第4話
「なぁなぁ。ここって『自殺の名所』って言われてんだろ?」
「そうそう。なんでも、ここにある『足あと』をたどって行けば死ねるらしいぜ」
そう言っている男性たちの表情は、何が面白いのか全く分からないが、なにやらニヤニヤとしている。
本人たちはそんな表情をしているつもりはないのだろうが……そのにやけ顔は、非常に気味が悪い。
男性たちの見た目は……というか、学生服を着ていて、なおかつ「俺ら見つかったら補導だよな」とか言っている時点で、明らかに『未成年』だ。
だが、髪の色が何色も色がついている辺り『普通』とか『優等生』とは無縁な人種なのだろう。
その髪色やら会話の内容やらが、見た感じや聞いた感じ、なんと言うか……ものすごく『頑張っている』様にしか見えないし、聞こえない。
「えー、ヤダー」
「こわーい」
男性たちの表情を知ってか知らずか、彼らと一緒に歩いている女性たちの見た目も、これまた『派手』だ。
髪の色は赤だったり青だったり、髪の長さはともかく、手につけているブレスレットはキラキラと光輝いている。
ただ、言っている言葉は怖がっているが、声は明らかに、怖がっていない。それどころか、笑い声まで聞こえる始末だ。
『まーったく、怖がってねぇな。あいつら』
『そうねぇ』
そんな彼らの様子を陰ながら見ている『人』いや『猫』が二匹――。
『この間のヤツは……なんと言うか、迷っている感じだったんだがな』
『……ここに来る人たちは大体そんなモンさ。それでも死にたいのなら、それでいい。私たちがそこまでしてやる義理はないよ』
この二匹の猫は、全身の毛が真っ黒と真っ白という何とも正反対だった。
『へぇ。その割には、結構気にかけていた様に見えたけどな』
『それは……あの子はご飯をくれたから』
『あー、なるほどな……随分現金なんだな』
『悪い? あなたはあなたで感情移入しすぎな気がするわよ?』
『いんや? でもまぁ、あいつらの様子を見た限り、完全に冷やかし……だろうな』
『――でしょうね。むしろ、この間の子の様な子を追い込む立場の人たち……じゃないかしら?』
二匹はそんな会話をしていたつもりなのだが、人間たちの耳には、ただ「ニャーニャー」言っているだけに聞こえただろう。
それに、そもそも彼らに二匹の姿は見えていない。
『はぁ、こういうヤツラが森を汚すんだよなぁ。あっ!』
『何よ、いきなり大声出して』
『あっいつら! 今ゴミ捨てやがった!』
白猫がそう言って体を乗り出した。
『んー?』
今にも出て行きそうな白猫を制しながら、黒猫はやたらと目立つ彼らに視線を向けると……。
「それにしても、あいつ戻って来たよな? たとえ一年留年する事になって……って、本当イライラするよなぁ」
「なぁ?せーっかく『そのまま辞める』にかけていたのになー」
その言葉に、黒猫は耳をピクンと動かした。
「ええ、可哀想だよ。そんな事言ったら」
「そうそう。これから頑張る『つもり』なんだから……ねぇ?」
女性たちもそう言って、何が面白いのか笑っている。
『……』
『おっ、おい。大丈夫か?』
今度は白猫が尋ねる番だった。
『え?』
『あっ、いや』
思わず言い淀んでしまうほど、黒猫は……怒りに震えていた。もちろん、ただの雰囲気ではあるが。
『まっ、まぁ? 私には関係のない事だし?』
我に返った黒猫はすぐにそう言って取り繕った。
『いや、こいつらにはそれ相応の罰を受けてもらわなければならぬ』
――そんな『低い声』が二匹の耳に届いた。
『!』
『!』
二匹は振り返ったが、そこには誰もいない。
『あやつらの所業によって、ここに来た人間は数知れず、この間の彼の様に思い止まったヤツもおるが、そのほとんどは……』
『でっ、でも。この足あとは、あなたが人間たちに今までの行いを振り返らせるために用意したモノ。最終的な決定権は、足あとを歩いた本人が決める。だから、あなたが気にやむ事は……』
『……いいえ。この方が言いたいのは、そもそもここに来る必要のない人まで来ていると言いたいのよ』
黒猫がそう言うと、声は『ああ』とだけ言った。
『だから、必要のない犠牲を生み出す諸悪の根元を絶たなければならない』
『……でも、いいのか?そんな事をして』
『彼らの生み出した犠牲は、彼ら四人全員を犠牲にしても全然足りない。それくらい、彼らは尊い人たちを犠牲にしたの』
『……そうか』
それだけ言うと、二匹は早速行動に移した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
――後日、俺は何気なくつけたテレビで、先日足あとをたどった先にある『崖』の下から、男女の遺体が見つかった……というニュースを見た。
現場の様子から、全員崖の上で足を滑らせて落ちた『事故』という事が分かったらしい。
しかし、見つかったのは三人だけで、一緒にいたはずの一人の男性は……今も見つかっていない様だ。
そして、俺は全然知らなかったが、この足あとの近くに実は『神社』があったらしい。
「ん? あの猫……」
一瞬映った黒猫が、実はその神社で飼われていたのだと知ったのは……この事故のニュースを見ていた時だった。
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