3.あなたに先行きを

 木は無く、草も疎らにしかない岩山の、道すらない道を登る。旅をして、多少の体力はついたと思っていたが、元は屋敷の中から出ることもなく育った彼女にとって、その道のりは険しすぎた。休憩を何度も挟みながら、少しずつ、少しずつ。稀に出会う魔物は戦士が倒してくれた。勇者様から渡された魔道具で攻撃魔法も使えるようになってはいたが、これだけ疲れていては魔法に集中出来るはずもない。戦士が守ってくれなければ、とっくに魔物に殺されていただろう。


 休憩の度、ペンダントに魔力を通す。その光だけが道標だ。

 岩山の麓についてから、斜面に沿って山の上を指す光を信じて、この岩山を登ってきた。懸命に登ると、次の休憩では少し、ほんの少し、光が示す角度が水平に近づいていく。彼女はそれだけを信じて岩山を登っていた。


 岩山の中腹、疎らな草でさえ見かけなくなる位置に大きな洞窟があった。入口の高さだけでも30メートルはある洞窟。その洞窟の入口でペンダントを使うと、光はほぼ真横に、洞窟の中を指し示す。

 入口は広いが、太陽の向きが悪いのだろうか、洞窟の中はすぐに暗闇に取り込まれている。それでも、そこに走る一筋の弱弱しい光は彼女を奮い立たせるのに十分な強さを持っていた。

 休憩を終え、明かりの魔法を使う。初めて覚えた魔法は今でも一番得意な魔法だ。

 魔法の明かりを自分よりも前に飛ばし、相対位置を固定する。前方を照らす光は彼女と、その前に立って警戒をする戦士を浮かび上がらせると共に、洞窟の岩肌も浮かび上がらせる。


 天然の洞窟にしては歩きやすい岩肌は、この洞窟がダンジョンではないかと疑わせる。

 ダンジョンに多く生息する魔物。その気配はまだ掴めないが、油断することは出来ない。二人はゆっくりと洞窟に足を踏み入れた。


         *


 アリッサは今日も宇宙船の中で書類を作っていた。

 ここ数日は毎日である。アメリアが落ち着いてきて、夜にアリッサが抜け出しても問題なく寝ているようになったから出来るようになったことで、それ自体は良いことなのだが、これだけ書類仕事が続くと逃げる口実を失ったようで少し寂しい。


「送ったぜー」


 アリッサは疲れた声で呼びかける。


「受信確認。お疲れ様」


 通信相手のマッケンジーは平常運転だ。

 今日の書類は村の襲撃事件に対する中央からの問い合わせへの回答だ。昨日はアーロンの試験延長申請の書類を作った、これはアーロンにサインをもらってから提出になる。一昨日は街からの帰り道であった人攫いの襲撃事件の報告書だ。


 現地の兵士に引き渡し済みで、裁かれるのも現地の法ではあるが、保護官が関わった以上は適切な対応だったのかどうか、報告書で判断される。

 村の襲撃事件では、アリッサの予想通りに過剰防衛の意図を問うだの、結界内部に避難したまま現地司法組織の介入を待たなかったのはなぜかだの、面倒としか言いようのない質問が届いていたのだ。

 今日書いたアリッサの回答書類は、現地司令部で確認の上、中央に送られることになる。


「これで終わりだろ、もう書類ないよな」

「残念、保護した少女の定期報告がまだ出てない」

「あー、あれがあったかー。明日も書類かよ」

「実際の所はどうなの、アメリアちゃん、だっけ?」


 あー、と息を漏らすようにしてから話し出す。


「精神的に安定はしてきた。夜に泣くこともなくなったしな。それは間違いない」


 だが、とアリッサは続ける。


「まだ言葉は話さないし、魔力も安定しなくてな」

「言葉は理解してるのか?」

「ああ、理解はしているし、指示にも素直に従うな。どちらかというと素直過ぎるくらいだ」


 なんらかの要因で言葉を失う。失語症と呼ばれる症状は程度は様々で、アメリアのように一言も話さない場合以外にも、同じ言葉を繰り返す、支離滅裂な言葉を話す、正しい名称が言えないなどの症状がある。多くは脳の損傷から来る障害で、言語に関する機能が働かないことで発生する。

 それが怪我などの外的要因であれば、怪我が治ってからのリハビリとなるが、アメリアの場合は隷属の魔道具による障害の可能性が高い。魔力が安定しないことも合わせて考えれば尚更だ。


 魔力そのものは、かつての旧人類ならともかく、今であれば誰もが持っているものだ。訓練をして扱えるようになる必要はある。訓練をしなければただ垂れ流すだけの魔力は、子供であっても個人認証の生体情報として扱われる程度には、体から漏れている。

 そして訓練をし、魔力の流出を制御出来るようになれば、普段は魔力がほぼ漏れないようにすることが出来る。魔力は個人認証にも使われる通りに、人それぞれ異なる。魔力を隠すことも魔力を追跡することも中央の捜査官には重要の技能だ。


 その魔力がアメリアの場合には、脈動するように漏れている。


 隷属の魔道具で無理矢理とは言え、ドラゴンへの変身能力を発動できる程度には魔力があるのだから、アメリアの魔力は少なくはない。

 一切の訓練をしていなければ、その魔力はハッキリと認識出来る程に漏れるだろう。

 だが、アメリアの普段の生活では、漏れる魔力は少ない。それは制御が出来ているようにも見えるが、時折、脈動するようにドクンと魔力量が跳ねる。


「一度、中央の病院で検査したほうがいいかもな」


 アリッサはそう言葉を締める。


「そうなると、問題は出自か」


 勇者がどこから連れて来たのか。中央の住民であれば、勇者の証言から戸籍を割り出すことも出来るし、両親や親戚に連絡を取ることも難しくはない。そうなれば中央の病院で検査するのも当然可能だ。

 これが未開惑星から攫われたのであれば話は難しくなる。基本的に、未開惑星の住民を中央に連れて行くことはない。未開惑星に対して、中央の存在すら明かしていないのだ。その住民を中央に連れて行き、治療することも当然ない。あくまで現地の未開惑星での治療となる。それが中央でしか治せない場合でも、だ。


「勇者の取り調べは?」

「進展があったとは聞いてないね」


 黙秘。

 それは権利の一つである。そして取り調べで黙秘をするのは認められている。

 それが冤罪であれば取り調べを止めて弁護士と相談するのは有効な場合もあるが、多くは取り調べを長引かせるだけの結果になる。勇者のように、未開惑星への不法入星の現行犯であり、隷属の魔道具使用の現行犯である場合などは、取り調べが長引くだけでなんらメリットはないように見える。

 しかしなぜか勇者は未だに取り調べに応じていないという。


「長いな。何か待っているのか?」

「分からないな。そこまでは情報が回って来ない」


 こういう時だけは、未開惑星の取り調べが羨ましくなる。そんなことを思いながらアリッサは宇宙船を後にした。

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