第21話 ギルドマスター
手持ちは僅か1800ゴル。装備は無し。
旅をするには些か心許ない。
不安はあるが、それも含めてギルドで相談しよう。
ギルドへの道を歩いていると隣に居るはずのないヨーアの姿をふと思い描いてしまった。
いつも手を繋いで歩いていたこの道も、今となっては感慨深いものがあるな。
今までの事を懐かしんでいると、いつの間にかギルドへ到着していた。【ギルド、営業停止】の看板が立て掛けられている。
さすがに昨日の今日でギルドは営業していないか。挨拶だけでもしたかったんだけどな。
「あ、ホープさん!」
俺の姿が中から見えたのか、受付嬢さんが俺の側まで駆け寄ってきた。
「おはようございます。マモノの方は……」
「冒険者の方達が一晩調査した結果、僅かに瘴気の残滓が確認されました。海岸沿いは封鎖されます。しばらくは警戒が必要でしょう。再出現の報告もなく、怪我人も出ていません」
「そうですか……。一先ず、誰も襲われていなくて安心しました」
「そうですね。ギルドの方も本日から営業再開です!」
そう言うと【ギルド、営業停止】の看板を受付嬢が外した。
「受付嬢さん。実はお話ししたいことがありまして……」
「ホープさん。とりあえず中へどうぞ。外じゃなんですから。あと、私はリナと言います」
「え? は、はい。リナさん」
リナさんが笑顔でギルド内へ手招きをする。
俺は促されるままにギルドへ入った。
「本日は依頼ですか? マモノの出現により護衛の依頼ばかりですが……」
「いえ、違うんです。この街を離れることになったので、挨拶をしようと」
「…………え? えええええっ!?」
リナさんは大きな声を上げた。びっくりした。
「色々ありまして、家を出ないといけなったので旅でもしようかな、と」
「そう……ですか……」
リナさんがどんどん暗い顔をしていく。声もか細い。
「なのでここから近い街とか知りませんか? 俺、記憶喪失でよく分かんないんですよ」
「記憶喪失!? ちょっと待ってください! 情報過多で整理が追いつきません!! ホープさんこちらへ来てください!」
俺は受付嬢に言われるがまま、ギルドの休憩室に案内された。
「どうぞ。おかけになってください」
「はい」
俺はソファに座り、受付嬢は向かい側に座った。
「話を整理してもいいですか? まず、ホープさんは記憶喪失なんですね?」
「そうです。気がついたら海岸にいて、ヨーアに拾われました」
「ヨーアちゃんに拾われた!? ま、まあいいでしょう。ホープさんはご自身の出身も、何者かも分からないという状況で、ガルマン家でお世話になり、ヨーアちゃんと兄妹のような関係になったと。ここまで合ってますか?」
「はい。概ねその通りです」
リナさんは腕を組み、うーんと悩む仕草を取ると、俺の方を見た。
「家庭の事情なので詳しい理由は問いません。ですが状況からしてこのまま街の外へ行くのはあまりにも危険です。もう少しこの街にいても良いのでは? それこそ記憶が戻ってからでも……」
「それじゃだめなんです。俺が、この街にいては、ダメなんですよ」
「……どうしてですか? 失礼ですが、自分の名前すら分からず、冒険者になったばかりのホープさんがこの先1人でやっていけるとは思いません。この街で依頼をこなし経験を積んでからにすべきです!」
「そんなことは分かっています。でも、ダメなんですよ」
「だから何がダメなんですか!」
リナさんがテーブルに両手をついた。
言われなくたってそんなことは百も承知だ。それが俺にとって最善であることも。しかし、今のヨーアに俺は邪魔だ。この街に隠れ住んだとしても、この狭いコミュニティじゃすぐに存在は知れる。同じ街にいるだけでもマモノ同然の俺がいることは、ヨーアにとって苦痛なんだ。
「おいおい、なーに騒いでんだ? リナ」
「ア、アレクさん……。帰ってらしたんですね」
突如現れた無精髭を蓄えた筋骨隆々の五◯代半ばくらいの男性はリナさんの横にどかっと腰掛けた。
「おうよ。セリカのやつが一人で受付してるんでここに来てみれば、何やら若い兄ちゃんがいびられてんじゃねーの」
「いびってなんかいません……」
リナさんは俯きながら小さい声で言った。
俺としても、別にいびられたとは思っていない。
「ごめんな、兄ちゃん。んで、何があった?」
「いえ、この街を出るので、リナさんに色々とアドバイスをもらっていたんです」
「……そうかい。アドバイスにしちゃあ少々態度が悪かったな。責任者として詫びる。すまなかった」
責任者を名乗る男は俺に頭を下げた。リナさんも同様に頭を下げた。
別に謝られることはされてないんだけどな……。
「頭を上げてください。リナさんは親身になって話を聞いてくれました。その場の流れでああなっただけで、他意はありません。ね、リナさん?」
目線をリナさんに送ると、物凄い勢いで頷いていた。
責任者を名乗る男性はそんなリナを見て、はぁ……とため息を吐き、俺に向き直る。
「ま、何事もなくて良かった。自己紹介が遅れたな。俺はこのルカナ支部でギルドマスターをやっているアレクだ。よろしくな」
「ホープです。よろしくお願いします」
俺はギルドマスターのアレクさんに事の経緯を話した。
記憶喪失のことから、街を出たいことまで。
「アレクさん! 私は断固として反対です。あまりに危険です!」
「まあまあ落ち着けや。てかよリナ。やけにホープのことを気にかけるじゃねぇか。うん?」
「と、と、当然です! ギルド職員として冒険者をサポートするのが私たちの仕事です!」
「はいはい、わーったよ」
アレクさんはため息を吐いた。
「まあ、話を聞く限りじゃ確かに危ねぇな。まだ冒険者になったばっかでFランクなんだろ? なら焦ることはねぇじゃねぇか。ここで経験積んでくのが無難だぞ?」
「……」
リナさんと全く同じことを言われてしまった。
全くもってその通りだと思う。しかし、それでもダメなんだ。
「その目は意地でも行こうっていう
「分かりました」
俺はギルドカードをアレクさん手渡した。
ステータスが【運】以外オールEだからあまり見せたくなかったが、仕方がない。
「ホープ……お前……【運】以外オールEかよ……って【運】がS!!?! っていやいや、【運】がSあったところで他が全部Eじゃな……。悪い事は言わねぇ。大人しくこの街で……ん? んんんん!!?!??」
「どうしんたんですか?」
アレクさんは何度も目を擦ってはギルドカードを凝視している。
そんなに俺のステータスが低すぎるのが珍しかったのだろうか。
「ギルドカードに誤表記はありえねぇ……ふっ、おもしれぇ。おもしれぇなホープ! いいだろう、俺が次の街まで護衛してやるよ。無償でな」
あまりの能力の低さに同情されてしまったのか。少し悲しい。
しかしアレクさんは元Sランク冒険者という話だ。そんな人に護衛してもらえるのなら安全は保証されたようなものである。
「ありがとうございます」
「おう! だがよ、悪いんだが俺もルカナに帰ってきたばかりでよ、出発は明日でもいいか?」
「はい。問題ないです」
さすがにヨーアの家には戻れないから、適当に宿に泊まろう。
色々あったが、俺は安全にこの街を旅立つことができそうだ。
⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎
ホープがギルドを出て、少し経った頃——
「リナてめぇ! なーんでホープのことを報告しなかった!? ありゃあギルド総会報告もんだろ! 【運】Sもどうかしてるが、ユニークスキル二つ持ちは馬鹿げてんだろ! いつも言ってるが緊急の際は魔道具使っても良いから連絡して来いって言ってるよな!?」
「アレクさんこそ! こんなひ弱な女子にギルドマスター代理を任せて長いこと留守にするなんて信じられません!」
「俺はシ、ゴ、ト、なの! 遊んでた訳じゃねぇんだよバカヤロウ! それとなんだぁ? ひ弱な女子ぃ? どこにいるんだ?? おいおい見えねぇな!」
「目が悪いんですね……。知り合いの腕の良い治療術師を紹介しますよ?」
「やんのかこのヤロウ!」
「望むところです!」
「あー始まったわ。なんで二人はいつもこうなのよ……」
セリカは二人の口論を傍目に眺めながらため息をついた。
リナとアレクは事あるごとに言いあいをする。それはいつからかルカナ支部の名物となった。
長い間アレクがギルドを離れていたため二人の喧騒を見る事が出来なかった為、もの寂しく思う冒険者もいる程だ。
「ったく、いくつになっても生意気なガキだぜ……」
「アレクさんはもう少し女性に対する言葉使いを覚えた方が良いのでは?」
「はいはい。やめなさーい。アレクさんもリナも、一旦落ち着いてくださいね? 勤務中ですよ?」
そう言って、真面目に事務仕事をするセリカ。
二人はそんなセリカを見てお互いに顔を合わせる。
「セリカに言われんのだけは腑に落ちねぇ」
「セリカはこういう時だけ真面目なんだから……」
こうして二人は仕事に取り掛かるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます