第七話
ダベンポートは階段を駆け下りると馬車に走り寄った。
「どうなさったんですか?」
馬車の窓からリリィが顔を覗かせる。
「まずいことになった。僕は馬でグラムの馬車を追いかける。すまないが、リリィは後から馬車でガブリエルと一緒についてきてくれ」
「判りました」
ダベンポート達が乗ってきた馬車は魔法院の四頭立ての馬車だ。
「すまんが馬を一頭借りるよ」
御者に声をかけ、先頭の馬からハーネスを外す。馬車から外しただけの馬では
「ハイッ」
ダベンポートは馬に飛び乗ると掛け声をかけ、急いで馬車の後を追い始めた。
+ + +
セントラル市街を通る道路は街から街道へと繋がる。土煙を引きながらダベンポートは森と草原の中を抜ける未舗装路を走り続けた。
鞭がないのが無性に歯がゆい。仕方なく、時折手で叩いて馬をけしかける。
この街道はほとんど一直線に魔法院のある街へと向かう。馬車を追い抜いてしまう恐れはほとんどない。
馬の背中が汗で濡れてきた。馬も必死で走っているが、貨物運搬用の馬のため足が遅い。
「ハイッ」
ダベンポートが馬の尻を打ち、更に馬を急がせる。
ついに、行方に青い馬車が見えてきた。
「!」
追いついた。
御者台にグラムともう一人の騎士が座っているのが遠目に見える。
「馬車の左側に寄せろ」
ダベンポートが足を使って馬車の左側に寄るようにと指示を出す。
「グラームッ」
ダベンポートは背後からグラムに声をかけた。
「グラームッ、馬車を停めろ!」
「ああ? ダベンポートじゃないか」
グラムがのんびりと後ろを振り向く。
「馬車を停めろ! このままだと皆殺しになるぞ!」
ダベンポートはもう一度大声を出した。
「皆殺しだあ? ……おい、馬車を停めろ」
グラムが隣の騎士に指示を出す。気持ちよく走っていた馬は少し抵抗したが、すぐに速度を緩めた。
「ドウ、ドウ」
馬車が惰性で少し走り、やがて止まる。
ダベンポートは馬から飛び降りると御者台をよじ登り、馬車のブレーキを引いた。
「どうしたって言うんだよ、いきなり」
「グラム、カーラ女史は?」
「後ろに乗っているぞ」
「猫は?」
「女史と一緒だ」
「よし」
ダベンポートは馬車の後ろに回ると扉を開けた。
中には二人の騎士、それにカーラ女史。
カーラ女史は馬車の一番前、扉から一番遠いところに座っていた。膝には大切そうに猫の入った籐籠が乗せられている。
ダベンポートの姿を見て何かを悟ったのか、カーラ女史は無表情だった。
「カーラ女史、猫を、キキをお預かりしてもいいですか?」
「ええ」
無抵抗に籐籠をダベンポートに手渡す。
「…………」
ダベンポートは中の猫の様子を確認してみた。
大人しく香箱を作って座っている。
その首には、ダベンポートの想定どおりおひねり入れの袋が下げられていた。
「……誰か、密閉できる容器をくれ。そう、広口瓶みたいな」
「ダベンポート、どうしたんだ、いったい」
グラムは入り口から馬車の中を覗き込むとダベンポートに話しかけた。
「……グラム、猫が逃げる。馬車に乗って扉を閉めてくれ」
「あ、ああ」
「これでいいですか?」
それまで馬車の中の装備品を覗いていた若い騎士がコルク栓のついた広口瓶をダベンポートに差し出す。どうやら応急処置セットの一部らしい。中には何かの軟膏と思しきものが半分ほど残っていた。
「ああ、これでいい」
ついでダベンポートは藤の籠を薄く開くと、両手を中に差し込んだ。
「チッチッチ……。怖がるなよ、大丈夫だ」
猫に声をかけながら首から下がった袋の紐を解く。
「……慎重に、慎重に……」
ダベンポートの額に汗が浮いている。
「ダベンポート、それはそんなにヤバいものなのか?」
グラムはゴクリと喉を鳴らすとダベンポートの手元を覗き込んだ。
「……ああ、これはヤバい」
ダベンポートは震える手で猫の首から袋を外した。そのままゆっくりと手を外に出し、再び籐籠の扉を閉める。
「グラム、悪いがその軟膏の瓶を開けてくれないか?」
「ああ、わかった」
「すまんね」
ダベンポートは猫から取り外した袋の口を開けてみた。
「やっぱりか」
中を見たダベンポートの表情が険しい。ついでその袋を広口瓶の中へ。人差し指で押し、軟膏の中に袋を沈めてしまう。
コルク栓を閉めてから、ようやくダベンポートは大きく息を吐いた。思わずその場にどっと座り込む。
「なんなんだ、あれは?」
疲れた様子のダベンポートにグラムは訊ねた。
「B. Anthracis、V. Cholerae、Y. Pestisの混合物だ」
とダベンポートはグラムに答えた。
「アンス……、何だ、それは?」
「Anthracisは炭疽菌、Choleraeはコレラ菌、Pestisはペスト菌だよ」
難しい顔をするグラムにダベンポートは教えてやった。
「その袋の中には懐中時計程度の大きさの金属製のケースが入っているんだ。確かめてはいないんだが、外には魔法陣も描かれているはずだよ。この魔法陣は特定の周波数の音に反応して発熱するんだ。そう、ちょうど猫の歌声にね」
ダベンポートはカーラ女史の方を向いた。
「そうですね、カーラ女史?」
「…………」
だがカーラ女史は答えない。
構わず、ダベンポートは話を続けた。
「その金属製のケースはね、バネ仕掛けになっているんだよ。ほら、子供の
「蜜蝋が溶けて、びっくり箱が開くのか」
「そう。それでぶちまけられるのは」──とダベンポートは両手を開いて見せた──「炭疽病、コレラ、
「そんな恐ろしいものがその瓶の中に入っているというのか?」
恐ろしそうに眉を顰めながらグラムがダベンポートに訊ねる。
「そう、その通り。この瓶は海中深くにでも沈めた方が良さそうだよ」
ダベンポートはカーラ女史を見つめた。
「でもカーラ女史、なぜなんです? なぜ、それほどまでに魔法院を憎むんですか?」
「…………」
不意に、カーラ女史はハンドバッグに手を入れると中から香水瓶ほどの大きさの瓶を取り出した。周りの騎士達が止めるよりも早く栓を開け、中の液体を一気に飲み干す。
「しまった!」
ダベンポートはカーラ女史の側の騎士に叫んだ。
「毒だ。吐かせろッ」
「……無駄よ」
苦悶の表情を浮かべながらカーラ女史の身体が横倒しになる。
ダベンポートはカーラ女史に駆け寄った。
「何を飲んだんだ!」
「…………」
無言のまま、カーラ女史が微笑む。
カーラ女史は最期にダベンポートに何事か呟くと、そのまま息絶えた。
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