変わらないもの
朝から何度もヘアアレンジの練習を
夕方の風は昼間の熱気を含んで涼しいとは言えないけれど、それでも昼間の炎天下よりは
徐々に辺りが暗くなっていくにつれて、夏祭り会場である駅前の交通規制された大通りに飾られた
「あ、たこ焼き食おうぜ」
「あんた良く食べるね」
「成長期ですから」
先ほどから食べ物の屋台ばかり寄っている寛二くんに呆れた視線を送る芳恵は、黒の市松模様に赤い
「新しい浴衣買えばよかったかなー……」
そうぼやくと、一歩前を歩いていた隆晴が不思議そうにこちらを振り返った。
「なんで? 似合ってるのに」
さらっと放たれたその言葉に驚いてしまい、私は持っていたソーダ水を落としそうになる。慌ててカップを持ちなおし、こっそりと息をついた。
(そうだった……)
隆晴は仲が良いとかそういうのは抜きにして、似合っていたり良いと思ったものは素直に
「人によって似合う
「そ、そうだね。ありがと……」
赤くなってるかもしれない頬を隠そうとそっぽを向こうとしたが、隆晴はすでに前へと向き直っている。それはそれでちょっと悔しい。
こうも私ばかりどきどきしていると、ふとした隙にマイナス思考が首をもたげる。
もしかしたら。過去でさえ仲が良いだけで脈なんてなかったのではないか。私にとっては特別でも隆晴にとっては他と変わらないものだったのではないか。
すぐに首を振ってそんな思考を吹き飛ばし、隆晴の隣へと踏み出す。せっかくのお祭りなんだから、楽しまないと損だ。
下がりがちだった視線を真っ直ぐ前へと向けた直後、肩越しに振り返った芳恵と目があった。いたずらっぽく笑う芳恵の意図がわからずに首を傾げると、今度はウインクを飛ばされる。
正直、全くわからない。
何かあるなら言ってよ。そう言おうとしたけれど、できなかった。
「あ、
「リベンジ? 無理むり。今年も負けねーよ」
口を開こうとした
「ちょ、芳恵―っ?」
人混みへと呼びかけてもすでに近くにはいないらしく、連絡を入れておけばそのうち気付いてくれるだろうとスマホを取り出す。どこで集合しようかと考えながらトークアプリを開いたタイミングで、芳恵のほうからメッセージが届いた。
『がんばれ。あ、花火開始時間に駅裏の公園に集合』
「……」
わざとだった。
「何か見たいものある?」
当然のような口調で訊いてきた。
「……いいの?」
「なにが」
「私と二人でまわることもだけど、隆晴は何か見たいものないの?」
隆晴は仲のいい寛二くんと祭りを楽しむために来てるものだと思っていたから、てっきり嫌な顔をすると思っていた。
「向こうがあとで合流って言ってるんでしょ、俺はとくに目当てはないから須賀野さんに任せるよ」
「そっか。隆晴が見たいものないなら、別行動する理由ないね」
「というか、女の子一人で歩かせられないでしょ」
「……っ」
心臓を叩かれたような感覚に、一瞬息がつまる。
人混みから飛び出してきた小さい子とぶつかって、それに気をとられた私。顔をあげたときにはみんなとはぐれていて、運悪く充電をしてこなかったスマホはとっくに電池切れで連絡もとれなくて。とりあえずわかりやすい場所に行こうと考えたとき、人の流れをかき分けながら隆晴が戻ってきてくれた。
焦ったー。寛二ならまだしも、陽那は一応女子だから。気付いてよかった。
気付いてもらえたのはありがたいけどさ、一応じゃなくて女子ですー。
冗談だって。ま、来年は手を
ええー? そんな簡単に言わないでよ。
はは、そりゃそーだ。じゃあ――
「……須賀野さん?」
はっとしてから、こっそりと息をつく。最近の悪い
「体調悪い?」
「ううん、大丈夫。どこに行こうかなって迷っちゃって」
「はは、じゃあ適当にぶらつくか。気になるものがあったら言って」
「うん」
歩き出そうとしたが、その瞬間に足にぴりと痛みがはしり、私はまたもや足を止めてしまった。不思議そうにこちらを見た隆晴が、私の視線を辿って私の足元を見る。ぱっと見ではわからないはずなのだが、なんとなく察してしまったようだった。
「
「うん、
「じゃあ人が少ないとこ行こう」
唐突に手を差し出されて、なんだろうと首をかしげる。隆晴の手と顔を交互に見ていると、隆晴がしびれをきらしたように差し出した手を伸ばして私の手をとった。
人の流れをかきわけて、歩道がある通りの端へと移動しやすいように優しく手を引いてくれる。
夏の夕風では熱くなった頬を冷ますには
私は隆晴のこういうところが好きだったんだ、と改めて認識する。思わせぶりではあるけれど、誰に対しても真っ直ぐな優しさを注ぐことができる、そんな隆晴のことが。
過去を振り返ってばかりでなくても、私が好きな隆晴は変わらず目の前にいる。それがとても嬉しくて、いつまでも歩道にたどり着かなければいいのにとすこしだけ思ってしまった。
「よし、と。ありがとう、お礼になにか
絆創膏を貼り終えてから隆晴を見ると、今度は隆晴が首をかしげていた。
「お礼されるようなことしたっけ」
「エスコートしてくれたでしょ」
あの歩きにくい状態では人の流れを
「知らない人でもないのにそんなに
そんなに
「いらないならいいよ、もう」
「じゃ、せっかくだからアレにしようかな」
隆晴が指さしたのは牛串の屋台。また高いものを、と呟けば「嫌ならいいよ」といたずらっぽい笑みで返された。
「買うよ、お礼だもん」
むっとして先に歩き出した私の隣に、隆晴がさらに可笑しそうに笑いながら並ぶ。
さっきまで一歩後ろから見ていた肩が隣にある。都合の良い考えだけれど、それだけでちょっとだけ幸せかもしれない。
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