44.石器時代到来

俺は村の南東にある俺の家建設地に来ていた。

今は木材が積まれた資材置き場と化している。

ルートヴィヒには、仕事の合間に家を作ってもらっていた。

今も木の柱を跨ぎ穴を開けていたようだ。


「任せっきりになって悪いな」

「そんな事ないですよ。僕は木を削ってるだけで、木材は全部用意してくれてるじゃないですか」


俺がやっている事は、丸太から角材や木の板などを作っているだけだ。

ルートヴィヒには細かな加工と組み立てを頼んでいる。

もちろん力仕事はモフモフが担う。


「あれから進んでる?」

「一応土台は出来たんですけど、木を組むまでに時間が掛かっちゃって」


ルートヴィヒの家造りは遅々として進んでいなかった。

それもその筈、工具がないのだ。

縄をメジャー代わりに、焚火で出来た墨で線を引く。

木を切るのはシュロさんに借りたナイフ。

木彫りの像を作るのではなく、家を作るというのにだ。

支柱や木板と言ったものは俺が作ってはいたが、風の玉にも出来ない事がある。

手を広げた大きさの丸鋸なのだ、凸を作れても凹は作れない。


「専用の道具が必要だったか」

「木が繰り抜けるような道具が欲しいです」


いくら器用なルートヴィヒでも、ナイフで繰り抜くのは難しいだろう。

四苦八苦するルートヴィヒを見下ろしながら考える。


大工道具と言えばのこぎりかんなのみだろう。

木を切る鋸と平らに削る鉋は風の玉で何とかなるが、繰り抜くとなると鑿が一番必要か。

この村で鉄や銅の道具と言えば、シュロさんのナイフ、家に備えている槍、畑で使うくわ、薪を割る斧くらいか。

そう言えば、クメギも剣を持っていたな。

改めて必要最低限の道具しかないと分かる。


そもそもこの村には鍛冶がいない。

鉄や銅が取れる鉱山、鉱脈の話も出ないのは近場にないという事か。

見つけようと思って見つけれる訳でもないし、見つけた所で知識が無ければ同じ事。

今ある道具も元いた村から持って来たのだろう。

俺だって鉱夫や鍛冶の経験はない。

今から工具を作ってもらうにも時間がかかるし、手近なもので代用するか。


そこら辺に転がっていて固い物と言えば、と俺は周りを見渡し答えを直ぐに見つけた。

至る所に転がっている石。

これを風の玉で削れば工具が作れるかもしれない。


「じゃあ、ちょっと探してくるわ」


俺はルートヴィヒに生返事を貰って、石を探しに出かけた。


削るからにはそれなりに大きな石を見つけないといけない。

村を一回りして探してみたが、手ごろな石は見つけられなかった。


他に思いつく場所と言えば東の川。

あそこなら岩がごろごろしているが、魔物もごろごろしてそうだ。

何も戦いに行くわけではない、石を二つ三つ拾ってくるだけだ。

モフモフを三つくらい連れてささっと行ってこよう。


普通に歩けるようになったとはいえ、走るとまだ痛む。

距離が開いているうちに避難すれば、無暗に襲ってはこないだろう。

警戒しながら慎重に道を進んだ。


暫く道沿いに進むと、道の脇に小さな岩が見えてきた。

そう言えばここにもあったな。

俺がこの世界に来た地点だ。

ここなら手ごろな石が見つかるかもしれない。


モフモフに警戒してもらい、俺は石を探す。

草を掻き分けると、すぐに二つの石が見えた。

これなら早々に石を持ち帰れる。


「もう一つ見つけたら戻るか」


両手に石を持ち顔御上げた俺の前に、見知らぬ人がいた。

鋭い眼に短い悲鳴を上げ、俺は尻餅をついた。


「よう、こんな所で何やってんだ」


その人は俺の前にしゃがみ込み、覗き込むように俺に顔を近づけて来る。

なんでいきなり現れたんだ。

警戒していたモフモフはどこ行った。

目だけを動かし、モフモフを探す。


「何やってんだって聞いてんだ!」


イラつく声に目線を戻すと、更に目つきが鋭くなっている。


「石を拾ってましたー!」


不良に絡まれた弱気の生徒の様に、悲鳴に近い声で叫んだ。


「そんなもん拾ってどうすんだ?」

「はい?」

「そんなもん拾ってどうすんだって言ってんだ!」

「ひい、これを削ってですね、道具を作るんです」

「道具? 何の道具だ?」

「はい?」

「はい? じゃねえよ! 次、聞き返したらぶっ飛ばす」


怯えながら俺は鑿の説明から入り、家を建てる事まで説明した。

抽象的な顔のその人は成程と立ち上がる。

黒革の太いベルトを編み込んだ服といえば良いのだろうか。

そのベルトが動くたびに革特有の軋み音を立てる。

得体は知れないし口も悪いが、そう悪い人ではなさそうだ。

中性的な顔立ちだが、声の高さや胸の膨らみから女の人だろうか。

説明しながら俺もだいぶ落ち着いてきた。


「家なんかちゃっちゃと建てちまえばいいのに、人間てのは面倒臭いもんだな」


俺の説明を聞いた感想がそれだった。


「それより、最近ここらで変わった事なかったか?」

「変わった事ですか?」


いきなりぶっ飛ばされる。

前言撤回、この人はいきなり人を殴る悪い人だ。


「いちいち聞き返すなって言ってんだろが! 早く答えろ!」

「ありませーん!」


なんで俺はこんなに女運が悪いんだ。

もう嫌だ、早く村に戻りたい。


「成程、もう少し周辺を探ってみるか」


女の人は俺を暫く見ていたが、興味を無くしたように森に入っていった。


「何だったんだ、あれ」


呆然と見送る俺の横でナビが言った。


「魔人です」

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