第26話
そのまま僕たちはマリアさんの喫茶店に行って吸息も兼ねた報告に向かうことにした。僕から見ている分にはモカさんはいつも通りの明るい感じで道中話してくれていたが、内心でどう思っているのかはわからない。あそこまで怒りの感情を爆発させて、人のミグでをぶった切った後だ、いつも通りというわけにはいかないと思うけれど。
そのまま薄暗くなり始めた路地を通ってマリアさんの喫茶店に着く。店内には幸いにも人がいなく、カウンターの向こうでマリアさんが煙草を吸っていた。バブみがあるのに煙草も似合うんだよなぁマリアさんって。
「あら、珍しい組み合わせね」
僕たちの方を見て驚いたように少しだけ目を大きく開けて、煙草の煙を吐きながら言うマリアさん。すると、モカさんがカウンターまで行ってマリアさんの目の前に座る。モカさんの定位置はあそこなんだろうな、初めて会った時もああしてマリアさんと話していたし。
ドカッと勢いよく座るモカさん、そのまま僕も座ることはしなかったがモカさんの近くまで行くと、モカさんが珍しくムスッとした顔をしている。少し頬を膨らませているのがあざといなと思ったが、モカさんのキャラ的にそういうことをしても不快に思わないのがモカさんの良いところ。
「ユリスさんいる?あたしたち教団にも襲われそうになったんだけど」
「ユリスちゃんなら今日は来てないわね?襲われるって何したのあなた?」
「あたしじゃないよ、ねぇみなっちゃん?」
疑いの混ざ詞を向けたマリアさんに対して子供のように唇を尖らせて返すモカさん、そのまま流れるように会話に引き込まれたので、モカさんの隣に腰かけた。
「なんか銃向けられましたね、でもあれ僕らを狙ったんじゃなくてブルバキの人を狙ったって言ってなかったでしたっけ?」
僕のブルバキの言葉にマリアさんが敏感に反応したのが分かった。というのも煙を吐いていたのだが、それが一瞬止まったからだ。そしてそのまま煙草を消すと、少し真剣みを帯びた目で僕の方を見た。何も口を挟まないところを見るに、僕が話すのが良さそうだ。
「簡単に言いますと、僕がブルバキのメンバーに拉致されてそこで少し先頭になったところにモカさんが乱入、終わったと思ったら教団を名乗る人たちに周りを囲まれてそこから脱出してきたばかりって感じです」
「まってまってまって」
あまりにも簡単に話すいたか、マリアさんが頭を抱えながら目をつぶり僕の方に訴えかける。でも本当の事なのでしょうがないです。そう考えるといきなり起こりすぎじゃない?僕の一日が濃すぎる。もう少し希釈してくれないか?
「ブルバキのメンバーに会ったの?」
少し落ち着いたマリアさんが、まず始めにといった感じで聞いてきた。それも手元にメモ帳まで用意して準備万端って感じだ。
「そうですね、もうホントいきなり街中で他人から見えないように背中に刃物突きつけられてついてこいって言われてついていったら、英語とは違う外国語で話すタナカって人と話すことになりまして」
そこまで話すとマリアさんが「タナカ、タナカ……」とぶつぶつと唱えている。多分どんなメンバーなのか思い出しているのだろうけど、その様子を見るにマリアさんの知っている人物ではないのかもしれない。
「そしたら、いきなり査定だって言われて、腕輪型のデバイスから式を出したんですよ、そうしたらちょっと戦闘することになりまして」
そこで腕輪のデバイス、式といったあたりでマリアさんがちらりとモカさんの方を見たが、もしかするとマリアさんはモカさんの友達の祈里さんの事についても知っているのかもしれない。それがどこの誰によって起こされたのかももしかしたら知っているのかも。
「そこで、モカさんが乱入してきて、腕輪型のデバイスが暴発し始めたので、急いで式を補完してもとに戻って一件落着とか思ったら、教団の人が銃を持って動くなとかいうんで」
「もぉ、なんでこんな時に限ってユリスちゃんがいないのよ」
「もしかしたらあの黒ローブの中にユリスさんがいたりして」
「もしそうだったらマズいので次会った時に問い詰めましょう」
冗談じゃないぞ、まさかのユリスさんから銃口向けられていたら流石の僕も一言くらい文句を言わせてもらえる権利くらいあるだろう。まぁ今日のところは何も危害を加えられてないけど、この先どうなるかはわからないというわけなので、先回りで文句を言っておく方がいい。
三人とも無言の時間が流れる、マリアさんは頭を痛そうに抑えて何か小さく唸っていた。モカさんに至っては誰かと連絡を取っているのか、スマホを世話しなくいじっていた。手持無沙汰の僕は先ほどのタナカとの戦闘の事を思い出していた。
式が失敗することもなく、タナカが式に干渉してくる以外で予想以外に演算容量を使ってしまうといったこともなかった。むしろタナカの式への干渉を警戒するあまり、より式を慎重に立式していた感覚があった。
ただ、やはりどうしても理論ぎちぎちで立式するのは安定はするのだけど、爆破と斬撃付与以外が安定して発動するという自信はまだない。少し理論を無視して感覚で立てている方が出力と演算容量が一番効率よく発揮できるし使用できている気がする。
理論から組み立てたものも、感覚とか直観レベルで扱えるくらいになれば安定するのだろうか、其れこそもうこの年齢になればいちいち二桁程度の足し算で筆算なんてしなくなるように、移動式も斬撃飛ばし、まだ正常に発動したことは無いけど、波動の式も何度も使って練度を上げるのが一番いいのだろうか?
そう考えると少年漫画の修行パートみたいな段階がようやく僕にも訪れたってことじゃないだろうか?別に僕はファンタジー漫画の主人公には憧れていないけど、ただ教科書とにらめっこしてこれが修行パートでーすなんて言われるよりはまだやる気が上がるというもの、ただ問題はどこで練習するんだって事。
下手にエンコンとの時に練習して演算容量すっからかんになって気絶でもしたら僕の命が儚く散ってしまう。かといってどっか人目のつかないところで練習するとしても、そんな場所に心当たりはないし、うっかり人に見られたら隠し撮りで、動画サイトに乗っけられてうっかりバズって有名人になってしまう。そんなことになったら大変だ。具体的に何が大変なのかはわからないけど、テレビとかきちゃったら練習どころじゃないし、この時代で顔が割れるというのは結構怖い、僕のしょうもない行動で炎上なんてしたら僕の将来が終わる。
「阿智良君、そのブルバキのメンバーの事なんだけど、どうも聞き覚えがないのよ、可能性としては、偽名か、あるいは日本に潜入するために新しい人を雇ったかだと思うの」
「その線はどうかと思うな」
マリアさんの言葉にモカさんが素早く反応した。
「祈里を覚えている?あいつそのデバイスに祈里の能力を使っていたの、どういう原理かはわからないけど、新しく雇った人にそんなデバイスを持たせるかな?ましてや教団に囲まれた後、もう一人ブルバキのメンバーと思われる人がやってきて、腕輪とそのタナカを回収していった。みなっちゃんの言葉通りならある程度の地位は持っていることは分かるから、偽名の線が高いかもしれない」
モカさんの真剣な物言いに、マリアさんの表情が少し険しくなった。
「祈里ちゃんってあのディラック方程式をもとにした式干渉を主にしていたあの?」
その言葉にモカさんが頷く。そういえばモカさんたちは自覚してから吸い込まれるようにこのお店に来て、ユリスさんの鑑定を受けて能力の事をわかるようになったって言ってたな。するとマリアさんと面識があるのは当然が、それが一体どのくらい前の事なのかは分からないけど、マリアさんの印象には億残っているようだった。
「今考えれば、あんたも祈里ちゃんも似たような広範囲の能力だったわね、まさかあんな事態に巻き込まれるとは思わなかったけれど」
暗い顔をしたマリアさんと、それに引きずられるように、顔に若干の怒りをにじませるモカさん、二人の間の共通した認識がどういったものかを聞き出してもいいものなのか、今の僕には判断が付かなかった。
話が進むにつれてあたりの空気が重くなっていく感じがした。それほどまでにモカさんと祈里さんの関係は良好というか、かなり深いものだったのは容易に想像がつく。あのモカさんがそこまで感情を浮き出しにして、情けというものも微塵も感じさせない詰め寄り方は、相当な復讐心というか、心の闇とまで言えるかもしれない。
「とにかく今回の件で阿智良君とモカちゃんは間違いなくマークはされるでしょうね、組織の目的に近図くための兵器の存在を知ったんだから、これからはより慎重にね」
「それはあたしは大丈夫、手下集合でどうにか人海戦術を取るつもり、いざとなればゴム弾も実弾に変えるし」
そこまで言ってから二人が僕の方を見た。
「僕は覚悟を決めました、今日も僕の買ったばかりの参考書を守れなかったので」
ちょっとだけふざけて雰囲気をやわらげようと思ったのだけど、それも効果がなく。モカさんが考え込み、マリアさんに至っては可哀そうな子を見る目で僕を見た。やめてくれ、その眼は一路と晴斗を含めたクラスの人から向けられる物だけで十分だ。
「えっとその教団の事なんですけど、ブルバキと敵対してるって認識でいいんですか?」
その雰囲気を嫌って無理やりひねり出した質問をマリアさんにぶつけた。無理やりひねり出したにしてはいい質問だと思う。
「そうね、基本的には敵対していると思って構わないと思うけれど、教団も教団で一枚岩ではないから、
教団の全員がそうだとは言えないかもしれないわね」
ということはひとまず、あの時現れた教団の人たちは少なくとも僕たちを第一目標としてきたわけではなさそうだ。とりあえず、ブルバキのメンバーからづ逃げるかというのが重要そうだ。今の僕にあいつらを撃退できる自信はない。しかもタナカのようなまがい物ならいけるかもしれないけれど、それでも僕はsの時のモカさんのように右腕を切断したり何てことができるとは思えない。
勝手に僕の中で不殺の誓いが立てられているようだ。というより、普通の人はそこまでの覚悟を持つことは無いし、もし暴漢い襲われたとしても、万が一殺したりなんてしたら、頭ではわかっていても僕は殺してしまったという事実を引きずる自信がある。
「あとは、タナカを回収しに来たブルバキのメンバーですね、名前も顔も性別も能力も何一つわからなかったです」
あのガスマスク、式を理解する前にとっさにまずいと思って体が動いてしまって、モカさん抱えてその場から脱出したわけだけど、もしかしたらモカさんだったら何か防ぐ案があったかもしれないのに、勝手に動いて下手を打ったかな?
「あの時のみなっちゃんは格好良かったよ?あたし抱きかかえてすぐ脱出したの、すごくない?おかげで無傷」
モカさんが僕の背中をたたきながらマリアさんに向けて言う。モカさんの評価は大変高いようで安心した。これはフラグ認定してもいいですか?この辺にフラグ認定師の方はいらっしゃいませんか?
「あら、二股?」
「え、なんで」
マリアさんの目が厳しい、マジで浮気した人をみゆような軽蔑の目をされてるんだけど。いや二股ってなんだよ、まだ一股すらできてないのだから股すら発生しない。
「礼香ちゃんというものがありながら……」
「マリアさんから見て、明華が僕の事すきになると思います?」
「…………」
マリアさんはだって煙草に火をつけた。目をそらして。これが答えだ。キッツ。
「どんまい、相談ならいつでものるよ」
背中をさすってくれるモカさん、相談に乗る。つまりモカさんが恋人に名乗り出てくれることもないよいう事、なんか涙が出そうだけど、マリアさんの煙草の煙が目に染みたんだと思う。
数学弱者の最終定理 ~異能力バトルに数学って厄介すぎるんだが~ @nimousaku_www
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