奴隷解放隊

1.あなたにお土産を

 目が覚めた時、辺りは瓦礫の山だった。

 砕けた石、木の破片。時折、折れ曲がった鉄らしきものが見える。それがこっちに一山、向こうに一山、少し遠くには自分の背丈の数倍の高さの瓦礫の山がある。

 何があったのか、自分はなぜこんなところにいるのか、分からなかった。

 体を起こし、辺りを見回し、もう一人、倒れている男を見つけたところで頭が周り始める。


 倒れている男に近づき手を触れる。確かな鼓動。ああ、生きてると思う。そしてこの男のことを思い出す。一緒に旅をする仲間の戦士。

 街を出たのは覚えている。そこからの道程みちのりもだ。

 ならばここは。

 瓦礫の山を見回す。

 そんなはずは。

 山奥にある魔王の城。それは今まで見たどんなお屋敷よりも大きくて。


 違う、そんな場合じゃない、彼は、勇者様・・・はどこなの。


 魔法使いは戦士を起こして、二人で勇者様を探した。

 夕暮れの近い山の上、そこに吹く風は冷たい。そんな中を二人で汗だくになって探した。日が落ち、真っ暗な中でも魔法で明かりを点け探した。日が昇り瓦礫の山をどけて探した。

 でも見つからなかった。


 ここは魔王の城。そのはずだ。勇者がそう言っていたのだ。とても大きなお屋敷があって。そこから先は記憶がない。

 勇者様は屋敷の中に踏み込んだのか、それとも外で戦ったのだろうか。魔王の城が倒壊するほどの戦いは、彼女には想像もつかない。

 戦士に何か覚えているかを問い質しても、朝食のあたりから記憶がないという。魔王の城すら見ていないという戦士に、魔法使いは失望した。瓦礫をどかすのは手伝ってくれたものの、どこかに勇者様が埋もれているとは納得していなかった様子だった。それはそうだ。魔王の城に来た記憶もなく、気が付くと見知らぬ場所、瓦礫の山。何を納得すればいいのかすら納得出来ない。それでも戦士は、仲間の二人がここで目覚めて勇者様だけが居ない、それを探すことだけは納得出来たようだ。


 日が暮れて、日が昇る。

 そうしてやっと、戦士は魔法使いを説得した。

 この瓦礫の山に勇者様は居ないと。



 二人は道を急ぐ。

 主に急かしているのは魔法使いだ。街でも食料を買い込むだけで足早に通り過ぎる。

 鬼気迫る表情で瓦礫の山を漁って居た時とは違って冷静になったのか、というわけではない。今も鬼気迫る表情で道を急ぐ。

 戦士に説得されても尚、山を下りることを渋っていた魔法使いだったが、一つ、思い出したのだ。


 ペンダント。


 それは勇者から渡された魔道具だ。魔力を込めると光が一つの方向を指し示す。それだけの魔道具。それを勇者は魔法使いに渡していた。自分と逸れてしまった時はこれを使うようにと。

 瓦礫の山の中でそれを思い出し、魔法使いはそっと魔力を込めた。光は弱いながらも一つの方向を指し示す。それは勇者と逸れて途方に暮れた心を照らす、一筋の光だった。


         *


 アリッサは街を出ると、少し考えてから街道を南に逸れた。

 分かりやすい道を通るのであれば、もう少し街道を西へ進んでから、農村へまっすぐ続く南の道に入るのが良い。それでもアリッサがこの道を選んだのは、人攫いを捕らえに行った騎士のことが頭に浮かんだからだった。予定よりも帰りが遅くなったのに、ここで騎士に出会って、商人と一緒に移動していないことを咎められたくはない。ようは逃げたのだ。


 戦略的撤退のお陰か、アリッサとアメリアは誰に見咎められることもなく、宿泊する村に着く。日暮れ間近に到着したせいで夕食の準備には多少の迷惑を掛けたが、手土産の飾り紐を送って事なきを得た。

 そうして翌日、やっと二人は村へと帰りつく。


「帰ったぜー」

「お帰り、遅かったじゃないのさ」


 食堂で給仕中のクロエから反応が返る。途中で一泊した村からは朝に出発しても、ここに着く時間は日暮れ近く、既に宿の食堂では気の早い探索者が食事をしていた。

 早くも魔法の明かりで照らされている食堂には、クロエの他に、二人の探索者がいる。小人系の血が混じる小柄な男と、巨人系の血が混じる大男は常連の探索者だ。アリッサが街に行く前から滞在しているから、もう十日程は滞在しているはずだ。その探索者が食事の手を休めて口を開く。


「早いほうじゃないか? 街に出るのも久々だろうよ」


 街ではトラブルもあったために一日余計に滞在してはいるが、この辺りの文化では旅に出たら数日の誤差は当たり前だと思われている。雨で道がぬかるむ程度のことでも、荷車であれば車輪を取られ、馬車であっても馬の休憩が多くなり、場所によっては道が崩れたりと簡単に予定はずれ込む。天気が良くても普段は見かけない魔物が出ることで、街道が封鎖されることもある。

 その感覚で言うのなら、特に天気が崩れるわけでもなく、街に数日滞在しただけで戻ってきたのだから早いほうだろう。

 逆にクロエの感覚だと、たまの任務でバイクで数分後には通り過ぎる街というイメージが強い。勿論、歩いて二日ということは理解してはいる。ただ、中央であれば二日も移動するのは別の惑星に行く時だけだし、予定の時刻に到着しなければブーイングだ。


「そんなこと言って、困ってるのはあんたたちじゃないのさ」


 クロエの言葉になんの話かと聞いてみると、雑貨屋の話だった。

 アリッサが街に行っている間は、当然ながら雑貨屋は閉まったままで、魔物素材の買い取りもしていない。他には店なんかない辺境のダンジョン村だ。雑貨屋がなければ、自分で街まで運ぶか、たまに来る巡回商人を捕まえるか。

 二人組の探索者は、巡回商人を当てにして狩りをしていたようだ。街に荷物を抱えて戻るにしても、個人で持てる量は限られている。多少安くてもこの村で売ってしまったほうが、一度の遠征での儲けとしては大きく稼げる。


 だが、なぜだか巡回商人が来ない。いつもなら来るはずの日取りを過ぎても来ない。かと言って、魔物素材はもう二人では持ちきれないほどに手に入れている。何日か遅れる程度であれば、まあ、狩りをしながら待つだけではある。それでも当てが外れると日に日に不安になるのが人情というものだ。

 魔物素材のうち、肉だけであれば宿屋で買い取ることも出来る。それもあって事情を知っていたクロエはアリッサの帰りを待っていたのだ。


「あー、そいつは災難だったな。なんでも村に人攫いが出たって言ってな。商人はそっちの対応で街に戻ってるぜ」


 クロエも二人の探索者もびっくりした顔でアリッサを見る。食事の手は完全に止まっていた。説明しろと言いたげな視線にアリッサは答えた。


「先に飯食ってもいいか?」


 ちらりとアメリアに視線を向ければ、子供の食事を待たせてまで聞く話でもないだろうと、すぐにアリッサとアメリアの二人分が用意される。ジャガイモがゴロゴロと入ったスープに口をつけながら、簡単に説明をする。

 村の子供が何人も行方不明になったこと、商人が商売を切り上げて街まで報告に行ったこと、街の近くで人攫いの一味が捕まったこと。そして、拠点へ騎士達が乗り込んだという話まで。結果はアリッサが街を出た時点では分からないが、無事に子供達が助かっていれば、商人が村まで送ることになっていると伝える。


「……そんなわけで、商人はまだしばらくは来ないからな」


 そういう事情ならしょうがないと、皆が納得した仕草を返す。探索者の二人にとっては、魔物素材の買い取りさえしてくれればいいので、アリッサが戻ってきたのなら巡回商人を待つ必要もないのだ。

 巡回商人が売ってくれる食べ物についてはどうかと聞くと、腐りやすい葉野菜がなくなっただけで、他のものは十分にあるから心配ないとクロエは返す。どうやら、昔のようにアリッサが買い出しに出る必要はなさそうだ。

 食べ物の話になったところで、アリッサはお土産のことを思い出す。村に帰ってきて真っ直ぐ宿に来たために、旅の荷物は全部足元に転がっている。背負い袋の中からそれを取り出してクロエに渡す。


「ほい、お土産」

「なにこれ。棒?」

「麺棒」


 なんでわざわざ麺棒なんて、と。お土産という響きからは遠く離れたそれを手に持ち、クロエは微妙な顔を作る。客商売だからと言って、笑顔はタダじゃないのだ。麺棒を渡されて愛想笑いを浮かべる義理は、クロエにはない。

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