第18話「アフターワールド・ニュー・オーダー」
/エピローグ
カレンダーは二月に突入した。気温はまだまだ寒いが、それでもきっと、春遠からじ。なんとなく、そんな気分だった。
そんな中、俺は病院に来ていた。
知り合いが入院しているのだ。
俺は、階段を昇る。病室は、三階だ。
「三〇二号室……すっかり間取りも覚えちまったな」
俺は、手ぶらで来ていた。親しき仲にも礼儀ありとは言うが、先月は毎日のように看病してやったのだ。別に、手ぶらでも構うまい。
扉をスライドさせる。スライド式の扉の、あの重さが今や当たり前となっている。始めは入室に勇気がいったものだが、ここまで通い続けていると最早シームレスなスライドなのだった。
そんなわけで病室に入る。
俺は。
「おーっす、元気にしてたか? トオル」
悪友に声をかけた。
「なんだ、今日は手ぶらか。――いや、冗談だよ。冗談だってば。……まあ、先月はすごく世話になったからね。また今度ジュース奢るよ」
「お前、ほんとジュース奢んの好きだな! ……まあいいや。お前らしくて」
――ああ、本当によかった。……トオル。生きていてくれて、ありがとう。
トオルは、フウゴの攻撃で確かに左胸を貫かれた。
――だが、心臓が貫かれることはなかった。
「……で、そろそろ教えてくれないかな、トオル」
「は? 何をだよ」
「いや、トリック。どうやってすり抜けバグ発動したのかなって」
「すり抜けてねーから!」
……そう。トオルは未だに致命傷を避けた方法を教えてくれない。なぜ? こんなにも通いつめているというのに。
「……いやさ、ホラ。……アイツに聞かれたくないから」
「アイツ? ……ああ、フウゴか」
なるほど。ようやく根負けしてくれたトオル。なるほどなるほど。そういうわけか。
「そんなにフウゴが怖いか」
「そりゃ怖いよ! だってアンブッシュされたんだぜ!? 怖くて当たり前じゃない!? 逆に怖くないとかあるわけ!!?」
必死で俺に問いかけてくるトオルは今までで一番余裕がなさそうだ。……いやそりゃ怖いよな。下手したら死んでいたのだろうから。
「いや、すまん。ビビらせたかったわけじゃない。……そうだよな、となりのベッドだもんなフウゴ」
などと言いながら右を向く俺。もちろんそこにはフウゴがいた。トオルの顔がめちゃくちゃ青ざめ始めた。いつものことである。
「……恐れられたものだな、俺も」
「いや当たり前じゃない?」
さすがの俺でもツッコミを入れざるを得なかった。この人クールとか冷徹とかそういうのではなくて単にテンションの低い天然なのではなかろうか。
「……クッ、こいつの特殊能力による犯行が立証できさえすればァ!」
今度は怒りだすトオル。そりゃそうだ。フェアな状態だったら起こりたくなってもおかしくはない。
……いずれにせよ。彼らもまた、生きることを望んだのだ。そして今、こうして無事に生きている。この先も、生きていける。
それでいいのだ。それが正しい選択だ。人間、自分を大切にできなければ他人を労わる事なんてできないのだ。未来を選び取ることこそが正解なのだ。俺はそう思うのだ。
それに、救急車が来るまでずっとトオルは、俺に電話をかけ続けてくれていた。後になって気付いて、驚いた。
――――気付いてやれなくて、ごめんな。そして、ありがとう。俺の友人でい続けてくれて。
「……フン。崎下トオル、『
――フウゴの発した言葉に、俺はほんの少しだけ寂しさを感じた。
「ぐ、それ言うのはずるくないか?」
「何もずるくないだろうが。それとも何か? あの参加表明はただのハッタリだったのか?」
「アァァーーーッうっぜぇぇーーー!! なあ月峰ェ! お前からもアイツになんとか言ってくれよなァーーー!」
「……ああ、そうだな。何か言うわ」
「話聞いてなかっただろ月峰ェェーーーッ!!」
……そんなトオルの言葉さえ、俺は今、どこか上の空な面持ちで聞いてしまっていた。
◆
「――ところで月峰。進堂先輩のこと、聞いたか?」
「――ああ。高杉から聞いた」
進堂先輩は、行方不明になっていた。
正確に言うと、城島先生とエイリさんもだが。
この話には妙な前置きがある。それは次のようなものだった。
アパートの空き部屋に何者かが住み着いている――。そんな情報を耳に挟んだ人物が許可をとって現場に赴くと、そこには大量の剣と闇が広がっていたという。
……なんていうオカルトめいた事件(?)が起きたのが一週間ほど前。剣は剣でなんとも奇妙な話だが、闇とは一体なんだというのか。闇とはそんな物質的なニュアンスで伝えられるものだったのか。もっと概念的な、形容詞の似合う抽象的な存在ではなかっただろうか。
などと考えていても仕方ないことではある。とにもかくにも、その空き部屋というのがエイリさんが住んでいた部屋であり、進堂先輩と城島先生は一月に入ってからそこに何度か遊びに行っていた。……あそこが空き部屋だとはその時まで知らなかったのだが、もしやすると人避けの結界でも張っていたのかもしれない。
……それが衆目にさらされた。あの三人がそんなミスをするとは思えない。きっと何かしらのイレギュラーが発生したのだ。事実、あの三人が俺達の前から姿を消したのがその頃だったのだから。その頃というのはつまり、エイリさんの部屋が空き部屋として認識され始めた頃からである。
「でもさ月峰。なんで高杉はそんなに詳しいんだ?」
トオルが問いかけてきた。
「だってあいつ、見えないものを視る能力持ってるじゃん。最近かなり制御が上手くなったんだよ」
「ああ、なるほど。職権乱用ってワケか」
「そういうこと。今回の話も、妙なもんが見えたからアパートに向かってみたら……みたいな感じだったらしい。部屋には剣で切った跡とかもあったみたいで、かなりヤバげだったっぽい」
「っぽい……って月峰、お前な~~」
「気楽なトーンで話したわけじゃない。そもそも高杉がそういう言い回しだったんだ」
「……は? どういうことだよそれ」
トオルが身を乗り出して俺に問うた。
「簡単な話だよ。……高杉でさえ、エイリさんの結界が破られるまで異常事態に気づかなかったんだよ」
「……嘘だろ、あのムネナガが気づかなかっただって…………?」
能力による視認範囲が広がる前から、高杉の眼は凄まじいポテンシャルを持っていた。それは当然理解していたトオルだったので、今回の状況は意外以外の何者でもなかったわけである。
「ま、そんなわけだから行くなって言われてるんだよ、俺も」
「たしかにな……、ムネナガでさえ気づけないスポットにお前一人で向かわせるわけにはいかないよな……」
あのトオルが弱腰になる。フウゴ以外には示さないまであるので、実際意外であった。
――と、そのフウゴが口を開いた。
「……その話、詳しく聞かせろ」
「は? なんでお前に話さなきゃなんないんだよ!」
「崎下トオル、お前には聞いていない。……月峰カイ、それ以上の情報を持っていないのか?」
「悪い、持っていない。実際謎だらけなんだよ、この話」
――そう。どこまでも未明の暗闇。それがあまりにも奇妙なのだ。情報がなさすぎる。実際にそのスポットに向かわない限り、この謎は解けないとさえ言い切れる。……なぜだかそんな直感があった。
「……そうか。ならいい、無理を言って悪かった」
「そこまでかしこまらなくていいよ」
「……いや、お前には恩がある。感謝してもしきれんほどのな」
やたらとしんみりとした顔つきで言ってくるものだから、こちらも調子が狂う。もちなみに余談だが、トオルはこの流れになるたび「??????」といった風に、頭上にクエスチョンマークが並びまくっているかのような表情を浮かべる。もちろん今もだ。
「だからいいって。……それよりそろそろお見舞いに来てくれてるんじゃない、カレンちゃん?」
俺の発言に疑問を浮かべるものは誰もいない。とにかく、フウゴは穏やかな顔つきで返答した。
「……だから感謝していると言っているのだ」
◆
その後は、トオルととりとめのない話をした。最近、学校であった事、誰と誰が付き合ったとかふられたとかそんな話ばかりだった。……当然、トオルは余裕そうだった。おそるべし、イケメンタルヒーロー・モテモテマン。
「惚れたはれたで思い出したけどさ。……月峰、彼女はどうなの?」
「ああ。最初は面会できなかったよ。何度会いに行っても『誰ですか……あなた』だぜ? そらもう、ショックのなんの。まあでも、会話自体は成立してた。日常生活についての記憶はちゃんと、遺しておいてくれたみたいだわ、あいつ」
……本当に、思い出の方を残してくれたらよかったのに。
――――いや、ダメだ。そんなことを考えちゃいけない。それじゃ、本当にあいつが報われない。だから、俺がそんなことを考えるのは、駄目なんだ。
「――で、今はどうなんだい?」
トオルは気にしてくれている。
「ああ。最近は、笑ってくれるようになったよ。それだけで、本当に嬉しいよ、俺」
「そうか。なら、いいんだ。――彼女のこと、幸せにしてやるんだぞ?」
エールを送られる。当然だ。俺は彼女を――――。
「幸せにする。当たり前だ。俺は、彼女が常に笑っていられる世界を作ってみせる」
そう、『
「じゃあ、そういうことだからさ、アイツのとこに行って来るよ」
俺は、親友の病室を出た。
「あ。――――今日は何のお話をしてくれるの? 月峰君」
彼女に、出迎えられる。
「そうだなあ、じゃあ今日は『寺生まれの高杉』の話にしようかなー」
俺は、俺や、俺の友人の話を、彼女に話している。俺だけじゃなくて、もっと多くの人に対して笑顔になって欲しかったから。
時間は流れる。――ああ、そよ風が心地いい。
……俺は、ひとつ決心をした。
「なあ、アケミ。――――夏になったら、一緒に行きたい所があるんだ」
――それは、『彼女』との思い出の地。
「俺と一緒に海辺の道を走って、それから、おいしいイタリアンを食べよう」
――そこで俺は。
「――うん。私、そこに行ってみたい。だって、月峰君が誘ってくれたんだもん。きっと、いいところにちがいないもん」
――彼女と、新しい思い出をつくるんだ。
ああ。それはなんて、希望に満ちた世界なのだろう。
俺は、いや――。
俺たちは。
二人で一緒に、その道を歩き始めた――――――――――。
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