第84話
ドナはラジオ局DZRH‐AMのインタビューを受けるために、局のスタジオへ来ていた。
ロビーでミネラルウォーターを飲みながらインタビュー部分の台本の確認をしていると、突然佑麻がやってきた。
「忙しそうだね。ドナがここだって聞いてね。家でなかなか話す時間が取れないから来たんだけど、インタビューが終わった後、少し話しできるかな?」
「ええ、これが終わったら、次の出番まで時間があるから大丈夫よ。ロビーの奥のスターバックスで待っててくれる」
ドナが局のスタッフに呼ばれ、スタジオに入っていった。
彼女は、佑麻がどんな話を切り出してくるのか気になって、インタビューが上の空になり何度か番組のパーソナリティに質問の回答を促されることになる。
佑麻は、ラジオを通じて流れてくるドナの声に耳を澄ました。早口のタガログ語で何を言っているのかわからなかったが、いつも親しんでいるペールトーンの優しい声とちがった、はきはきしたビビットな彼女の明るい声は、それはそれで洗練されていて美しい声だと感じていた。
話している声で、ドナの顔の表情が浮かんだ。それができるようになるほど、ドナを身近に感じていた数か月だった。
「話って何?」
スタジオから戻ってきたドナが、佑麻のテーブルに腰掛け言った。今までラジオを通して聞いていた声の主が、実際目の前に現れるとなんだか不思議な感じがした。
「実は…」
佑麻が頭の後ろで腕を組んだ。言いにくいことがある時の彼の癖だ。ドナは今では彼のそんなひとつひとつの仕草で、彼の心のうちの一端がわかるようになっている。彼女は少し緊張した。しばらくして佑麻は言葉を口にした。
「そろそろ日本に帰ることにするよ、ドナ」
スターバックスの紙コップをいじるドナの手が止まった。いよいよその時が来たのだ。ドナが一番恐れていた言葉だ。彼女は努めて平静を装いながら、ひとくちラ・テを飲んだ。
「『世界の都市から日本を考える』という課題はできたの?」
「あっ、いや…」
佑麻は、ドナついた嘘を今まで忘れていた。
「まあ、なんとか…」
「そう…。課題をやっていた様子は見受けられなかったけどね」
ドナの皮肉をかわしながら佑麻は続ける。
「それに、ドナのおかげでようやく将来自分が何をやりたいのか、見つけることができたんだ」
「そう、何になるの?」
「医師になる。それも病気を治すだけでなく、病気にさせない医師を目指す。今まで、医師の仕事は死にかけた人を治すことだと考えていた。だから、人の生死に直接かかわる勇気が出なかったんだよ。でも、ここでドナといろいろなことを経験させてもらって、人の病気を未然に防ぐ仕事もあるんだとわかったんだ。だから、日本に帰って医師になるための勉強をすることにした」
ドナは、コップを置き佑麻の手を取り彼と向き直った。
「素敵じゃない!」
「これでようやく自分の未来を想像できるようになった。だから…。」
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