6.一旗折れる

 教えられた定宿だという場所に行くと、一階の食堂に商人も護衛の二人も揃っていた。

 食堂の席はまばらで、食事を始める者よりも食事を終えて出ていく者のほうが多い。アリッサとアメリアも食事を終えてからここに来たのだ。この食堂でも食べ終わった人が多いのもおかしくはない。商人達も、すでに朝食は終えているらしく、三人の前には空の皿が並んでいる。


「おいっす」

「おはようございます。アリッサさん」


 飲み物を注文して席に座るアリッサを見て、商人と護衛の三人も飲み物を注文する。

 アリッサが頼んだのは席代の代わりで、その意味では食事をしていた三人は頼む必要がない。それでも頼んだのは時間が掛かるのを見越したのか、律儀なだけか。


「昨日の夜にな、兵士のおっさんとたまたま合ってな……」


 アリッサはそう切り出して、昨晩の時点で一人が人攫いだと認めたということを話して、今後の予定について質問する。

 アリッサとしては騎士の言葉を無視して、アメリアと二人で村へ帰ってもいいのだが、商人には話を通しておかないと余計な迷惑を掛けかねない。農家の三男、四男が街に来てなるのが巡回兵なら、騎士になるのは貴族の家の三男や四男だ。彼らは成人し、家を出た時点で貴族ではなくなる。それでも実家が貴族家であることや、貴族の知り合いがいることに変わりはない。アリッサはともかく、商人が指示を無視したとなってしまうと、貴族を気にする取引相手から疎遠にされたりと商売に影響する可能性もある。


 別の街への引っ越しのハードルが高かったり、商売が狭い範囲で完結している田舎では人間関係が面倒だ。誰々に迷惑を掛けた、誰々に助けられた。そういった評判は根強くついて回る。それは一生をこの街と周囲の村との商売で過ごしてゆく商人には重い。

 それは今回の人攫いの件にも当てはまる。攫われたのは村人であって、物の売り買いだけを見るならば商人には無関係だ。それを商人が街の兵士への連絡をする。持ちつ持たれつ、コミュニティの一員として、言い方はいろいろあるが、結局の所、いままで通り商売を続けるならば商人に断るという選択肢はない。


 来たら返り討ちにするだけだと思っているアリッサと、頼まれた以上は役目を果たそうとする商人。人攫いは捕まったと考えていいのかどうか。それは子供たちがどこに連れて行かれたのかという話に移り変わる。

 人攫いが全員捕まったのなら、子供たちの行方も分かるはずだ。それが人攫いのアジトなのか、奴隷商の店なのかは分からないが、その時点で人攫いがあれで全員なのかも分かるだろうと話が進む。

 商人にとっては、アリッサも商売相手で、魔物を狩っていることも知っているし、昨日は人攫いを返り討ちしたことも聞いた。それでも騎士に頼まれた少女達を、人攫いがどうなったのか分からないまま帰すのでは、騎士への言い訳が難しい。

 結果として、人攫いがあれで全員なのか、まだ残っているのかを詰め所で聞いてみようということになった。


 アリッサはアメリアの手を引き、商人達と共に兵の詰め所を訪れる。

 昨日は返り討ちにした男達を荷車に乗せ、商人達は商人達で商売道具の荷車を引きと、随分とボリュームの大きい一団だったが、今日は人間だけの一団。体積は割りと少なめである。商人の荷車とそれを引く馬は、定宿にしている宿に預けたままだ。村から買い取ってきた農産物は昨日のうちに売り払い。次に村に持って行く商品は、街を発つ日が決まらないことから一時保留、だということだ。

 短期間で何度も訪れたからか、なにか馴染んできた感じがしてしまう詰め所。体面上、見た目が少女のアリッサではなく、商人が入口の兵に事情を話し取次を依頼する。


「おんや、商人さんとアリッサの嬢ちゃん」


 眠そうな顔で出て来たのは、昨夜も会った巡回兵の一人だった。

 商人が話を聞くところによると、騎士は他の騎士達と出掛けたと言われる。なんでも、昨夜からの取り調べで人攫いがアジトにしている場所が分かり、そこへ数人の騎士と道案内の兵士が向かったのだという。

 行った騎士は普段は領主の館で警備や戦いの訓練ばかりをしている人達で、物凄く強いから安心だと兵士は笑った。


「では道具小屋がアジトになっていると」

「そんだ。麦干すのに使う道具とかな、仕舞っとく小屋、勝手に使っとるらしいんだなや。今時期は使わん道具ばかりだでなあ」


 村ではなく、畑の脇にある道具小屋。秋の時期にしか使わない小屋を使って、人攫い達は攫った子供を隠していたらしい。その場所は街の西、街道より北に入ったところだということでその地域を回っている巡回兵が案内役について行ったのだそうだ。

 南西側を中心に回っている自分は留守番だと兵士は言う。

 留守番と本人は言うが、一晩中、交代で取り調べをしていたのだ、眠そうな顔には疲労が伺える。そして子供たちを助け出すことが出来れば次は村へ返す仕事がある。それは村のある南西を回っているこの兵士の仕事になるだろう。

 なかなかにブラックな環境だとはアリッサは思うが、子供たちの無事が掛かっている時に休んでもいられなかったのだろう。


 礼を言って詰め所を出る時に、商人は自分の泊まっている宿を告げて、子供たちの宿泊費はこちらで持っても構わないと告げる。街へ知らせに行って、子供を連れて帰る。それが出来れば村人の感謝はとても大きなものになるだろう。


「んじゃあ、人攫いも捕まるみたいだし、俺は帰るわ」


 詰め所から出たアリッサは気楽にそう告げる。

 確かに宿での話し合いではそういう話ではあったが、今から出るのかと、その性急さに商人はあきれ顔だ。


「ぼちぼち昼の屋台始まるだろ、飯食ってすぐ出れば明日の夜までに帰れるからな」


 アリッサの言うことは間違いではないし、子供たちを村に帰すのを優先するのなら商人と共に帰るには更に何日も待つことになる可能性は高い。

 攫われてから今日まで、どんな扱いをされていたのか分からないし、十分な食事が与えられたとは考えにくい。街に宿泊して体を休めるほうが良いし、何があったのか、兵士たちの聞き取りが終わらなければ帰れないはずだ。

 そんなに待ってられないとアリッサは自分達だけで帰ることを宣言する。


 アリッサとアメリアが街を出た後、入れ替わるように街に帰ってきた騎士達は無事に子供達を救出し、見張りに残っていた人攫いの一味を確保していた。幸いにも子供達に怪我はなく、その数も商人が話した行方不明の子供と一致した。


 そして騎士の一部は、現地で人攫いの一味から聞き出した黒幕を確保すべく貴族街へ急ぐ。

 兵の詰め所にも出入りするその男は、今日は朝から詰め所に顔を出していないという。

 その男、管理官を逃がすということは、上司である領主の名誉にも関わる。治安を維持する側の仕事について置きながら、保護すべき領民に手を出した。しかもその理由が攫った子供達を売り渡すことで別の街に移住するためだという。それは領主への反逆とも言える行為だ。


 管理官の館に踏み込んだ騎士達は、無事に管理官を確保することに成功する。

 館に踏み込んだ騎士達が見たのは、折れた足を抱えて自室で横になっている管理官の姿だった。足の治療すらせず、ガタガタと震える管理官の身に一体何があったのか。それを知る者は今、街に居ない。

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