二章 伝説と予言の青い薔薇、そして殺人鬼4


 ご主人さまの言葉を聞いて、お姫さまは、くちびるをかみしめました。

「ウソつき! 花なんて痛がらないわ。だって、花には心なんてないもの!」

「花にも心はありますよ。優しく接すれば、優しく応えてくれます。愛情をこめて育てれば、かならず美しい花を咲かせてくれます」


 姫さまは、せせら笑いました。

「ウソばっかり! 花に人間の気持ちなんてわからないわ。話しかけたって返事もしないし、つまれたって痛くない。こんなことしたって、なんにも言わないじゃない!」


 あッ、なんてことするですか。

 とつぜん、姫さまは乱暴者の怪獣と化しました。庭木の花を手あたりしだい、むしっていきます。


 ご主人さまは自分が切り刻まれているように、苦しげな顔をして、胸をおさえました。

 涙がご主人さまのほおにあふれてきます。

 あたしが姫さまにとびつこうとすると、ご主人さまがさえぎりました。


「でも、ご主人さま——」

 ご主人さまは首をふります。


 姫さまは息をきらして手を止めると、勝ちほこったように笑い声をあげました。

「ほら、ごらんなさい。花なんて、なんにも言わないわ。花が痛いって言った? 花の悲鳴が、おまえに聞こえた?」


 ご主人さまは悲しみに満ちた目で、散乱した薔薇の花をながめ、かきあつめました。

「聞こえました。薔薇たちは言いました。ほんとに痛いのは姫さまだから、責めないであげて……と」


 ご主人さまの手のなかで、つまれた花たちは、花びらのドレスを着た小さな女の子になりました。女の子はご主人さまの手から離れ、ととっとかけて、姫さまにすりよります。


「姫さま。ほんとは優しいよ。いつも声かけてくれるよ。きれいね、大好きって言ってくれるよ。ごめんね。わたしたち、花だから、ありがとうって言えなくて。わたしたちも姫さま大好きって、言えなくて。ごめんね」


 ううっ、なんて、いい話でしょう。

 シャルラン、涙が止まりません!

 シャルランは泣きました。

 姫さまも泣きました。

 ご主人さまも泣きました。

 三人と一体(薔薇人形)と一羽(葉っぱ小鳥)は、抱きあって泣きました。


「……ごめんね。むしって、ごめんね」と、姫さま。

「いいのぉ。姫さまと話せたから、いいのぉ」

「わたしの友達は、ローズだけだよ」


 うーむ。さすがはご主人さま。

 この短時間で、難易度の超高い姫さまの心をひらかせてしまうとは。


 ご主人さまは、ニッコリ笑いました。

「姫さまのお人形、決まりましたね。この子たちの花びらを土にまぜて、陶器の人形を造ります。このままでは、花が枯れたときに動かなくなってしまいますから。

 姫さま。一晩だけ、この子を借りていきますが、しんぼうしてくださいますか?」

「ローズを殺しちゃうの?」

「長生きできるボディに変えるだけです。この子の本体は、この庭の薔薇の木たちですから、ここの木が生き続けるかぎり、ローズの魂も、ずっと人形に宿り続けます」

「じゃあ……しかたないわね。一晩だけのガマンだもんね」


 ローズも大喜びです。

「わーい。そしたら、ずっと、姫さまと話せる?」

「話せますよ。いっしょに、かけっこしたり、かくれんぼしたり、おそろいの服を着たり、いろんなことができますよ」

「ありがとう、ビュリオラ。早く姫さまと、いっぱい、いっぱい遊びたいよ!」

「では、早々においとまして、仕事にかからねばなりませんね」


「待って」と、姫さまが呼びとめます。

「リーフも人形にしてあげて」

 小鳥のことですね。

 もちろん、ご主人さまは承諾します。

「では、姫さま。明日にはかならず、この子たちをつれてまいります」


 帰っていくあたしたちを見送って、侍女さんが、こっそりグーサインを送ってくださいました。


 さて、その途中、エントランスホールで、外から帰ってきたフローランさんに会いました。

 エイリッヒさんは……いっしょじゃないですねぇ。

 なんだか、フローランさん、難しい顔をしています。

 そばで、わめいてる、むさくるしいヒゲのおじさんのせいかもしれません。


「おら、見ましただ。あの女を殺したのは、いつも酒場に来てる男ですだ。そりゃもうキレイな金髪の兄ちゃんですだよ」

 ものすごい外国なまりです。

 頭にまいてる赤いバンダナ。服装から言って船乗りでしょう。


 それにしても……。


(金髪の、ものすごくキレイな男の人……)


 どっかで見たような人ですねぇ。


「たしか、ミケーレとか呼ばれとりましただ。あそこらは、おらたち船乗りのナワバリですだに、いろんな酒場で飲み歩いて、娘っこにキャアキャア言われとりますだ。うらやましいですだ」


 ああ……やっぱり。


 フローランさんが念を押します。

「見間違いではないのだな?」

「絶対、あいつでしただよ。おらが、ほどよく酔って、宿に帰ろうとしたらば、血だらけのナイフ持って立っとりましただ。女の死体がころがっとりました。あの顔はまちがいなく、あいつでしただよ。殺されたマチルダは、あいつの恋人だと言っとりました。もっとも、あいつの恋人と名乗る女は、あのへんだけでも十人はおりますですだ」


 むう……女の敵ですよ。エイリッヒさん。

 でも、マチルダさんって、たしか昨日、人魚のなんとかで出会った女の人ですよねぇ?

 殺されたのは、あの人だったんですか?

 知ってる人が殺されるって、悲しいです。

 しかも犯人は、ご主人さまのお兄さん。


 幸いにして、まだ断崖の魔術師が、ミケーレさんと同じ人だとは気づかれてないみたい。

 これは行って、たしかめなければです。

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