第23話
その射貫くようなまなざしのまま再び酒をあおると、そのまま空になったグラスにまた酒を注いで、そのグラスを見つめたままタナカが静かに話し始めた。
「まずは我々の事を誤解しているようだ、何も世界征服なんて大それたことを考えているわけではないのだよ」
大体悪役のいうことは嘘だと思った方がいいっておばあちゃんが言っていた。言っていたんだけれどもそういった先入観を持つのも良くないってラノベが言ってた。どっちを信じればいいんだ。これがパラドックス、解決したら懸賞金とか出るんだろうか?
「ただ、君も少し考えてみてほしい、学校のテストでいい点数を取れば、当然いい成績として評価される。入試の試験では試験の結果がいいものから合格していく。つまり優秀であればその結果はしかるべき結果が出るというのは当然の事だろう?」
「まぁそうですね、学生の間であればそうだと思います」
社会人になったらそうだとは限らない。ネットではわざと仕事を遅くしておかないと早く終わらせるとその分仕事をさせられて、そのくせ給料は変わらないので損するというのをみんな言っているので社会人って辛いなぁって思いながら見てたりする。
「それと同じさ、私たちの能力を使って一財産、金儲けできないかという事だよ、ただそれだけの事、確かに金を得るといえば世界を征服するというのはあながち間違いではないだろう。ただ、何も戦争を仕掛けて武力で制圧するなんて考えはこれっぽっちも無いんだよ」
たしかに、この与えられたのかもともと持っていたのかわからない力を利用して金を稼ぐというのは分からないでもない。そんなんだったら一発でスポーツ選手にでもなった方がってとり場訳稼げるし歴史に名を残すことも可能だと思うけど。そうしないのはなんでなんだろう?スポーツお嫌いですか?
そうするとあと残るのは何だ?スポーツじゃない方法でお金を稼ぐ……僕の関数使ったら何できるんだろ、グラフいじるなら株価操作とか?高々グラフ変えただけでなんの意味もなさそうだしなぁ、かといって明華の0だと資金を0にするとか?モカさんだとなんだろう、集合だからこの世のお金を全部モカさんの集合に入れちゃうとか?やっべモカさん最強じゃん。
「うーん、どうやって金儲けするのかがわからないですね、僕としてはスポーツ選手になるのが早そうだなぁとは思うんですけど」
「まぁ、それも一つの手ではあろう、ただあまり表むきに活動するとまずいというのは想像つかないかい?」
「え?なんでですか?」
グラスの氷が解けてカランと一つ音を立てた。
「例えば、あるサッカーチームが全員とてつもなく足が速くジャンプ力があり、キック力があり、コントロールも正確だったとしよう、当然その人たちはいったい今までどこで何をしていたのか探られるだろう。そうするとなんの経験もない人間がある日突然世界のスーパースターたちを圧倒する力を手に入れた。当然ドーピングを疑われるだろう、しかし現在でそれをドーピングと断定することは不可能であろう。するとどうなるか、その選手たちを調べに来る。そしてこの力の事を明かされたとしよう、するとどうだ、なんかのきっかけでこの力を解明されそれが一般大衆に広く公開された時、果たして我々は特別になりえるだろうか?」
「つまり、僕たちが特別であるために、この力をある程度独占した状態を作らないといけないから、あまり表立って活躍はしない、そしてその状態で他の人を出し抜くような形で力を使うと?」
「そうだ、なかなか察しがいいじゃないか、きっと勉強すれば君の力もうまく使いこなせるだろう」
グラスを持ってそのまま持った方の人差し指で僕を指さしながらそう言って再び酒を飲む。なるほど、表立って目立たない方がいいという理由は理解できた。確かにこの立場を手放したくないというのは分からないでもない。
しかしそうなるといよいよどうやって世界を牛耳れるくらいの金を手にしようとしているんだろうか、僕みたいな世間を知らない高校生には想像もつかないなんか秘策があるのかもしれないけど、僕の脳みそじゃどうしても昔のRPGみたいな武力での衝突しか思いつかない。
「そうだな、君がお金を稼いでいるストレージ、どうして買い取ってくれるのだろうか?どうしてその情報が価値を持つのか、そこにヒントがあるとだけ言っておこう」
そういってタナカは着ていたベストも脱いでワイシャツの第一ボタンを開けて腕まくりをする。酒で熱くなったのだろうか?そう思ったがどうやら違うようだ。右腕を掲げて手首から肘の手前までのあたりにあるを指さした。
黒曜石のような光沢のあるもので、タッチパネルなのかわからないが画面が付いている一見は何かのデバイスのように見えなくもない。
「そしてすでに、私たちの組織はこれを開発したのだよ、いまだ試作機ではあるがそれでもやはり脅威であると判断している」
腕輪を見せつけたタナカは立ち上がる。いやな雰囲気を感じる。というよりもさっきからずっとタナカのペースで僕には何一つ新しい情報が入ってこない。それなのに向こうには僕の表情を見るだけで何かを感じ取り、何か値段を付けている。そんな雰囲気がある。
「つまりだ、簡潔に言えば阿智良君、どうだろう君も我々に協力するというのは?」
「協力……ですか」
意外な提案だった、もしかするとここで君は邪魔なんだよとか言われて銃でもぶっ放されるかと思った。
「聞いての通り我々は日本にやってきたというだけあって日本にいる仲間というのはいないんだよ、ぜひとも君や明華君のような若い人たちが協力してくれるというなら、私たちの目標も達成しやすくなるというものさ」
大げさに両手を広げていうタナカお前名前は思いっきり日本の名前なのに日本人じゃないのかよ、しかも日本語もペラペラじゃんもう日本の仲間とかじゃなくてお前がなれるよ、もっと自信持ってくれ。
「いや、でも何をするとか具体的なものを聞いてないので、何とも言えないといいますか……」
「だから言っただろう?お金稼ぎだと」
そういった瞬間、タナカの腕輪が何かホログラムのようなものが展開されてそこには緑色に光る数式がいくつも展開されていた。ぐにゃりと一瞬視界がゆがむと、まるで瞬間移動したかのように周りの景色がガラッと変わる。いつものエンコンとの戦闘の時よりも体にまとわりつく粘度の高い液体に包まれた感覚。若干の画面酔いに似た感覚もあった。
景色は完全に闘技場のそれだった。誰もいない観客席、そして円形状のステージは石畳のようになっており、観客席までの高さは優に3メートルはあるだろう。実物を見たことは無いけどイタリアのコロッセオはこんな感じなんだろうなと思った。
「どうしてこんな……」
「不思議かね?」
僕の疑問に答えるタナカは準備運動でもするかのように手首を回していた。光っている腕輪は先ほど見たく式を展開しているわけではなく静かに何かを計算しているのか数字がせわしなく表示されていた。
「さて、では阿智良君」
そういってタナカの腕派が式を展開する。ただ僕らとの違いはそれが緑色で、溶け込むようにして消えるのではなく、ノイズと共に消えることだった。
来る。
そう直感して身体リミッターの式を発動し終えた直後である。一瞬タナカの姿が揺らいだかと思うと後ろから足音がして、振り返りざまに右の裏拳を叩き込む。しかしそれを予想済みだったのか両腕をクロスして受け止めたタナカは今まで見せていたものは別の種類の笑顔を浮かべていた。
「査定の時間だ」
まるで物みたいな言い方をしやがって。僕はそのままローキックをした後、ジャンプしてクロスされたままの腕を蹴りつけて距離をとった。すぐさま爆破の式と燃焼の式を展開してタナカに投げつけた。
「おお!!なるほどこれが君の式か!」
感動したようにいうタナカハは僕の投げた式を見て嬉しそうに顔を上げる、そして右の腕輪をなにか捜査した後、右手を僕の投げた式に向けてかざす。
「リコンパイル」
タナカが何かを叫ぶ意味は全く分からないが、僕の式に何かが起こったのが分かった。僕が予想していたものよりも多めの演算容量が持っていかれるのが分かった。
爆破のとき、当初の予定よりも大きめの爆発が巻き起こる、燃焼の範囲も広範囲で、僕のほうにまで爆風が届き、足をしっかり踏ん張らないと体が持っていかれそうになる。燃焼もここまでの規模を入れたつもりはない。半径2メートルほどがまだ燃焼している。
熱で揺らいでいるタナカの姿を目視して移動の式を展開する。このまま一直に炎を突っ切って最短距離で狙う。
「リコンパイル」
すると再びタナカの声、またしても僕の式がおかしくなる。一直線でタナカへと向かっていくはずが、どういうわけか真横に移動してそのままスタジアムの壁に激突する。どうして?方向もそうだが速度も全くでたらめだ。
もしかして、あの腕輪が僕の式に干渉している?爆破の式といい移動の式といい、いつもの不発の時とは別の違和感だ、明らかに何か余計なものが混ざっている、答えにたどり着くまでの間に余計に式をいじって複雑にしてしまったような感覚。
「うんうん、珍しい、そして面白い」
何を納得しているのかタナカは何度も頷きながら楽しそうに笑っている、なんでこんな余裕かましてるんだ。というよりあいつの能力が全く分からない。式に干渉する能力だとしたら本当に打つ手がないぞ、何をしても式をめちゃくちゃにされてしまうなら、それを予想して式を組み替える必要があるのか?
でも僕に今そんな起用に既存の式を組み替えたり、より複雑にしたり、そのいじられる数値を予測しての立式なんてでいる気がしない。それともそもそもあれは腕輪の機能であって、タナカ自身は何も能力を使っていない?
考えてるだけでは始まらない、とにかくこっちから動いて相手の情報を引き出すしかない。
続けていまだに成功確率の高くない斬撃を飛ばす式を展開する。今回は凍結の式を加えてみる。僕のその式が現れて青く光り、そして解けるように消えるその前。
「リコンパイル」
またしてもタナカの言。そしておなじみの右手をかざすしぐさ。そしてその言葉の後に浮かび上がる緑色に光る式。もう確定でいいだろう、タナカのあの腕輪だ、つまりあれを取り外してしまえば、タナカは式に干渉してこない。能力を持っているならタナカ自身の能力を使わざるを得なくなるはず。
僕は今回の式も干渉されること前提で、式が発動する前にタナカとの距離を一気に詰めた。右の腕輪型のデバイスを壊す勢いで狙いを定めてこぶしを振りぬく。タナカは体をひねるだけで簡単にかわしてしまうが、そんな事は予想済み。右足で急ブレーキをかけて左の踵を頭目掛けて蹴りこむ。
「速度もなかなかだ」
状態をそらして躱してバックステップで距離をとるタナカ、すぐに距離を詰めてがむしゃらに拳を繰り出すも、軽くあしらわれている。両掌できれいに軌道をそらされ、1回たりともまともなヒットがない。これが外国人の強さなんですか?なんかやりようないんですか?
「では、次の査定に移ろう」
そういうとタナカが下がって距離をとりながら右手の腕輪型デバイスを操作する。すると、もう見慣れたが緑色の式が現れてノイズと共に消えていくが、その時僕は確かに見た。あれは……僕の爆破の式?
ただ僕のように式が集まったものを投げるなんてことはことは無く、いびつな形のノイズが空間に走りそこからねじ切れるようにして空間が歪み、一気に膨張する。顔の前で腕をクロスさせて爆風に耐えるも、僕の使ったような圧は感じない。そしてちらっと見えた式もおそらく僕のそれとは違うものだ。
「これはなかなか、よく君もこんなものを扱えるものだ」
驚いたといったような口調、タナカ自身もあの式を完璧に使いこなすまでに至らないとすれば、今回が初めての使用ということになるのか?
足元に爆破式をすぐさま展開して、移動式よりはアバウトではあるが一気に速度を上げてタナカ目掛けてツッコミ右足で飛び蹴り。ライダーキックよろしくな感じできれいに当たるも、タナカ自身の体が丈夫なのか、唾液が散らばったくらいで大したダメージはなさそうに見える。そのまま顔面に膝蹴り、右腕に爆破の式を付与してそのままタナカの腹にこぶしを打ち付けて式を発動。右手をかざす暇がなければ干渉することもできないのだろう、予想通りの爆発を起こしてタナカが後方に吹き飛ぶ。
用悪まともな攻撃が繰り出せたと思うが、肉弾戦限定ということになれば身体リミッターの解除式をすでに発動している分僕の方が利があるとみて間違いないだろう。そうとなればここから畳みかけるのみ。
まだ体制を立て直している途中のタナカに再び距離を詰めて先ほどと同じように右腕に爆破の式を付与する。さすがに人に向かってエンコンに使うような斬撃の式を付与する勇気は僕には無かった。
立ち上がる前に顔面を地面にたたきつけるように上から叩きつけて爆破し、バックステップを挟んで燃焼の式を補助式として組み込んだ爆破の式を置き土産と言わんばかりに投げつける。今回も右手をかざす時間は持たせず即座に爆破。燃焼の範囲も爆破の規模も僕の想定内。
「はぁ……はぁ」
ここまで一気に畳みかけている間、無酸素運動だったのか呼吸を忘れていたかのように苦しさを感じた、燃え盛る光景を目にしながら大きく肺に空気を取り込んで、呼吸を整える。式に干渉された分変に演算容量の消費量が増えている気がする、今までならここまでの疲労は感じなかったと思うけど。
これでタナカも諦めてくれないだろうか。結構なダメージだとは思うけど、あの腕輪デバイスとは別にタナカ自身の能力を使われていたとしたら、今の攻撃でも十分耐えられてしまう可能性もある。
タナカへの警戒は継続しつつ、弧の空間から脱出についても考えねばならない。いつものエンコンの時とは違い、今回はタナカが何か空間に干渉したとみるのが適切だろう。ともなればあのデバイスの出力が落ちるのを待つか、はたまたエンコンの時のように異常な個所を見つけて補完しなくてはならないのかそれが分からない。
燃焼が収まると、タナカがあおむけになって倒れていた。ワイシャツもところどころ切れたり、破れたりと見た目だけで評価するなら僕の方が勝勢とみていいだろうが、この空間が戻らないあたり全く手放しで喜べない。
「……なるほどこれはなかなかどうして便利な力だ」
タナカの声は嬉しそうに感じた、ダメージはきっちりと入っているようで少し息苦しさも含まれた言い方だった。大の字になって横たわるタナカ。しかし腕輪のほうは何かを発動しているのかホログラム上に緑色の式がいくつも展開されては消え、展開されては消えを繰り返していた。どういう状態なんだあれ。
「阿智良君、やはり君は我々と共に行動すべきだと思う」
そういいながらゆっくりと立ち上がるタナカ、お尻のあたりをまるで誇りを払うかのようにして叩いたりはらったりして立ち上がる。きちんとダメージは入っているらしく口の端からは血が滴っていた。お高そうなスーツのスラックスも結構なダメージで、これお金請求されたりしないよね?僕そんなお金ないよ?一体何体エンコン倒さないといけないの?
「何をもってそんなことを言ってるんですか?」
「これだよ」
そういってタナカは右腕の腕輪型のデバイスをトントンと指さす。
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