サンクス江の島店が炎上するまでに起こった幾つかのこと【ローファンタジー・バトル・約4700字】
お題
・寿司
・コンビニ
・炎上
時刻は正午を回っていた。ここからじゃ見えやしないが、一歩外に出れば雲一つない快晴が広がっていることを俺は知っている。夏の江の島は、焼けるように暑い。
皮肉な入店メロディがサンクス江の島店に響いた。
「いらっしゃいやせー」
俺は気の抜けた挨拶を返しながら、客の姿を見分する。男は薄汚れたタンクトップに大量のポケットの付いたミリタリーカーゴを穿き、足にはその堅牢さと重さが見た目からも分かる編み上げのブーツ。
そして肩から掛けた、男のいで立ちと同じくらい古びた、カラシニコフ47型突撃小銃。
男は暑さから、エアコンの効いた店内に逃げ込んできたわけではない。
その血と鉛で、この炎天下を更に焦がさんとする者だ。
「……ファミチキを二つだ」
「おっさん、使い古しはその博物館から盗んできたライフルだけにしてくんないか?」
そう、俺は男のジョークを咎める。ここはサンクス、ファミチキは置いていない。
「元ご主人様の入店音鳴らしてる、火事場泥棒には言われたくねえもんだ。まあチキンならなんでもいいんだ、こっちは食えりゃあ満足だからな」
「揚げたてがあるぜ」
「上出来だ」
皮肉な話だ。この店は吸収合併されたはずの、親元の店舗の居抜き。男の言う通り、こいつは有事に際した火事場泥棒、って言ってもいい。
――いや、火事で燃えて無くなるはずだった負債を押し付けられた、って言ってもいいかもしれない。まあ、どっちでもいい。そういうのは経営者とか、お偉方の考えることで、フリーターの俺には関係がない。
「……で、後はどうする?」
「そうだな……ハイライトの、純正品はあるか?」
「あるが、三倍するぞ。一箱3000円だ」
「おいおい! 三倍って元値が1000円計算かよ、今時お国のタバコ税なんか息しちゃいないぜ」
「死んでも腐っても税は税だろ、コピーで良けりゃ一箱900だ」
「800」
「悪いがまからねえな、俺、ただの店番なんでね」
「しゃあねえな、じゃあ、コピーで二箱、それと……」
「12.7mm NATO弾を4ケース」
俺は頷くと、後ろの強化ガラスケースから、重たい銃弾ケースを取り出した。
「ブローニング機関銃か? 今時効かねえだろ、あんなんじゃ」
「こちとら文無しの自警団なんでな、贅沢は言えねえさ」
「そうは言っても戦車の一両や二両あるだろ」
「あるにはあるがな、やられるのが惜しくて出せねえのよ。あれは幹部連中のコレクション、それこそ博物館の所蔵品だ」
そう言って男はカラシニコフを掲げる。俺はため息を吐く。
「武器は使ってなんぼだろ、分かってねえな」
「全くだ」
そう言って、男はカーゴのポケットの一つから皺くちゃの紙幣を叩いた。俺はそいつを引き延ばし、さっと偽造ではないことを確認すると釣りを返す。
「まいどあり」
自動ドアが開き、また入店時と同じく憂鬱で明るいメロディが響く。
いつもの通り、面白みもない接客作業。
が、しかし。
男はなかなか店を出ていかない。トランシーバーを取り出し、何やら話をしている。
一頻りして、男が振り返る。焦りの上に諦めを塗りたくったような、奇妙な表情を浮かべて。
この手の連中には見慣れた表情なんだ。
それで、俺はそういうことか、と分かった。
「おい、兄ちゃん」
「どうしたんだよ、カップ焼きそばぶちまけたような顔してよ」
そんな贅沢品、もういつ食ったか忘れるくらいご無沙汰だよ、そう言ってから。
「今すぐ有給休暇を申請した方がいい」
「そんな都市伝説、江の島のコンビニには置いてないぜ」
「冗談じゃねえんだよ、大物が来やがる」
男の声に頷いて、俺は店の外へ出る。
「落ち着いてやがるな、あんた」
「まあ、こんなとこでコンビニやってんだ。慣れもするよ」
「死の恐怖には慣れない方がいいぞ、勘が鈍る」
「ステイクール、ってだけの話だよ」
既に砲火の轟音が響いている。俺たちは走る足を速める。
境川に架かる旧国道橋の上に出ると、無数の火線が海上に見えた。そこに弾が飛んでるってことは、もう第一防衛戦は突破されたってことだ。
「くそっ、海上防衛庁は何してやがる!?」
視界の右手側――江の島要塞の浮き砲台群を迂回して、敵の姿が見える。ドンパチ騒ぎに橋の上には続々と人が集まってくる。近くで双眼鏡を覗いていた、海兵上がりらしいアメリカ人傭兵が「シット!」の言葉に続いて叫ぶ。
「スシッ!!!!」
――スシ。
「SU-C」Sea Unique-Creatuers。日本語では「海性特異生物」と訳される。人間の献身的な野生生物保護の風潮の中、海の中で驚異的かつ急速な進化を遂げ、ついに被食者から人類の天敵へとのし上がった生物群。その様は「第二のカンブリア爆発」とも評される。
俺は学者様が嫌いだ。何がカンブリアだ、寒ブリ一匹自分の手で始末してから言ってみろ、そう思っている。
俺は敵の正体を見定めるべく、手にした軍用双眼鏡を覗き込む。
「何だありゃ!?」
横の男が叫んだ。水面を滑走する恐るべき速度、砲弾の如く黒光りする巨大なその体躯。
俺には見覚えがあった。その名を口にする。
「間違いねえ……
「逢魔の黒真黒だと……馬鹿な! あいつは北方海域にしかいないはずだろ!?」
黒真黒――真なる黒、と名付けられたそのスシは、北方海域を支配する、人間を含めた生態系の頂点。出会えば生きては帰れない魔物、という逸話から「逢魔」の二つ名が冠される。
マグロはその身を狙う弾丸の雨あられをかわし、跳ねのけながら海上を滑走する。
昔はこいつらも行儀よく海の中を泳いでいたらしいが、どっこい粋なスシどもはそんなノロマなことはしない。体の下に付いた真っ白な板状の器官。人間の技術では再現不可能と言われる撥水性を、分子構造レベルで実現した生体ウェイクボード「ギンシャリ・ブレード」に乗り、優に時速100キロを超える速度で変幻自在の水上滑走を披露する。
「こっちに来やがるぞ!!?」
「こいつ、境川を遡上するつもりか!?」
今自分たちのいる橋が架かっている川――境川にマグロは攻撃を跳ね飛ばしながら一直線に突進してくる。
「頭!! 逃げねえとやべえっすよ!! 海防の連中砲台を放棄しやがった!!」
そう声が響き、俺たちの後ろに一台の
「おい、あんたも乗れ!」
そう男が俺の腕を掴む。俺は笑いを堪えながら返事をする。
「乗るのは良い、だが逃げるのはナシだな」
こんな所で逢魔の黒真黒とは……
どうしようもなく、フリーターの血が騒いじまう。
「何言ってんだ!? 俺たち自警団の武装で相手になるかよ!」
「この川の先にヤツを通したらどんだけ被害が出ると思ってんだ? 有事をなんとかすんのが自警団だろう?」
「そ、それは……」
そう、俺は当然という風に言ってのける。それから畳みかけるように言葉を継ぐ。
「とにかくハンヴィーを出せ! 考えはある!」
「か、頭……」
不安そうな部下の声に「ああくそっ!」と叫びながら男は頭を掻きむしった。
「お前の言う通りだよ畜生が!! ここで逃げて自警団やってられっか!!」
「正気ですか!?」
「そうこなくちゃな!!」
公民問わず、既に大部分の戦闘部隊はマグロに恐れをなして撤退してしまった。
しかしそんな弱腰ばかりでもない。
「撃て撃て、撃ちまくれ!!!」
気概のある海上防衛庁部隊や自警団の連中が、マグロ目掛けて砲火を浴びせる。
……が、マグロには全く通用していない。秘密はその体表にある。
マグロの体は、表面は体内で合成された生体合金、その内側には柔軟性に富んだ強化繊維質が詰まった、複層構造になっている。おまけに完成された流線形のボディは弾の軌道を逸らして威力を著しく減衰する。
――天然の複合傾斜装甲、というわけだ。
その上「真なる黒」たる体表組織は高度なステルス性を有し、ミサイル等のレーダー誘導兵器をほぼ無力化する。まさに悪夢の生物兵器だ。
「どうするつもりだ兄ちゃんよ!?」
「ハンヴィーをマグロに並走させろ!!」
「ま、マジですか!?」
「大マジだ、しっかり運転しろ!!」
「ひいいいい、死ぬうううう!!」
川沿いの道路をハンヴィーは時速110キロで飛ばす。
「おっさん、あんたの買った弾使わせてもらうぜ!!」
「撃てるのか!?」
「誰にモノ言ってんだ!? 俺はフリーター!
俺は車体上部に身を乗り出すと、ハンヴィー上に備え付けられた12.7mmブローニングM2重機関銃の銃架ロックと安全装置を外し、水上を駆けるマグロへと銃口を向ける。
「おいそんなオモチャ効かねえぞ!? 120mm戦車砲喰らっても死なねえんだぞそいつは!!」
男の声を無視して、俺は狙いを定める。この距離、この同速並走状態じゃなきゃ狙いようがない、ピンポイント。
「12.7mmでも、ぶち込み続けりゃ効くとこが一か所だけあんだよ」
「何だと……!?」
「生き物の弱点は昔っから……」
俺はトリガーを絞る。
「目だって相場が決まってる!!」
フルオート、毎分1000発超える発射速度でブローニングM2がマグロの目を狙い弾の雨を吐き散らす。硬質な目蓋に防がれるが、それにも構わず俺は撃ち続ける。
そしてすぐに。
「ギシャアアアアアアア!!!」
魚時代には上げられなかった絶叫をマグロが上げる。
「ほ、ほんとに効きやがった!」
「喰い付いたな、こっちに来るぞ!!」
「ど、どこに行けば!?」
「店に向かって走れ!!」
怒ったマグロが川を離れ、河岸のコンクリートをジャンブ台にして飛び上がる。
「うわああああ!!」
「右だ避けろ!!」
ギリギリで下敷きを回避し、ハンヴィーはなおも走る。
それを追いかけ、マグロはギンシャリ・ブレードで道路を跳ねるように滑走する。部下の運転するハンヴィーは真っ直ぐにサンクス江の島店に向かって走る。
道路は直線。店が見える。
「どうするつもりだ!?」
「どうって……吹っ飛ばしてやるのさ」
そう言って、俺は銃架から助手席に身を滑り込ませるとポケットから赤いボタンの付いたスイッチを取り出す。
「仕掛けた炸薬、起爆はボタン、突っ込む姿は夏の花ってな……タイミング間違えんなよ!!」
「た、タイミングって!?」
「オラここだ!!」
俺は横から足を突っ込んでフルブレーキング、おまけにハンドルも思い切り振り回す。ハンヴィーがスピンして、マグロがそのまま前へと飛び出す。水切り石の如く進むマグロを、遮るものは何もない。
あるのは、サンクス江の島店、ただ一つ。
「店は売っても魂は売らねえ、ファミマじゃねえんだ、ここはサンクス。ありがとうの魂さ」
マグロが跳ねる。
「お前が、最後の客だぜ。遠慮すんなよ」
マグロが跳ねる。
「ご来店……」
マグロが突っ込む。
「ありがとうございましたあああああああああああああっ!!!!!!」
ポチッ!!
刹那。
恐ろしい爆炎と暴風が轟き、天を突くほどの火柱がマグロを灰塵と帰した。その衝撃にハンヴィーはごろごろと二回転がり、俺たちはしこたま頭を打ち、そして止まった。
扉から這い出す。爆ぜる店と立ち昇る黒煙を見て、俺は呟いた。
「汚ねえ花火だ……」
こうして、江の島に初襲来された逢魔の黒真黒は討伐された。
その影に、一人の勇敢なフリーターの姿があったことは、あまり知られていない。
「行くのか?」
夕焼けの中、廃墟となった店の前で佇む俺に、男は言った。
「店がなくなっちまったからな」
俺は答える。
「これから、どうする?」
どうする、か。俺は少しだけ、考える。
……いや、考えるまでもない。決まっていたな。
「また、俺の槍にくくりつける旗でも探すさ」
男が、慣れない敬礼をした。俺は笑う。
「よせよ、ただのフリーターと自警団、軍隊勤務にゃ向かねえよ」
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