第一話 烏丸しぐれと、いのうりょく その④

 七嵐は接近すれば危険と判断したのか、ナイフの投擲による攻撃を行う。七嵐の投げたナイフは、一直線にしぐれへと向かう。


 しぐれは、そのナイフに対して、炎の剣を振り下ろす。

 剣の軌跡を追うように炎が燃えさかり、剣とナイフが当たった音が響く。


「甘いっ!」

 七嵐は一投目が防がれるのを承知で、二投目を繰り出していた。しぐれは炎の剣を振り下ろした状態で、無防備だ。七嵐のナイフが、しぐれに命中する――。

 はずだった。


「なっ⁉」

 七嵐の驚く声が響く。

 しぐれの炎が発生させる強烈な上昇気流で、七嵐のナイフが少し上を向く。

 ナイフの軌道が、浮いた。

 その刃をかいくぐるように、しぐれが体を低くして、炎と共に七嵐に突っ込んでくる。 

 今のしぐれは、丁度炎の盾を構えながら突っ込んでいるようなものだった。

 炎の盾は、七嵐からしぐれの姿を覆い隠す。


「……三本目を使うことになるとはねっ!」

 七嵐はそう憎々しげに言いつつ背中からナイフを抜き、しぐれの突撃を走って大きく回避する。

「戻れっ!」

 七嵐がそう言うと、床に転がっていた二本のナイフが、七嵐が手に持つナイフに向かって戻っていく。その軌道の間には、しぐれがいる。


 しぐれは、その場で一度、強く地面を踏んで、その足を軸にして一回転。

 炎の剣がナイフを弾き、ナイフが宙を浮く。

 直後、ナイフは見えない何かに引っ張られるようにして、七嵐の下へと戻って行く。

 七嵐は背中のナイフを鞘に納め、戻ってきた二本をキャッチする。

 しぐれは、その一部始終を目にしていた。


「……なるほど」

「何がなるほどなんだい?」

「……先輩の能力、把握しました。投げれば戻ってくると思っていたのですが、先ほど投げた二本を戻さずに三本目を抜いたところで、わかりました」

 五メートルほど離れた場所で、しぐれと七嵐が言葉を交わす。

 しぐれの言葉に、七嵐は苦々しい表情を浮かべる。


「……その答えは?」

「磁力、のようなものでしょうか。そのナイフは、互いに引かれ合う性質を持つ……と読んでます。あるいは、互いに反発しあうのかもしれませんが」

 しぐれの分析を聞いた七嵐は、苦々しい表情を浮かべる。

 しぐれは、続ける。

 

「私が最初に食らった背後からの一撃、そして上下からの攻撃、その他諸々、ナイフ同士が引かれ合う、という法則に則って考えれば、だいたい合点が行きます」

 しぐれがそう言うと、七嵐は小さくため息をついて「正解」と言う。


「……私みたいなタイプは、タネを破られると一気に弱くなるんだけどね」

 七嵐が両手を軽く上げて、小さく首を横に振る。所謂、『お手上げ』のポーズであった。

「……今度こそは、勝ちますから」

 しぐれは、そんな七嵐の様子など知らぬ、と言わんばかりに七嵐を真っ直ぐ見据えて、闘志を言葉にしてぶつける。

「それはどうかなっ」

 七嵐がにやりと笑い、二本のナイフを投げる。


「……これはっ」

 二本のナイフは、しぐれではなく、しぐれの左右へと投げられていた。

 七嵐は残った一本を持って、しぐれに突っ込んでくる。


 三方向からの同時攻撃。

 しぐれは、七嵐の攻撃の意図を察した。


 しゃがみ込んで戻ってくるナイフを避けたとしても、七嵐自身から攻撃を受ける。

 七嵐に対処していると、戻ってきたナイフに背中を突き刺される。

 どうすればいいか。しぐれの脳内に、思考の電流が駆け巡る。

 そしてしぐれは。


「これでっ」

 後ろに、倒れ込みながら飛ぶ。しぐれの頭上すれすれを、戻ってきた二本のナイフが通過していく。

 瞬間。

「どうだっ!」

 しぐれは炎の剣を横に振る。すると、しぐれの炎の剣から、炎の刃が射出される。

 炎の刃は、衝撃波のように七嵐へと飛んでいく。


「なっ⁉」

 七嵐はしぐれの攻撃に驚きの声を漏らしつつも、跳躍して炎の刃を飛び越えつつ、ナイフを回収する。

 七嵐はナイフを回収するや否や、しぐれに向かって投擲。

 対するしぐれは、再び大上段の構え。


 そこから、しぐれは渾身の一振りを繰り出す。

 しぐれの放った攻撃は、渦巻く炎の柱となり、屋上を疾駆する。

 炎の柱は屋上の大気を揺らし、七嵐のナイフを蹴散らしつつ、猛スピードで七嵐に向かっている。

 七嵐はナイフの磁力を起動させつつ、横に飛んで炎の柱を回避する。


 だが。

 七嵐は炎の柱の後ろを見て、目を見開く。

 そこには、しぐれがいた。

 しぐれと、七嵐の目が合う。

 七嵐が急いでナイフを投擲し、しぐれを攻撃しようとするが――。


「これでっ!」

 しぐれが炎の柱に腕ごと炎の剣を突っ込み。

「私のっ!」

 しぐれが、一歩大きく踏み込む。

 踏み出した足は、七嵐の方へ。しぐれの腕は、その反対側、炎の柱へ。

 しぐれの全身が、まるで限界まで引っ張られたバネのように伸ばされ――。

「勝ちぃっ!」

 最後の、渾身の力を込めて、しぐれが必殺の一撃を繰り出す。


「どりゃああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

 しぐれは叫び、炎の剣と、それが突っ込まれた炎の柱ごと、横に薙ぐ。

 炎の柱は横向きになり、屋上一面を薙いでいく。その範囲内には、七嵐がいた。


 無理。

 七嵐は目前に迫る炎を見て、そう判断する。

 対処策を講じようとしたが、それらは七嵐の脳内で、『無意味』という答えを下されてしまった。

 そもそもの出力が違う。七嵐は、そう分析した。

 しかし、だからと言って諦めるわけにはいかない。七嵐の闘争本能が、七嵐にそう告げる。


 七嵐は両手のナイフで防御態勢を作る。

 直後、七嵐が炎の柱に飲まれる。

 七嵐の叫びが、屋上に響く。

 七嵐の叫びが消えると同時に、炎の柱は真横一文字を描き終えて、消える。

 屋上の床には、七嵐が倒れていた。


 しぐれは炎の剣を横一文字に切り払った姿勢のまま、倒れた七嵐を見据える。

「……はあっ、はあっ……これで……勝ち、ですね」

「……そうだな、君の勝ちだ」

「……はあっ、ならっ、良かった……」

 しぐれがそう言った直後、しぐれは手から炎の剣を取りこぼし、しぐれ自身も地面にへたり込む。炎の剣から炎が失われ、ただの玉に戻った。

 両者、しばしの休息を取る。

 屋上に、沈黙が広がる。


「……さて」

 先に口を開いたのは、七嵐だった。七嵐は起き上がって胡座をかき、しぐれを見る。

「烏丸さん、これからは君の自由だ。勝ったから、入部してもしなくてもいい」

「……五万円はどうなるんですか」

「…………五万円? ああ、あれは嘘だよ」

 七嵐は笑みを浮かべて、さらりと言い放つ。


「……やっぱりそんな気はしてました……」

 しぐれは苦笑しつつ、七嵐と同様に起き上がる。

「……入部届、ください」

「……ってことは」

 七嵐が目を丸くしてしぐれを見る。

「私、入部、します」

 しぐれがそう言って笑みを浮かべると、七嵐と天本は口元を綻ばせる。


「楽しかった?」

「楽しい……かどうかはさておき、最後に先輩に勝てたの、あの快感は最高でした。だからこそ、続けたいと……今は思ってるんです」

「そうか、なら良かった。……これで晴れて部員、四人目だな」

「ええ、よろしくお願いします」

 七嵐としぐれが微笑みを交わし、天本が少し離れた場所で二人を見ていると――。


 唐突に、屋上のドアが開く。

 三人の視線が、ドアの方向に向いた。

 そこに立っていたのは、一人の女子生徒。

 その女子生徒は手に紙片を持っている。

 彼女が、おもむろに口を開いた。


「和泉アキラ、入部希望です」




第一話 終わり

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