第一話

 いつものゆったりとした朝の食事。

 柔らかい朝日の射すダイニングで、ダベンポートはリリィの作ってくれた朝食を楽しみながらモーニングブレンドのミルクティーをゆっくりと飲んでいた。

 今日の朝食はリリィが雑誌を見て覚えたというドライフルーツがたっぷりと入ったミューズリー、卵二つのベーコンエッグにソーセージ、焼いたトマトとベイクドビーンズ。トーストにはこの前リリィが作ったルバーブのジャムが添えられる。

 うむ。素晴らしい。こんな素晴らしい朝食は貴族の屋敷でもそうそうお目にはかかれまい。

「旦那様、これ、見てください」

 ふと、ダベンポートの背後からリリィは少し興奮した様子で女性雑誌を差し出した。どうやらダベンポートに見せようと自分の部屋から持ってきていたらしい。

「なんだね?」

 ダベンポートは振り返るとリリィから雑誌を受け取った。

「この記事、面白くないですか?」

 ダベンポートの横でリリィが雑誌を開き、一つの記事を細い指で指し示す。

 ダベンポートはリリィが指差す記事に目を落とした。

「『セントラルでは猫も歌う』?」

「歌をうたう猫ってなんか可愛い!」

 リリィが頰を紅潮させている。それでも飽き足らないのか、細い身体を左右にひねっているのが愛らしい。

 リリィは可愛い生き物が大好きだ。庭に遊びに来るリスに話しかけているのを見たこともある。そのリリィから見たら、歌う猫は興奮の極みだろう。

「どれどれ」

 ダベンポートはもう少し記事を読み進んでみた。

「『……セントラルは王国の中心地にして様々な文化の発信地でもある。このセントラルに最近、歌う猫が現れた。猫は気が向いたときに駅前の広場に現れ、美しい歌声を披露し、どこへともなく去っていく……』」

「ふーん」

「大道芸の人たちと一緒に歌うんですって」

「『……なお、猫にを与える場合には紙幣の方が良いだろう。貨幣では猫には重すぎる可能性がある。猫が帰るときに首輪に紙幣を挟んでやれば……』」

「おひねり! この猫は働いているのかい?」

 驚いてダベンポートはリリィの方を振り返った。

「そうみたいです」

 とリリィが頷く。

「きっと、自分のごはんは自分で買っているんです。自立した猫なんです」

「そんなバカな……」

 ダベンポートは雑誌をリリィに返すと、お茶をもう一口、口に運んだ。

 働く猫、ねえ。

 猫という生き物は気まぐれで、気ままに生きているものとばっかり思っていた。そもそも猫は歌えるものなのだろうか? 鳥ならまだ話は判るが……。

「わたしも会ってみたいな」

 リリィは胸に雑誌を抱きしめると、夢見るように宙を見上げた。

「今度のお休みにセントラルに行ってくればいいんじゃないか? 週末にお休みをあげよう。そんな雑誌に載るくらいだ、その猫は良くそこにいるんだと思うね」


+ + +


「なあダベンポート、聞いたかい?」

 ダベンポートが登院して席につくと、早速隣の席のトーマスが話しかけてきた。

 トーマスは少しそそっかしいのが玉に瑕だが、とても気の良い男だ。妻君は何歳か年下で二人で仲良く暮らしているらしい。

「聞いたって、何をだい?」

「セントラルの猫の話さ!」

 大げさに両手を広げる。

「ジュディスが雑誌を見せてくれたんだけどね、セントラルに歌をうたう猫が出るんだよ。人気者らしくてさ、毎日その猫を待っている人もいるらしい」

 そうか、トーマスの妻君はリリィと同じ雑誌を読んでいるんだな。

「へえ」

 ダベンポートは今朝のリリィとの会話はおくびにも出さずに相槌だけを打った。

「実はさ、ジュディスは先だってこの猫を見ているんだよ。それは素晴らしい歌声なんだそうだ」

「ほう。ミャオウとでも歌うのかい?」

「まあそんな感じだろうね、流石に人語で歌うわけではないらしい。そう、ジュディスはなんて言っていたっけかな、ああ、まるで何かの楽器みたいだったってさ」

「楽器か、フルートみたいなものかな」

 ダベンポートは言った。

「まあ、猫だからね、どちらにしても打楽器や弦楽器ではないだろう。でも音階が広くてね、それはうっとりするような歌声らしいよ」

「面白いね」

「ああ、実にね! しかもその猫は稼いでいるようだよ。首からおひねりを入れるための小さな袋を下げていてね、人々が紙幣を入れてくれる間はじっとしているんだとさ」


(歌をうたう猫、ねえ)

 溜まっていたペーパーワークを片付けながらダベンポートは考えていた。

(そういえば魔法院ここにもそんな研究をしていた人がいたな……。誰だっけな、確か……)

「そう言えばトーマス」

 ダベンポートは隣で頭を掻き毟っているトーマスに話しかけた。

「なに?」

「カーラ女史はどうしたかね? ほら、あの動物に知性を与えるとかって研究をしていた……」

「ああ、彼女ならもう退官したよ」

 トーマスは頭を掻くのをやめるとダベンポートに言った。

「退官した?」

「理由は良く知らないんだがね、急に辞めちゃったみたいなんだ。珍しいよね。魔法院うちを辞めるっていうのも」

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