第2話小心
一人キャンプが流行る少し前から始めたことだった。
「小心者のお前が一人でキャンプ? 」友達から、からかわれたが
「大丈夫、クマが怖いから海なんだ」というと一層笑われた。熊ももともと臆病な生き物だという。でも彼らも年々食べるものがなくなって人里に出没している。もし自分が襲われたとなれば最悪クマは撃ち殺されてしまうかもしれない、そうなってほしくはなかったのだ。
それに日本は島国だ。小さな島々がたくさんある。それぞれ個性的でこれがまた面白い。でも海は急に荒れることももちろんあるので、最悪避難できる旅館があればという感じで離島のキャンプ地を選んでいた。
「こんな何にもない所によく来たね」
とテント一式を持った自分に、行く先々の島民はとてもやさしくしてくれる。もらったもので、一人キャンプでは豪華すぎる食卓になったこともしばしばだった。しかしどうしてもいろいろな島で高齢化、過疎化という悲しすぎる現実があり
「この島々のいい所を伝えたい」と自分なりにブログも始めた。まあ、思った以上に何の効果もなかったが、それでも海は美しいので、夏は地元の数少ない子供たちと広い海水浴場を「数人占め」して思う存分楽しんでいた。
四年前、夏になるほんの少し前だった。
「こんな島があったんだ」
手あたり次第パソコンで探していたら、偶然見つけた。とても小さな漁港で、小さいが旅館も食堂もあった。
「見たことも聞いたこともない、日本で人が住んでいる島は五百弱だから、自分の勉強不足か、日に二本の定期船、面白そうだな、行ってみよう。梅雨の前の最後のキャンプだ」と慣れた準備を始めた。
「すべてが最高だな! 旅の中日に一雨ぐらいは来そうだが、格安の航空チケットが取れたし、天気もいいし、熱くなったら海にドボンでもいいかな」と三泊四日の旅の幕開けはいつもよりも気分がいいものだった。飛行場から船着き場へと順調についた。定期船がやってきて何人かの小学生が降り、代わりに乗船名簿に名前を書いた自分が乗った。人間は一人で、あとは荷物だけ、古い船で島をいくつか巡り、その最終地点が自分の目的地だった。
「ここで、何するんかね」降りるとき船長が聞いたので
「キャンプです」と答えると
「フーン」
いつもなら「ここで? 」とか「どうして? 」とかいう驚きを当然のように経験してきた自分にとっては、ちょっと冷たいようなものを感じた。だが船を降りるとそのことは全く忘れてしまった。島の人は同じように自分に挨拶してくれたし、多分漁師だった年配の男性が
「東の方はテントなんか張ったらダメやぞ、突風が吹くからな」と自分にとって最高の助言をしてくれた。他の島と同様、漁港の周りにほとんどの家があるが、案外大きな島で、歩いて一周するのに数時間かかってしまった。島にしては切り立った岩肌も見えてかっこよかったので、何枚も写真を撮った。
「ここはいいぞ、自転車で回ったら最高じゃないか」と友達の自転車好きにも教えてやろうと思ったが
「あれ、電波が・・・」
離島ではままあることなので、気にはしなかった。だが漁港の近くになっても電波が一向に入らないので、島の人に聞いてみたら
「軍事の関係でこの辺には電波障害が起こるから」と聞かされた。
「この時世にそんなことがあるんだろうか」と思ったが、ここには学校はもちろんない、子供も若い人間もいるようではないので、問題にもならないのだろう。テントを張る場所を一周して見つけたが、いつものごとく数人の島の人に「あそこにテントを張ってもいいんでしょうか」と聞く作業に手間取って、昼を迎えた。食堂があったので丁度良いそこで食べようと入っていった。
入った瞬間、クスリと笑ってしまった。ラーメン、餃子、親子丼、かつ丼、海鮮丼、人気者ばかりを集めたようなメニューを久しぶり見た気がした。海鮮丼にひかれたが、季節の変わり目の海風が思いのほか冷たかったので、ラーメンにした。何人か地元の人間も入ってきていて、人口が少ないこの町でも、人間とは不思議と他の味を食べたくなるものなのだと感心して待っていた。そして湯気が上がったラーメンがトレーで運ばれて、店の主人は不愛想にそれを置いて即立ち去ろうとしたが
「あの」
と僕は引き留めた。キャンプを始めて「小心者返上だ」と数人から言われ始めたせいなのか
「すいません、あの、フォークがあるんですけど、間違っていませんか? 」
その僕の言葉に、店にいた全員がこちらを向いた。
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