403-32 補佐
仕事は切り上げて、コーレイトさんとロミリーを母屋の食堂に招き、そこでエイラちゃんが淹れてくれたお茶を飲みながら話し込む。
まずさっき聞きそびれて気になっていたロミリーの卒業のことだけれど、どうやら特例での卒業という扱いになっていたらしい。
いまいちわたしの知識ははっきりしていないものの、入学とか新学期の時期は9月だと聞いたような覚えがあって不思議に思っていたのだけれど、それを聞いて納得した。
この春の早くにミフロに赴任することになったコーレイトさんに同行して治癒魔道士になる修行を行うために、半年ほど他のみんなより先行して卒業する特例だったとか。
「そんなわけで、みんなとは少し早くお別れになってしまいましたが、晴れて卒業となりまして、トタッセン先生に姓を考えてもらうこともできましたー」
ひとまず、わたしが気になっていたことはそんな感じだった。
そして続いて、コーレイトさんからのお話。
最初に言われたのが、
「実を言いますと、正式には、この村に医師として赴任するのは私ではないのです」
──だった。
と言うのも、コーレイトさんはあくまでロミリーを治癒魔道士にするための先生という立場なのだそう。つまり、ゆくゆくは治癒魔道士になる予定のロミリーこそが、ミフロに派遣されてきた新しい医師なのだとか。
「ですので、いつになるかはまだ分かりませんが、こちらのロミリーが一人前の治癒魔道士となれば、あとは任せて私は王都へ帰る予定です。……ロミリーは優秀なようなので、3年から5年ほどになるでしょうか」
「そうだったんですね……。でもそれにしても、その為にわざわざこんな山奥のミフロにまでいらっしゃるだなんて、コーレイトさんも大変ですね……」
ミフロは王都からは遠いし、王都に比べると、その……かなり田舎なのに、そんなミフロまでやって来て、医師として働きながら治癒魔道士を育てるだなんて……。
どこからどこまでがマリューの手配によるものなのかは分からないけれど、なかなか大変な仕事を任せたのではないか、と思う。
コーレイトさんは笑っているけれど、もしかしたらそれは苦笑いなのかもしれない。あいにく、わたしにはよく分からないけれど。
「ふふふふふ……それはお気になさらず。それに、わざわざ私が派遣されたのには、もうひとつの頼まれごとも関係しておりますから」
「頼まれごと、ですか?」
はて、と首をひねった。
ロミリーは知っている話なのか、うんうん、と頷いている。
「ええ。ロミリーを一人前の治癒魔道士に育て上げるのと並行して、ノノカ様、さらにそちらのエイラさんにも治癒魔法を教えるようにもマリューから頼まれているのです」
「えぇ?」
「……治癒魔法、ですか? わたくしも?」
わたしも驚いたけれど、エイラちゃんはもっと驚いているみたいだ。
顔を見合わせると、普段なかなか見られないくらい困惑した表情をしている。多分、わたしも同じような顔をしているとは思うけれど……
「えっと……。つまりそれは、わたしたちにも治癒魔道士になれと言うことですか……?」
「いえ、そう言うわけではないのです」
さらに首をひねってしまう。
治癒魔法は、治癒魔道士などの特別な資格や許可を得た人しか使ってはいけない魔法だったはず。
どういうこと? と疑問符が頭の上で連発しているわたしたちに、コーレイトさんが説明を続けてくれた。
「治癒魔道士になるのは簡単なことではありません。その上──ご存知かとは思いますが、特に不死の魔法使い様が治癒魔道士の資格を得るには、現状、普通の人よりも多くの制限があり要件も厳しく、正規の免許を取得するのはかなり大変です」
その辺りのことは、昔マリューに聞いたような覚えがある。
うんうん、と頷くわたしを見てコーレイトさんも頷いた。
「しかしながら……、治癒魔道士〝補佐〟ならその要件はかなり緩くなるのです」
「……補佐?」
「はい。治癒魔道士補佐は基本的には独断での治癒魔法の使用はできません。──が、治癒魔道師による監督や承認があれば、治癒魔法を用いてその仕事を手伝ったり、一時的に職務の代行をしたりできるだけの権限を持ちます。さらに、緊急時の治癒魔法の使用であれば、事後的に承認を得ることも許されるのです。そしてその治癒魔道士補佐は、まぁ見習いに近いものですから、ある程度の知識があれば正規の免許を持つ治癒魔道師が比較的自由に任命できて、それが不死の魔法使い様だからと言って特別に基準が厳しいと言ったこともないのです」
えっと、つまり……勉強して治癒魔道師さんに任命してもらうだけで、実際に治癒魔法を使っても怒られない治癒魔道士補佐になることができる、と……。
そう聞くだけなら、補佐には結構簡単になれそうな気はする。まぁ実際には治癒魔法自体がすごく難しい魔法のはずだから、聞くのとやるのとでは全く違うのだろうけれど、それでも
ただ、そもそもの話なのだけれど──
「……なんでマリューは、わたしに治癒魔法を使えるようになって欲しいんでしょう?」
そこが分からない。
怪我や病気は、ミフロにお医者さんが居てくれれば、わざわざわたしが治癒魔法を覚えなくても事足りるのだ。
じゃあ……自分の身は自分で守れ、と言うような話だろうか? でもわたしなら、普通の人だと、今ここで治療しないと死んでしまう! ……みたいな怪我をしても死なないだろうし、そもそも《
となると、エイラちゃんのもしもに備えて? まぁ確かに、そう考えるととても有用で安心できると思うけれど、マリューってそこまで過保護だったかなぁ……?
あれや、これや、なんでか考えて唸るけれど、すんなり納得できそうな理由は思い浮かばない。
そんなわたしの様子を見ていたコーレイトさんが少し笑った。
「……詳しくは、いずれ本人が話すと思いますが、何やらノノカ様に頼みたいことがあるらしいですよ。その頼みごとをやっていただくのに、治癒魔法が必要になるとか」
「治癒魔法が必要になる頼みごと、ですか?」
お医者さんになれと言うなら補佐止まりでは駄目だろうし、そもそもロミリーが来る必要はなかっただろうから、そう言うわけでもなさそうなのだけれど……。
「……コーレイトさんはマリューがわたしに何を頼みたいか、ご存知なんですか?」
「ええ、まぁ。ですが、その時が来るまではできれば秘密に、とマリューが言っていたもので。もちろん、どうしても先に知っておきたい、と仰るのでしたらお教えしますよ」
そう言ってコーレイトさんは悪戯っぽく笑った。
「んん……、いえ……それなら、本人から聞くことにしますね」
別に治癒魔道士補佐になって治癒魔法を覚えることで、わたしにデメリットがあるわけでもなし、マリューがいずれ直接教えてくれる、と言うなら急がなくても良いだろう。
とりあえず、マリューの頼みごととやらが何なのかは、今は置いておこう。
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