Loop-1 経験を活かすのは難しい

 目を覚ますと、俺は一五歳の肉体に戻っていた。

 想像していた以上にピチピチ、スベスベしている自分の体に感動する。


 「こんなんなら、小刻みに無駄使いしないで、何度も一五歳に戻って青春をやり直しするんだったぜ!」


 後悔先に絶たず。今や俺に残された時戻りの能力は、

 『一時間以内を三回』だ。


 ──まあ、しょーがない。気落ちせずに前向きにいこう。ゴネたことでお人好しのエキュロスから情けをもらったことは本当に儲けものだった。


 フレンダーム王国の首都メダナは、典型的な中世ヨーロッパ風の社会だった。郊外にでるとお馴染みのオークやゴブリンの他に、機甲種と呼ばれる機械仕掛けの化物もいる。世界は魔王に脅かされながら、血を血で洗う闘争の日々が繰り返されていた。


 普通に考えて、生ぬるい生活にひたっていた中学三年男子ごときが生き延びることができる世界ではない。ファンタジー世界は過酷なのだ。


 今まで死なずにいられたのは一重に時戻り能力のお陰なのは間違いない。それを、ほぼ取りあげられた状態で、これからどうやって生き抜いていけばいいのか──まさにサバイバルだ。しかし、真司には勝算があった。


 「俺には五〇年いや、九〇年の経験がある。この世界がどんなものかを知っている。まあ、なんとかなるっしょ」


 真司が余裕をかますときは、大体やばいことがことが起きる。時戻り能力があることで、痛い目に合ってきたことを忘れて調子に乗ってしまう。そんな天然なところが浩司の良いところとも言えるのだが、本人は自分のことをクールでクレバーなナイスガイだと思っている。


 「さてと、まずは真っ裸なのをどうにかしないとなぁ」


 ──たしか、この角を曲がるとシーツが干されてあったはず。


 「よっしゃあ、あった! ありがたく頂戴しよう!」


 シーツを体に巻きつけた真司は、ミルに手っ取り早く保護してもらうための流れを実践した。


 えーと、

 果物屋からバナナに似た果物を盗み、

 三本先の裏路地に逃げ込んで、

 行き止まりで追っ手にボコボコにされてると、

 ミルが現れるはずだ。

 よーし。んー? あれ? あれれ? なんで!? ミルこねーーっ!


 「ちょ、やめて、ごめん、なさい、いてえ、ぐは、うぎ、おげ……とっ、時よ、戻れっ!」


    ◇ ◇ ◇


 「あなた、馬鹿なの?」


 闇空間でエキュロスが待っていた。三回しか使えない時戻りの一回を早々に使ってしまった真司は、さすがに恥ずかし過ぎて、エキュロスの顔をまともに見ることができない。


 「うるせー! どこで使おうが俺の勝手だろっ!」


 エキュロスは深く溜め息をついた。


 「それに、ちゃんとループしてんのか? なんでミルが現れない!?」

 「私には答えられません。ループは正しく機能しています」


 ブツブツ言っている真司に、エキュロスは意地悪く問いかける。


 「私が慈悲の心で贈った三回の時戻りは、あなたにとって悪影響を及ぼすものだったようです。残り二回分を没収したほうが良いみたいですね」

 「嫌だ! ぜったい嫌だっ!」


 見苦しく騒ぐ真司をエキュロスは優しく抱きしめた。


 「なら、よく考えて生きるのです。時戻りは無きものとして」

 「わかった! ちゃんと真面目に生きるからさ! 没収は無しで頼む!」


 この笑顔と、めげない性格が救いだとエキュロスは少しだけホッとする。だが、実際のところ三年の寿命をまっとうするのは厳しいだろう。


 「私から真司にプレゼントがあります」

 「なに!? 時戻り権を増やしてくれんの?」

 「増やしません! ちょっと待って────はい、どうですか!?」

 「どうってなにが?」

 「右下のほうに数字が見えませんか?」

 「なんだこれ!?」

 「真司の残り寿命です。あなたに指摘されて、私はユーザーインターフェースを研究したのですよ。わかりやすいように秒単位でカウントダウンさせてます」


 と、自慢気に説明したエキュロスは、真司が泣いて喜び感謝の言葉を捧げるのをワクワクしながら待ち構えた。


 「いらねー-っ! なんだよ、このクソUI! 信じられんわ。おまえなあ、命のカウントダウンされて、心安らかに人生を送るれるわけねーだろ!?」


 予想してなかった真司の激怒にエキュロスは涙目になる。


 「だって、他に表示するものなんてないんだもん。時戻りの残数表示なんてしたら真司は嫌だろうなーって思ったし、能力表示なんて、しょぼすぎて真司も見たくないだろうし……」


 「……もういい。UIをOFFる方法を教えてくれ」

 「ええと……『UIオフ/UIオン』と念じれば切り替えられますけど、UI機能そのものを無くしちゃったほうがいいですよね……」

 「いいよ、そのままで。何かの役に立つかもしれないし。とりあえず俺のことを考えてくれたんだよな。ありがとな」


 エキュロスは不覚にもキュンとしてしまう。慌てて、いつもの事務的態度に戻した。


 「そうですか……では、時を戻します」

 「おう、今度はちゃんとやるから、心配すんな!」

 「お生きなさい──」

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