかるの。ムリしてるんだって。
せめて、思い出の宝石でお母さまに会えれば、少しは元気になるかなって……」
「だが、思い出をとりだされたほうは、その思い出を忘れてしまうんだぞ。おまえは母のことを永遠に忘れる。母の顔も、声も、愛していたことも、愛されたことも、何もかも」
「それでも……お父さまが元気になるなら……」
な、なんて、いい子なんでしょう!
シャルラン、涙があふれますです。
エイリッヒさんは苦笑しました。
「そうか。しかし、どっちみち、断崖の魔術師には、姫の記憶はうばえない」
え? なんでですか?
あたしは不思議に思って、すぐにも理由を聞きたかったんですが、エイリッヒさんがせかします。
「さあ、早く、おまえの屋敷へ行こう。ここも、いつ追っ手が来るかわからない」
まあ、それはそうです。
あたしたちは暮石のあいだを歩いていきました。
動く死体とか出なくてよかったです。
昔、もっと魔法が盛んだったころは、死体もよく動いたものです……ん?
なんで、そんな昔のことを、あたし、知ってるんでしょうね? 魔法が盛んだったのは、一千年以上も古い時代なのに。
うーん? ほんと言うと、あたしもエイリッヒさんのこと、とやかく言えないんですよね。子どものころの記憶も、けっこう、あいまいだし、ときどき年単位で記憶がぬけちゃうんですよ。
みんなが、そうなんだよってご主人さまが言うから、気にしてませんけど。
さて、あたしたちは夜明け前の街路をひた走りました。
追っ手が来るよりさきに、ご主人さまに事情を話しませんと。
ところが、すでに遅かったのです。
ようやく帰ったお屋敷には、明かりがついていませんでした。
ご主人さま、シャルランがいないことに気づかず、寝ちゃったんでしょうか?
お屋敷の前で、リンデさんが鼻をヒクヒクさせました。
「変だな。大勢の人間と馬の匂いがする。誰か……来たか?」
不安な気持ちで、あたしはお屋敷にかけこみました。
「ご主人さま。ビュリオラさま。シャルランです。どこにいるんですか?」
ご主人さまはお屋敷のどこにもいませんでした。
アトリエから、かすかな音がしたので、行ってみると——
「ビュリオラ。つれてかれたの。たくさん兵隊が来て、つれてかれちゃったの」
黄色い花びらの髪のローズちゃんが、泣きながら言いました。
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