上を向く理由
HaやCa
第1話
季節は冬、外は暗くなっていた。
「またねー!」
「うん! じゃ」
遠ざかるヒサキに手を振り、私も家路につく。きょうは久しぶりに時間がとれてよかった。
卒業まえにもう一度ヒサキと遊べてほんとうによかった。
受験期は忙しさにケンカしてばっかだったけど、いまとなっては良い思い出。
いつか笑い話になるといいな。酒の席で笑ったりして。
傾く陽がオレンジ色を差す。みんな、いまある全てが遠くなるようで怖くなった。
上を向いて、空を仰ぐ。薄くたなびく雲も、鳥の群れも流れる。
止まらない時間を紙くずにして、ぶっ壊してやりたかった。
でも。
そんな力はあいにく持ち合わせていない。できるのは忘れないようにすること。
入学当初のホームルームの気まずさ、体育祭でドジして転んだふたり、文化祭はバカな髪色に染めたよね。
ヒサキは覚えてるかな。
首を戻すと、踏切の音が聞こえる。カンカンカンカン、たくさんのひとを乗せていく。
思い出を形にしたかった。
写真とか言葉とか、すぐに消えちゃうものじゃなくて。
「小説、書いてみようかな」
唐突に、ヒサキの言葉がよみがえる。図書室で読んでくれた一冊の本。
タイトルも忘れてしまったけど、あのフレーズだけは覚えてる。
「ちょっと聞いてる?」
「なにがー?」
「茜、あんたがこれ朗読してくれっていったんでしょ もうっ」
あの日はぽかぽか陽気で眠たかった。
「まあいいけどさ」
「じゃわたし寝る」
「ちょっ待てーい!」
「あいたっ」
ヒサキにしばかれ頭をさする。ひりひり。
「この本って、わたしたちと似てるんだよね」
「そうだね」
ヒサキの目はわたしを見てなくて、こぼれた涙は照れ隠しみたいだった。
「やべっ。急に腹痛くなったトイレ!」
「早く帰って来いよー」
残された本はボロボロで、何度も読まれてることがわかる。
【上を向く理由】それがこの本のタイトルだった。
風に遊ばれ、ページが一息にめくられる。
ページのなかのキャラクターは、羨ましいくらい笑っている。
上を向く理由 HaやCa @aiueoaiueo0098
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