第21話 約束
急がば回れ、という故事を、今さらながらに痛感した。
特務に所属して早一ヶ月。友樹を早く見つけるためとはいえ、仕事内容はかなりハードなものばかりだった。それこそ、局が座学を入れる理由がよく分かるほどに。
そして、今日も慶太は特務自警機関内を駆けていた。
(うわああああ! 二分過ぎたー!!)
最初に訪れたときと変わりない西洋風の館内を駆けながら、慶太はこれから襲い掛かるであろう怒声に心を備える。
玄関を抜け、階段下に待機していた七海の鋭い視線と目が合った瞬間、小さく悲鳴を上げてしまったのはもはや条件反射だ。
「遅い!」
「すっ、すみません!」
慌てて階段を駆け下りれば、七海の向こう側にいた斎と疾風が顔を見合わせて肩を竦めたのが見えた。
七海が声を荒げるのはよくある光景であり、もはや見慣れているのだ。
「集合は十分前が基本だと何度言えば分かる」
「すみません……。以後、気をつけます」
肩を落とす慶太だが、七海が容赦する気配はない。
すると、七海の後ろにいた斎が彼を茶化しに入った。
「とかなんとか言うて、ホンマは慶ちゃんの姿が見えるまで心配でそわそわしとったのになー? 八分前集合くらいええやないかー」
「そうそう。前は慶太のこと褒めてたじゃん」
「え。そうなん? なっちゃん、ツンデレさんやったん?」
ニヤニヤする二人の視線を背に受け、七海は眼鏡のブリッジを指で押し上げた。
慶太はおろおろとしているが、フォローする余裕は七海にもなかった。
「……なんの話だ。疾風」
「素直になれよ、七海ぃー」
「普段は学生さんなんやけん、もうちょい大目に見ようや」
特務に入ったとはいえ、慶太はまだ高校三年生。卒業するまではあくまで「非常勤」という形になっている。
普通の学生であれば受験などで慌ただしくなる時期だが、就職が決まったも同然の慶太にとっては無縁のものだ。
両親への説明も、斎と七海がわざわざ出向いて話をしてくれたことで丸く収まった。幻妖世界について話はできないため、警察の協力機関に就職するという形になっている。
慶太に優しくしろと言う二人だが、七海には七海なりの考えがあってのことだった。
「学生とはいえ特務の一員……それも、私達と同じ精鋭部隊ならば、相応の意識は持っていただかないと困ります」
「まぁ、それも分かるけどやな」
何も最初から厳しくいかずとも……と、渋る斎に、七海も屈することなく返す。
「特務に入ってすぐに精鋭部隊に配属されたのは、総長が岸原に期待している証拠です。少々のことで根を上げられては、彼を精鋭部隊に配属した総長の目が疑われてしまいます」
「ごめん。ツンデレって聞いた後やけん、ただの誠ちゃん馬鹿やと思えんくなってきた」
七海が誠司を尊敬し、その指示をきちんと聞く様は嫌というほど知っている。
ただ、疾風の一言が影響して、誠司を尊敬するだけでなく、慶太を目の前にして素直に褒められないように見えてしまう。
すると、七海は斎が口にした言葉にムッとして返した。
「ツンデレもあれですが総長馬鹿とはなんですか。聞き捨てなりません」
「ああ、言葉が悪かったな。すまんな」
「総長信者です」
「宗教!?」
まさかの発言にさすがの斎も驚いた。
誠司の素晴らしさについて語り始めた七海は斎に任せ、疾風は話についていけていない慶太に近寄って声を掛ける。
「慶太。大丈夫か?」
「あ、はい。七海先輩のあれにはちょっと引きましたけど、最初の頃より随分慣れました」
「……お前ってさ、慣れると結構なんでも言うよな」
「え?」
七海は慶太の教育係として一緒に行動することが多い。そのため、七海の誠司自慢は毎日のように聞かされる。
初めこそ引いていたが、今やちょっと固まる程度で済むようになった。
それを素直に口に出した慶太を、疾風はある意味で尊敬した。
「ま、あとちょっとで正式なうちの一員になるんだし、そんときはもっと鍛えてやるからな!」
「……はい! よろしくお願いします」
「主に誠ちゃんに託されたなっちゃんがな」
七海の誠司自慢を振り切った斎が、疾風の横から言った。
自慢を遮れば怒る七海も、遮った言葉の中に誠司のあだ名があったことで気持ちは切り替わる。
「いいでしょう。泣き叫ぼうが倒れようが、周囲から恐れられるくらいに鍛え上げましょう」
「いや、やりすぎや」
俄然やる気になった七海に斎は真顔でツッコミを入れた。
そんなやり取りを笑いながら見ていた慶太は、内心で友樹に対して誓いを新たにする。
(必ず見つけ出して、救ってみせる)
次こそは迷わない。
そう心に決めた慶太の様子に、斎は小さく笑みを零した。
「さて、今日も実戦や。前みたく転けたらアカンよ? 慶ちゃん」
「は、はい! よろしくお願いします!」
バタバタと機関を出て行く人影を、建物の屋根から見下ろす影がひとつ。
柔らかな風に吹かれて、長い金髪が宙に泳いだ。ふさふさとした九本の尾も風に遊ぶのを、その影――妖狐は気にしなかった。
「さて、こちらの準備は整ったか」
風に乱れて視界に入った髪を片手で払い、妖狐はどこか遠くを見る。
民家やその向こうに広がる田園、そして、広大な海。
だが、妖狐の目にそれらは入っていなかった。
「あとは『向こう』だけか」
視界に広がるのは、未来に交わす約束。
脳裏に映るのは、過去に交わした約束。
そして、そのどちらの延長線上にもいる一人の少年の姿。
「さぁ、迎えはいつ行こうかな? “愛し人の子”よ」
妖狐は軽く屋根を蹴ると、桜の花びらを舞い散らせながら姿を消した。
『双頭の犬編』終
幻影コンフリクト 村瀬香 @k_m12
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