10.重なる
家に入ると奥の方で村長が作業をしていた。
さっきいた村人達は仕事に戻ったのか、家の中には村長しかいなかった。
「何度も来てもらって済まない。話はルーフから聞いたが、一つ聞きたい事があってな」
村長は手を止め、入ってきた俺に座るように勧めると、自分も焚火の前に座った。
ルーフは気を使ったのか既に家の外だ。
「調査の一環で来られたと言っていたが、魔法も使えるとなれば相当の手練れ。国に召し抱えられていても可笑しくないと思うのだが、君は何も言わなかった。しかし、このような小さな村を害すために来たとも思えん。この村へ何をしに来たのかね」
怒るでもなく、村長は静かに俺の返事を待った。
確かに俺の思い付きで言った言葉だったが、こんなに早くばれるとは思っていなかった。
かといって真実を言っても信じて貰えないだろう。
限り無く真実に近い嘘で乗り切るしかない。
そんなものはすぐには出て来ず沈黙が続いた。
「なにか言えない事でもあるのかね」
「そ、そんなことは……」
「なんかありそうだな! その言い方はなんかありそうだな!」
なんで身を乗り出してきたんだ。
なんか村長の態度が変わってきたぞ。
「秘密があるんだろ? いっちゃいなよ! ほらっ!」
なんだこの村長、こんなキャラだったか。
何のスイッチが入ったのか、うきうきした顔でこっち見てんじゃねえよ。
身を引いた状態で静寂が訪れる。
家の外から木を打ち付ける音が聞こえた。
潰れた家を直しているのだろう。
早くこの家から飛び出したい。いろんな意味で。
俺が引いてると気が付いたのだろう。
村長は小さく咳をすると座り直した。
「すまない。つい事を焦ってしまった。私はただ本当の所を知りたかっただけだ」
真実も言えず嘘もばれているなら仕方ない。
俺は諦めたように大きく息を吐く。
「制限されている中で説明した事で疑問を持たれたのだと思います。しかし、国名は言わなかったのではなく言えなかったのです」
「何故だね?」
「国名を出せば要らぬ誤解を招きます。こちらとしては純粋に変化の原因を突き詰めたい」
「なるほど」
村長の目がきらりと光る。
ここで止まってはいけない。このまま勢いに乗って話の主導権をこっちに持ってくるんだ。
「村長は村周辺の変化に気づいておられますか。それがなぜ起ったのかご存じですか」
毎日生活していれば何かしら変化はある。
あえて変化の期間を問わず範囲を地域とすれば、変化はもっと多くなる。
余裕のない生活で変化があったとして、原因が分からない事も多いだろう。
村長には原因は分からなくとも変化には気づいていますよね、という最もらしい発言に聞こえる事になる。
名付けて【嘘が透けたなら新しい嘘で塗り固めてしまえ】作戦。
「この村長落ち着いているようで何処か抜けている。上手く誘導して村を乗っ取ってやる、という顔ですね」
「そこまで思ってねえよ!」
「こんな子供になってしまうとは、親御さんも泣いてらっしゃいます」
「なってねえし! 話を何処に持っていこうとしてる!」
ナビは忘れた頃にやってくる。
ナビゲートより変なレッテル張ってる方が多くないか。
「急にどうしました。言ってる意味が分からない」
「ご……ご心配なく、ただの発作です」
まずい。急に村長が会話に入ってきて動揺してしまった。
村長は立ち上がりかけたまま、困惑した表情を浮かべていた。
ナビめ、変な所で出てきやがって。
「……要するに村周辺で変化はなかったかと、お聞きしたかったのです」
背中に変な汗をかきながら俺は平静を装う。
村長は心を落ち着かせるように喉を鳴らすと座り直した。
そして、村周辺で起こった事を話し始める。
村が出来た当初、周辺に魔物は一勢力だった。
数も脅威と言う程でもなく、村に害をなす存在ではなかった。
しかし、数年前から魔物たちと生活圏が重なってしまう。
変化を調べ、北から新たな魔物が移動してきたのだと分かった時には、以前からいた魔物は南へと追いやられていた。
生活圏が上から押し潰され横に伸びた結果、村は押されるように生活範囲を狭めていった。
今は南の魔物が北へ盛り返し拮抗している状況で、本腰を入れて村を破壊しようという動きはないが、村人と魔物の接触は増えているという。
その日の暮らしだけでも大変なのに、このまま魔物との交戦が増えれば、村は疲弊してしまう。
村長としては村を存続させる責務がある。
村人の反対を押し切り手を差し伸べてくれた村長も、藁にもすがる思いだったのかもしれない。
得体のしれない俺に対して村人の意見が割れているのだとすれば、俺の真意を一番聞きたかったのは村長だろう。
「こちらとしては、仲間を見つけ調査が出来れば良いのです。村に危害を加える気はありません。村にお世話になる間、出来る範囲でお返しはしていきたいと考えています」
村長は頷き、俺と力強い握手を交わした。
これからどうなるのかと考え、ふとアンケートを思い出した。
現状を変えたいかの問いに、俺は良い方向に転ぶならと書いたのだ。
アンケート通りになるだろ、とナビを探す。
何を思ったのか、三人で手を取り合っているかのようにナビも手を置いていた。
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