異世界に転生したけどループ条件が厳しすぎる

伊勢日向

Loop-0 計算ミスで絶体絶命

 ズズーンと地響きと土埃を残して、魔王は消滅した。

 ほんと、俺のパーティーは最高だ!


 戦士ドライグーン

 神官プリティナ

 盗賊ホップス

 そして、魔導士ミルフィーナ


 みんな職業名の頭に『大』とか『聖』を付けても文句なしの実力者たちが揃っている。


 そして、そんな頼もしい仲間を集めたのは俺、富士見真司。

 この世界では『大賢者シンジ』と呼ばれている。


 前の世界ではつまらん死に方をした転生者。高校三年の夏休み初日、空から降ってきた薔薇の鉢が頭頂部に直撃して、あっけない最期を遂げた。


 おおかたマンションの上階に住んでる金持ちが手を滑らせたか、むしゃくしゃして落してみたのだろう。しかし、恨みや悔やみはなかった。お陰様で、俺は魅惑のファンタジー世界で生きることになったのだから。


 俺は、前の世界で死んだ時と同じ一五歳から、やりなおすことになった。見た目は多少変わりはしたが何の変哲もないモブ顔だ。


 突然、異世界に放り出されて素っ裸で右往左往していたところを、二歳下のミルフィーナに助けられて何とか生き延びることができた。冒険者の素質が皆無で瀕死な俺を、類まれな魔法の力で守ってくれた。ミルフィーナは幼くして天才魔導士であり可愛くて優しい女の子だった。


 分不相応な魔王討伐の冒険に参加した俺が無事に生き延びてこられたのには秘密がある。俺には、転生の神様がくれた特殊な能力が一つだけあったのだ。


 時戻り──時間を過去に戻す能力。もちろん俺の記憶は残したまま、である。


 この能力を駆使してパーティ内での存在感を維持し、民からは奇跡を起こす男とまで呼ばれるようになったのだ。そして、俺は賢者シンジと呼ばれるようになった。


 今は、この世界に俺が転生してから、ちょうど一〇年後の世界だ。

 俺は転生直後に一〇年で魔王を倒すと誓いを立てたのだが、何度も何度も、時間を戻しつつ俺だけが過ごしてきた俺時間では、五〇年後の世界だった。


 失敗しては繰り返してきた俺の血のにじむような工夫によって、やっと世界の平和を脅かしていた魔王を倒すことができたというわけだ。


 そして、この良き日、俺は雰囲気たっぷりにミルフィーナに告白するのだ。俺は二五歳、ミルフィーナは二三歳、お互いに適齢期ってやつだ。

 魔王のいなくなった平和な世界で、俺たち幸せになります。


 「ミル、俺と結婚してくれるかい」

 「……ゴメンね」

 「えっ?」──もう一回。


 「ミル、俺と結婚して温かい家庭を築こう」

 「ゴメンね、シンジ。あなたとは結婚できないの」──うっ、うっ、うそだろーっ! 


 ドライグーンと結婚する? 俺が時戻りをした理由の八割はミルに俺のことを気にいってもらう為だったというのに……俺よりドライグーンを選んだだと? マジなのか? くそっ、やっぱドライグーンと結婚するってのは本気なんだな!? ゆるさん、ゆるさんぞっ! ミルの結婚相手は、この俺だっ!!


 「くくっ、くそーーっ! 時よ、戻りやがれっ!」


 どこまで戻る?


 ミルと初めて会った時にしよう。そこから俺にふさわしい嫁として育てるんだ。徹底的にやってやる。


 10年だ! 文句あるか!?


    ◇ ◇ ◇


 ──よし、これで目を覚ませば、この世界にやってきた時点に戻っているはずだ。


 そして俺は三時間後にミルと再び邂逅するのだ。俺の能力は戻りたい時点の風景をイメージすれば、そこまで時間が戻る。今までの最長記録は二年ぐらいだが、多分大丈夫だろう。


 かくして、心機一転に燃える俺が覚醒すると、そこは真っ暗闇だった。


 ──あれ、失敗した? というか、死んだ?


 「まだ、死んじゃいませんよ。富士見真司……」


 光に包まれて登場したのは精霊エキュロス。


 「あ、あんた! 俺を転生させてくれた人!」

 「人じゃなくて精霊ですよ」

 「そんなことよりさ、なんで時戻りが上手くいってないんだ!? なんとかしてくれよ! 早くミルと再会させてくれよ!」


 事態を思い出して取り乱す真司を見て、エキュロスは落ち着き払って何度か咳払いをする。


 「富士見真司よ……あなたは寿命を使い切りました。覚えていますね? 時戻りした時間を寿命から差し引くという約束でしたね」


 真司の動きが固まる。


 「あと五〇年分はあったはずだ! ちゃんと記録してたんだぞ!」


 あきれたとばかりにエキュロスは溜め息をつく。


 「あなたが記録したという時戻りは何回分ですか?」

 「ざっと二千回ぐらいだろ!」


 馬鹿にされたと感じた真司がいきりたつと、エキュロスは出来の悪い生徒を諭すように優しく語りかける。


 「いいですか、あなたは時戻りを一〇〇万回以上使っているのです。『ちょっとだけ他のパターンも試してみよう』が多すぎたのです」

 「うげっ! まさか……」


 真司が頭を掻きむしると、エキュロスは微笑んだ。


 「そうです。塵も積もって四〇年分です。なので、富士見真司、あなたがこの世界で過ごしてきた時間は、あなたが記録していた五〇年と合わせて九〇年ということになります……あなたに与えた寿命は一〇〇年分でしたね。それがさっきの一〇年の時戻りで、ちょうど尽きてしまったというわけです。今回はそれを伝えにきたのですよ」


 エキュロスの説明を聞き終わる前に、真司は膝から崩れ落ちていた。


 「……それでは、時を戻します」

 「待ってくれ! じゃあ、一〇年時戻りをしたら俺は死ぬってことだよな!?」

 「その通りです。まったく……馬鹿な使い方をしたものですね。では、時を戻します」

 「待て待て待てー-っ!」

 「なんですか」

 「やっぱ、一〇年の時戻りをやめることにする」

 「残念ですが、それは不可能です」


 「なんでっーーー-っ!?」真司は絶叫した。


 「既に時戻りの一〇年は、時の神パルトノンに預けられました。もう無理です」

 「そのパルトノンとやらを呼んでこい!」

 「だから無理なんです。往生際が悪いですね。では、時を戻します」

 「わーわーわーっ! だから待てって!」

 「…………」

 「あと五年。たった五年でいいから寿命をくれ!」

 「そんなことできません。あきらめなさい」

 「…………」

 「では……」

 「ふ……な……」

 「なんです?」


 「ざけんなっ!! だいたいなあ、一〇〇年の寿命をくれたって、それをサポートするシステムもちゃんと用意してないなんて、そっちの不手際だろ!」

 「不手際? 口を慎みなさい」


 「いいか、俺はなあ、寿命が尽きることに怯えながら、こつこつとメモをとりながら生きてきたんだぞ。たしかに俺の記録は大雑把すぎたのかもしれない。だけど、そもそもサポート無しの時戻りなんか俺みたいな馬鹿な転生者に酷すぎるだろっ! 使い過ぎたら即死するとか注意を受けてなかったぞ! 残り時間を、数字とかゲージとかで表示しておくべきなんじゃないのか? ユーザーインターフェースって大事なんだぜっ! 俺ら人間はお前らのオモチャかよっ!」


 「ユーザーインターフェース…………オモチャ…………」


 真司の言に一理あると思ってしまったエキュロスは自らの配慮不足を指摘されてショックを受けた。寿命を延ばすことだけで十分な贈り物だと思っていたのに。


 ──神に試されているのは、私なのかもしれない。


 「わかりました。もう三年だけ寿命を与えましょう────はい、済みました」

「まじ? うひょおっ! やったぜっ! エキュロスちゃん、愛してるっ!」

 「──うほん。では、時を戻しますね」

 「ちょ、ちょっと待ったあっ!」

 「まだ何かあるのですか」

 「時戻りの能力はどうなる?」

 「もちろん、ありません」

 「時戻りが使えないなんて、やってける気がしねえ!」


 引き止められたエキュロスは、そろそろ次の仕事に急いで向かいたかったが、そんな素振りはチラリとも見せずに、変わらぬ笑顔で浩司に対応する。


 「前と同じことをすれば今回も三年くらいの寿命ならまっとうできますよ」

 「ふざけんな、馬鹿! 三年前にどんなことをしたかなんて覚えてねえよ!」


 馬鹿と罵られて少々イラっとしたエキュロスだったが、あくまでも柔和な態度で真司に導きの言葉を与える。


 「前と同じ生き方をしなくてもいいのですよ。好きなように生きればいいのです。それでは、そろそろ時を…」


 「ちょっと待て、どっちなんだよ馬鹿!!」真司は絶叫した。


 「馬鹿とは何ですか!?」

 「俺は迷える子羊だぜ? 前と同じに生きろとか、好きに生きろとか、無責任にも程があるだろ!」

 「それは……私の言い方が良くなかったのは確かですけど……」


 ──ちょろい!


 「言っておきますが『ちょろい!』という心の声は聞こえていますからね! でも、あなたが言いたいことも理解しました。迷える子羊に、ささやかな贈り物をいたしましょう。『一時間以内の時戻りを三回』だけ許してあげます」

 「しょぼー、なんだよそれ? 『二四時間以内の時戻りを一〇回』になんね?」

 「なりません!」


 真司の半笑いを見て、エキュロスは憤怒で我を忘れそうになるが、ひきつった笑顔で何とか言葉を絞り出した。


 「では、富士見真司。あなたの残り三年に祝福を」

 「おう、ありがとな!」


 イラっ。


 「それでは、時を戻します──」

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