第12話 友達


「一日、アイリスの相手をして下さりありがとうございました」


「いえいえ、こちらも楽しい時間を過ごせました」


 アイリスの母親は物凄く綺麗な人だった。

 真っ直ぐの金髪に、青い瞳。スラッとしたスタイル。

 だが……かなり痩せている。


「では、依頼書を……」


「え? 依頼書?」


「依頼達成の指印を押す所があるはずですが」


 俺は依頼書を取り出すと、確かに指印を押す小さな丸い枠があった。

 なるほど、依頼を達成したら依頼者の指印を押さなければならないのか。


 俺は依頼書をアイリスの母親に差し出した。


 アイリスの母親は依頼書を受け取ると、指にインクも付けずに依頼書の小さな丸い枠の中に指を押し付けた。

 すると、小さな丸い枠の中に指紋が刻まれた。


「少ない報酬で申し訳ありません。日々の生活でやっとで、まともな報酬を支払えないのです」


 アイリスの母親は深く頭を下げた。

 そんな母親をアイリスは辛そうに眺めていた。


「顔を上げてください。俺は報酬とかそういうのは気にしてないですから」


「そう言ってくださると幸いです。ほら、アイリスもちゃんとお礼を言いなさい?」


 しかし。アイリスはじっと俺のことを見つめ、口を開かなった。


「アイリス。お礼を言い——」


「もう……来ないの?」


 遮るようにアイリスは言った。

 アイリスの母親は驚いているようだった。言葉を遮ったことにというより、アイリスの発言について驚いている。


「いや、依頼とか関係なしにアイリスが来て欲しいならもう来ないということはないぞ? だって、俺たちもう友達だろ?」


「とも……だ……ち?」


「ああ。あれ……もしかして違ったか? 俺はてっきりアイリスとは友達になっているものと思ってたんだが」


 感覚として、少なくとも俺はそう思っている。


「……そう。友達……ね……」


 アイリスは戸惑いの表情を浮かべると、その透き通った青瞳からポロポロと涙が溢れだした。

 アイリスは必死に零れ出る涙を手で拭うが、涙は止まらない。


「え!? ど、どうしたの?」


 俺は何か気に障ったことを言ってしまったのかと思い返すが、それらしいことは言ってないはずだ。


 俺が慌てていると、アイリスのお母さんがそっとアイリスを抱きしめた。


「アイリスはこの目のことでずっと友達が出来なかったのです。良かったねアイリス、お友達が出来て」


「うん……」


 アイリスのお母さんはホッとしたような笑みでアイリスの頭を優しく撫でた。


 アイリスは今まで目が青いというだけで人から避けられ友達が出来なかった。必然的に本がアイリスの拠り所になったわけだけだが……アイリスの反応を見る限り、はやり友達は欲しかったのだろう。そしてみんなと同じように外で遊びたかったんだろう。


「……それじゃあ俺、帰りますね」


「本当に依頼を受けて下さりありがとうございました。それにこの子の友達にまでなってくれて」


「いえいえ、俺なんかが初めての友達で逆に申し訳ないですよ」


「……そんなことないわ! ホープは……私の初めての友達よ!」


 アイリスが俺へ向かって大きな声でそう言った。

 いつの間にかアイリスの涙は止まっており、そしてなにより笑顔だった。


「……じゃあまた遊びに来るから。その時はまたオススメの本でも教えてくれ」


「分かったわ。約束よ?」


「もちろん」


 俺はアイリスと指切りをした。


 こうして俺の初依頼は終了した。

 今回の依頼で得られる報酬は2000ゴルド。依頼者の指印が押された依頼書をギルドへ提出すれば報酬が支払われるはずだ。


 そのお金でヨーアにお菓子でも買って帰ろうかな。


 ヨーアの喜ぶ姿を想像して、つい微笑んでしまう。

 俺はギルドへ早足で向かった。




「はい。確かに依頼者の指印を確認しました。ホープ様は依頼を達成されたので報酬が支払われます。今回の依頼の報酬は2000ゴルドです」


 受付嬢はカウンターに銀貨2枚を置いた。


「ありがとうございます。おぉ、初給料だな」


「……」


 ヨーアに何を買ってあげよう。お義母さんにも何か買ってあげたい。

 そして家にもお金を入れたいし、俺は給料の二、三割を貰えばいいか。


 俺は二枚の銀貨を手に取り、懐にしまった。


「それでは、また明日来ます」


「はい。お待ちしております」


 受付嬢はぺこりと頭を下げた。


 ギルドを出て、すっかり夜のとばりが下りていたことに今更ながらに気づいた。

 アイリスの家を出た時はヨーアに何を買ってあげようとかそんなことしか考えていなかったから気にも止めなかった。


 うーん、そうだな。 夜も遅いし……


「今日は寄り道せずに帰るか」


 あまり心配をかけさせたくないし、真っ直ぐ家に帰ろう。

 受付嬢には明日また来ると言ったが、明日はヨーアと出かけようかな。


 俺は寄り道をせずに、ギルドから真っ直ぐに帰路を目指した。



 ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎ ⚫︎



「ただいま」


「お帰りお兄ちゃーん!!」


 戸を開けるドタドタと走る音と共にヨーアがぎゅうっと抱きついてきた。


「おおっ、ただいまヨーア。ちゃんと宿題はやったか?」


「うんっ! 難しかったけど頑張って終わらせたよ!」


「偉いぞ、よく頑張ったな」


 俺は抱きついているヨーアの頭をわしゃわしゃと乱雑に撫でた。


「きゃー! もうっ、やめてよお兄ちゃん!」


 そう言うヨーアはとても嬉しそうである。


「お帰りなさいホープさん。今ご飯を温め直しますからね」


 ユーリさんだ。

 俺はヨーアをそっと離し、頭をポンポンした。


「すみません。ありがとうございます」


「いいんですよ。ホープさんはもう家族同然ですから」


 ユーリさんはニコリと微笑むと台所へ向かった。

 ほんとに頭が上がらないな。


「今日はお肉とお野菜の炒め物なんだけど、ピーマンも入ってて、でもね、わたしちゃんと食べれたんだよ!」


「ほんとかヨーア! ついにピーマンを克服したのか」


 やはりピーマンの肉詰めは偉大だったか。見事にピーマンを克服するきっかけとなってくれた。


 俺は再びヨーアの頭を撫でた。

 本当にヨーアは嬉しそうな表情をするなぁ。ただ撫でているだけなのにな。


「それじゃあ俺ご飯食べてくるから」


「私も行く!」


「ヨーアはもう食べただろ? さすが食いしん坊さんだな」


 ニヤニヤと笑うとヨーアの顔が赤くなった。

 これは怒ってる時だ。


「食いしん坊じゃないもんっ! お兄ちゃんのバカ!」


「あー聞こえない聞こえなーい。ご飯食べてこよーっと」


「あっ、ちょっと、逃げる気ね!? 待ちなさーい!」


 俺は逃げるようにダイニングへ早足で向かった。後ろから俺の背中をポカポカ叩きながらついてくる子がいるが……可愛いからほっとこう。


 ダイニングへ着くと、ユーリさんが俺とヨーアを見て「ふふっ」っと微笑んでいた。


「あらあら、ヨーア? ホープさんを困らせてはダメよ?」


「違うもん! お兄ちゃんがわたしを困らせたんだもん!」


「わあ美味しそう。食べていいですか?」


「ええどうぞ」


「ちょっと! 無視しないでよ!」


 ヨーアがぷくぅとむくれて必死に抗議している。

 俺とユーリさんは顔を合わせるとぷっと笑った。


「なあヨーア。明日お出かけしないか?」


「もうお兄ちゃんはいつもいつも……ふぇ? お出かけ?」


「そう、お出かけ。ユーリさんも一緒にどうですか?」


「あら、良いですね。でもごめんなさい。残念ながら明日はお仕事があって行けません」


「そうですか……。うーん、日を改めるか……」


「明日はぜひ、ヨーアと二人で行ってきてください。ね、ヨーア。ホープさんと二人きりの方が嬉しいもんね?」


 ユーリさんはふふっと微笑みながらヨーアに言う。


「ちが、ちがうよっ! 何言ってるのお母さん!」


「あら、そうですか?」


 またヨーアへのからかいが始まった。これは最早この家の恒例行事なのかもな。


「それでは……すみません。明日はヨーアと二人で行ってきます。ユーリさんとはまた別の日に」


「うふふ。楽しみにしていますよ。良かったわねヨーア」


「何がよっ!」


 何やら声を張り上げっぱなしのヨーアを他所に、おれは肉と野菜の炒め物を食べ始めた。


 う、美味い……。やはりユーリさんは料理が上手すぎる。

 ユーリさんがピーマンの肉詰めを作ったら……。なんて考えただけでも思わず唾液が出てしまった。


「ん、なんだヨーア。俺のことなんか見て。あげないぞ」


「い、いらないわよっ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る