5.みつめのホムンクルス

 肺から息を吐き出せた。胸も上下して深呼吸ができる。足先を意識すると足の指が動いた。

 腹筋に力を入れて起き上がる。小石が腰の方にめり込むがいつもの感覚で起き上がることができた。どこも痛むところはない。

 首筋を揉んでみても凝っているような感じはしない。


(ニコラス!大丈夫だったかい?)

「問題なかった。ひと眠りしたら全て元に戻っていたよ」

(ええ?それはすごいね。治癒の雨でも降ったのかな?)

「歩けるようになったが…荷物が全てダメになった。まあ最低限だったし、そのまま行くよ」

 自分を受け止めていた岩に手をひっかけ、立ち上がる。岩の向こう側を見ると断崖絶壁。強い風が吹き上げている。

「はあ、ソリでも作るか。それで傾斜を作って、ここを下りよう。」


 そう言ってまた落下していった。




「ヤマメさん。なんかすごいスピードで移動されてる。」

 同時刻。ヤマメの懐でベイズがもごもご言った。

 ハンググライダーを作り出して空を移動するのが不自然に見えないようにした二人は、比較的ゆっくりとターゲットに近づいていた。

「多分どこかに向かっているんじゃないか?そういう人を追いかけるのってちょっと無粋じゃないか?だから僕らもゆっくり行こう。

 で、どれくらい移動してる?」

「500メートルぐらいを滑走しながら」

「魔法みたいに早いね。目的地は分かりそうかい?」

 落書き頭の上半分を動かしてNOと答える。



 気圧差に耳を傷めながらニコラスは荒れ地に出た。風になぎ倒されたような家屋の残骸が散らばっている。

 それを踏み越して目的地方向に向かっているとたまに柔らかいものに触れたが、気にせず行った。


 目的地は人気のなくなったすべての生き物が逃げ去った後、一つポツンと不自然に残った雑貨屋だ。奇妙な置物を祭日でもないのに出入り口に飾り付けている。

 靴の裏の泥を少し落としてからノックをする。ドアは窓ガラス一つ、ドアノブ一つついておらず、丸太をドア型に削って作ったみたいだった。


 形づくられたドアノブは動く気配なく、ドアは開かれた。

 店主は下からニコラスを観察する。額に絆創膏をつけ、金髪ではなく、黄色い髪と黒い髪を交互に跳ねさせたその人物は最後に顔を見つめるなり、

「竜巻研究家にしては、ゾンビぽくなあい?」

と尋ねた。

「そりゃあ違いますからね。」と肩をすくめる。

「私はニコラス・アレクサンダルブナ・ヴィコヴィグ。あなたは?」

「【あつめれ】。もしくは【コレクト】、【ギャザー】」

 嘘をつくように目を離さずに答える。

「どれも名前には聞こえませんが」

「嘘みたいな名前でしょう?あんただってそぐわない名前なんじゃないの?」

「ニコラスが女性名で何が悪いんですか?」

「だったらコチの名前が【あつめれ】でもいいよねえ。入ってもいいよ。いつここの天気は変わるかわかんないからサ。」

 そういうとドアさらに開いて、ニコラスを通した。【あつめれ】はニコラスの来た道を一瞥してからドアを閉めた。


 ニコラスはそのまま店の椅子に座らされた。【あつめれ】はその前に座る。

「あ、コチ、人の顔すっごいまじまじ見ちゃう癖あるけど、嘘つけないから。あんまり怪しまないでね。」

「はい。ところで、すみませんが飲み物をいただけませんか。」

「人っぽーい。わかたよー。コーヒー?ティー?」

「ティーで…」

 「う」が抜けた了解の返事のあと【あつめれ】は店の奥に姿を消した。


 あの人で間違いではないんだが、なんか調子狂うな。


 そう考えながら髪に指を通すと乾いた血がさらさらと膝に落ちた。すかさず元素魔法で自分の体内に戻す。

 【あつめれ】は電気ケトルとティーポット、ティーカップを持ってきた。

「茶菓子はないけど、好きに飲んでねえ」

「ありがとうございます。」ティーポットが熱いことを判断して、そのままティーカップに注ぐ。透明で赤い液体が波紋を描いて注ぎ込まれる。

「唐突なんですが、貴方はホムンクルスですか?」

 絆創膏でふさがれた傷口が少し動く。

「…あんた何者?その存在はこの星ではできるだけ語られないように操作していたのに。何百年も生きてるとか?それとも宇宙と交信できるの?」

 上下対象に置かれていた瞳を上方向に移動させて、下から睨みつけた。

「連れがいましてね」

 口に少し茶を含くんで飲み込む。

「その人がホムンクルスなんです」

「そいつ今来てるの?」

「ええ。入ってきてます」

「話がしたい」


 ニコラスはカップを机の上に置き、両手を膝の上に戻し、目を閉じる。それを静かに【あつめれ】が見守る。

 次、開くと、ニコラスの目はネコ科の動物のようなギラギラとした目に変貌させた。両手を開いたり閉じたりした後、【あつめれ】に向かって話しかけた。

「こんにちは。ディ・ボムです」

 【あつめれ】の動きが完全に止まる。歯車が動き出すように、額の絆創膏が下に下がってくる。傷を塞ぐものが無くなり、傷が開き始め、その中の第三の目を明らかにした。

「あんたを作ったのは緑色の髪をした人か」

 ボムがうなずく。

「てことは、コチの前の食用ホムンクルス。なんでこんなところに?しかも寄生するみたいに」

「バイサーバの神の加護で、死んでも蘇るようにしてもらっていたのですが、何かの手違いでこの子の体に間借りしているような感じになっています。」

「あー、エバーワールダーがらみか。」

「ていうか、博士は生きてらっしゃるんですか?」

「生きてるとも。あんた達を作ったのに懲りて、普通にエバーワールダータイプのホムンクルスを作る研究をしてる。」

「そう…ですか」

 カップに手を伸ばす。

「多分、仲間であるコチに会いに来たんだろうけど、なんで来たの?服ボロボロだし」

 【あつめれ】はニコラスとボムがどうやってここにきたか、恰好を見て分かっていた。手ぶらであるのも何かあったからだと踏んだ。

「なんとか、ニコラスの体から出ていきたいんです。きっとバイサーバの連中も心配してますし」

 正直に話した。中に引っ込んだニコラスは驚いたらしく、カップの中身を跳ねさせた。

――ねえ、待ってよ。似た存在に会いに行くって、安心するってだけじゃなかったの?

 頭の奥の遠いところからニコラスが叫ぶ。少し開いた口から【あつめれ】にも届いた。

「ねえ、ここに来るまでにコチ以外の気配を感じた?」

「上空から、ホムンクルスではない気配がしました。」


 ギギギ、と家鳴りが聞こえる。店内に無造作に飾られたドリームキャッチャーがわずかに揺れた。

「向こうがようやくコチに気づいたみたいだ」

 席を立ち、入ってきたドアの隣にあるほこりをかぶったカーテンに手をかける。後ろ姿を見るとすごく時代遅れな格好をしている。サイケデリックであるはずなのにちょっとフォーマルぽい。ピエロのようにもマジシャンのようにも見える。服の裾があちこちに跳ねまわっているのが鈴の音でも奏でそうだ。

「エバーワールダーに知り合いっている?」

「魂のカリミラ様ぐらいしかいませんよ」

「髪の色は?」

「若草色と菜の花の色が混じった髪です」

「緑色の髪をした、博士じゃない奴が近づいてきてる」




 少しだけエバーワールドの話をしよう。

 ヤマメとベイズが飛び立ってからはまた何事もなかったように普段の生活に戻った。

 マルーリは広間の机で肘をついてうつらうつらと、現実と夢のはざまに浮いていたし、コロはマシマロ達にバイサーバの話を聞いて回ったりした。

 人知れず広間で気絶していたスイセイは、眠りにつこうとするマルーリを目覚めさせないよう静かに町を出て行った。

 これまで通り、テレポーテーションのオーブを使用して、今は自分ひとりだけが住んでいるアライザ図書館に帰った。

 比較的軽い扉に、スイセイ以外の人物が開けないように多くの歯車を回した。

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