第18話・新たなる何とか的なー

 …後先考えず突っ走った後に、必ずおそってくるもの。

 その名は、後悔という。


 わたしはなんというか、夜が来れば朝が必ず来るように、その後にやってきたお昼休みに怯えていた。


 …とにかく、めちゃくちゃに、気まずい……。

 どんな顔して秋埜に会えば、いいんだろ………。




 「うん?勉強疲れでもしたの、中務さん」

 「それならよかったのだけどねー…」


 四限目が終わると同時に机に突っ伏したわたしに、星野さんが物珍しそうに声をかけてきた。

 一回だけ妙な問答をしてからというもの、クラスの中では比較的話をするようになっている。この人距離感が絶妙というか、わたしが声かけるなオーラを発しているとちゃんと放っておいてくれるから、近くにいてもあんまり気疲れしない。

 …いや今声かけないで、って気分なのだけど。距離感仕事して。


 「そう。どちらにしてもお昼休みだけど。今日はいつもの賑やかな後輩の子、来ないのね」


 びくっ、とケイレンするわたし。


 「…けんかでもした?」


 露骨な反応を見てまた答えにくい質問をしてくる。

 いえ、別にけんかというわけでは。むしろ真逆で、過激に仲良くなったといいますか。

 …言えるわけない。例の噂話を、「まさかねー」な顔でわたしに垂れ込んだ本人に、言えるわけがないって。

 けど、言われて気付いた。いつもならお昼休みに入るや否や飛び込むよーにやってくる秋埜が、今日に限っては音沙汰無し。

 既にクラスの風物詩とも言える来襲が無いのなら、別に星野さんでなくても怪訝に思うことだろう。


 「事情は分からないけど、仲違いしたのなら早く仲直りしてね。あの子が来ないとお昼休みって気がしないし」


 よけーなお世話です。

 心配してくれてるのは分かるから、本音は呑み込んで、俯いたまま頷くわたしだった。


 「…ね、中務さん。よかったら私とご飯食べない?」

 「あー、それは…」


 また根掘り葉掘り聞かれそうではあるけど、秋埜が来ないのと一人で食べるお昼ご飯をイコールで結ぶのも癪に障るのでお誘いに乗ろうとしたら。


 「センパーイ、お昼ご飯行きましょー!」


 …いつも通りにいつもの秋埜がやってきてしまったのだった。



 ・・・・・



 「秋埜はどうしていつも通りでいられるの」

 「え?なんかおかしーです?」


 おかしくないからおかしいんだってば。

 …教室での醜態を思い出して思わず天を仰ぐわたしなのだった。

 だって。

 秋埜の声が聞こえると唐突に我ながら挙動不審に陥り、交わした会話となると。


 「…いらっしゃい、秋埜。今日は良い天気ね」

 「全国的に雨模様ですけど」


 だの。


 「来るの遅いわよ!おかげで余計な恥かいちゃったじゃない!」

 「え、うちそこまで言われるほど遅れましたっけ?」


 だの。


 「わたしはいったいあなたのなんなの…?」

 「そんなドラマ昨日やってませんて」


 だの。


 終いには星野さんに、


 「キャラづくり雑すぎない?」


 とか言われる始末。

 慌てて秋埜を連れ出したのはいいけど、多分顔を真っ赤にして出て行ったから、今頃教室で何を言われているか分かったものじゃない。

 あー、教室戻りたくないなあ。


 「むしろセンパイがおかしすぎましたけどね。動揺してくれてるなら、うちとしてはけっこーチャンスですけど」

 「チャンスって、何のチャンスよ…」

 「まあまあ。とりあえず落ち着いてお話しましょー?」


 っていうかね。昨日初めてキスした相手にとる態度じゃないと思うんだけどなあ。もうちょっとこう、恥じらいというか初々しさというか、そんな雰囲気でいたいものなんじゃないの?

 ぶつくさ言いながら、わたしは購買へつづく廊下を歩く。


 「あ、センパイ。お昼用意してなかったんすか?」

 「…お弁当なんか作れる心境だったと思う?」

 「ですよねー。ってことで…買っておきました。はい、どーぞ」

 「え?」


 秋埜に手渡されたのは、購買で使われている無地のビニール袋。

 中を見てみたら、人気商品の白身魚のフライサンド。と、紙パックのカフェオレが入っている。

 あれ、これって…。


 「センパイと再会の時と同じの買いました。記念すねー」


 ちょっと上気したように赤くなった頬を、人差し指で掻き掻きしている。

 …うん、前言撤回。秋埜も、結構意識してたんだな、って。

 やっぱりかわいいな、この子。




 で、話の内容が際どいので人目のあるところで話をするわけにもいかず、こんな日に出入りする人もいない屋上に続く階段のうち、校舎の一番端の一角で並んで座っていた。寒いけど…。


 「ですねー…でも他に誰も来ない場所なんてないですし」


 思い出のサンドイッチ、と言えば聞こえはいーけど、こうなったらカップラーメンとかの方が良かったかも、と身も蓋もないことを思うわたしだった。

 昼休みの喧噪がどこか遠くに思える中、わたしと秋埜は黙々とお昼を食べる。

 秋埜がいればつまらないってことはないんだけど、緊張して口数が少ないどころか皆無なので、なんていうか味気ない。


 「ごちそーさまでした」

 「でした」


 それでも、わたしの二倍近く食べる秋埜とほぼ同時に食事を終えると、人心地ついて話をしよう、って気にはなる。


 「………」

 「…………」


 …はずなんだけど。

 わたしも秋埜も互いの出方を探ってるような空気で、気まずい…っていうのとは違うのだけれど、時折横目の視線が交差してすっと逸らすトコなんか意識し始めたカップル未満みたいでって何言ってるのわたし。

 あーもー、ここは先輩らしく。


 「昨日のことですけど…って、センパイなんでずっこけてるんです?」

 「…ちょっと。出鼻を挫かれるってこーいうことかと思って」


 先を越された感はんぱないなあ。いいけど。


 「えーと、話戻しますけど…いいすか?」


 ちょっと不思議そうな顔の秋埜が話を続ける。どーせわたしには話の取っかかりもないのだから、否も応も無い。

 どうせ誰も見てないのだからと行儀悪く足を伸ばしてから、うんと頷く。

 ふて腐れたように見えたかも、とちょっと気にはなるけど、実際おもしろくない気分もあるのだから、仕方ないと思う。

 けど秋埜は、そんなわたしの不躾も特に気にしていないように、いつもの調子で話を続ける。


 「えっと、昨日のことですけど、センパイは気にしないでいてください」


 って、無茶言わないでよー…。

 わたしはその一言に大きくため息をつくと、せいぜい懊悩にまみれた顔に見えますようにと、渋い顔で秋埜を見て言う。


 「…気にしないわけにいかないでしょ、あんなことあったのに」

 「あんなこと、といいますとー…?」


 分かってて言うか、おい。


 「あっ、あんなことはあんなこと!」

 「ですからそのあんなことを具体的に言ってくださいよー」

 「そんなハレンチなこと言えるわけないじゃないの!」

 「ハレンチて。センパイとうちの思い出の一夜じゃないですかー」


 えーい、この子はもう。わたしの不興とか恥ずかしさとか、そーいうものもまとめて楽しみおってからに。


 「…わたしをからかって遊んでるんでしょ。そうよ秋埜にとってわたしなんか遊びだったんだ」

 「遊びだなんてとんでもない。うちとのことでどーよーしてるセンパイが、すんげえかわいいって思ってるだけっす」


 っ!!……。

 うー…言われ慣れてると思ってたけど、なんで秋埜に言われるとこんなにドキドキするんだろ、わたし。

 いや、前からってわけじゃなくって、やっぱり昨日からだよね…。


 もしやこれが…恋…?


 …なわけないか。相手女の子なんだし。

 いやいやでもでも、今時女の子同士でつっ、つきあう…とかいうのも不思議じゃないらしーし…いやいや待って待って、わたし別に女の子が好きとかそんなこと考えたことないしっ…!!


 「…あのー、センパイ。見てて退屈はしないんすけど、そこまで悩むくらいなら、うちの言った通り、昨日のことしばらく忘れてみません?」

 「えっ?…って、まさかそんなに軽く考えてわたしに好きとか言ったのっ?!」

 「軽くなんて考えてませんて。大体、うちだってはじめてのキスですよ?センパイがどーかはしらないですけど…」

 「わっ、わたしだって……………初めてだったわよ」

 「そーすかー…はじめて同士っすね」


 そんなにほんわかと言わないで欲しい。思わずぎゅーっとしたくなる。

 …なに言ってんだろ、わたし。


 「はあ…それで、しばらく忘れてってどーいう意味なの?」

 「…うち言ったじゃないですか。気持ちは伝えたから、あとはセンパイの問題だって。多分、うちが思ってる通りなら、センパイ今のままでいていーと思わないんです。だから、そこに区切りつくまで忘れててもらって構わないって、そゆことです」

 「秋埜はそれでいいの?」


 やけに明るく言う秋埜に、わたしとあんなことになったのがそれほど大事おおごとじゃないと思われてるみたいで、正直おもしろくはない。

 自分でもどうかと思うけど、不審を露わにしたわたしの問いに、秋埜は意外にあっけらかんと答えた。


 「いいです。っていうか、そんな半端な状態でセンパイとくっついたって、うちのこと大事にしてくれなさそうですもん。うち、結構待つ女みたいですんで、待ちます」


 そんなこと言われてもね。大体、わたしの問題ってなんなんだろう。女の子同士、ってことに抵抗があることとか?

 うーん。


 「…秋埜は女の子が好きなの?」


 って、何を聞いてるんだ、わたし。そーいう問題じゃないでしょーが。

 けど秋埜は、答えを用意していたかのように、すっぱりと言った。


 「あんまり気にしてないっす。好きになったのが女の子だったー、なんてどこかで聞いたようなこと言うつもりもないですけど、でもセンパイだったから好きになった。それだけです」

 「…ありがと」


 礼を言うようなことなのかどうなのか、っていうと微妙。

 でも、何が秋埜の気に入ったのかは知らないけど、少なくともわたしの言ったことやったこと、それらをひっくるめて、わたしのことを気に入ってくれてる、ってことだけは分かる。まだ短い付き合いなのだけど、そんなコだってことは理解してるつもりなのだ。

 だからまあ、言葉通りに受け取って、わたしが大好きな秋埜が好きでいられるような、そんな自分ではいたいな、ってことは確かに思った。

 そのためにもね。わたしの問題、ってものを見つけて解き明かさないといけないんだよね。


 「…納得、はしてないと思いますけど、そろそろ戻りましょ、センパイ」

 「そうね」


 予鈴まではいくらか時間はあったし、確かに納得…っていうか、答えの出てないこともあるけど、それ以前にいつまでもこの寒い場所にいるわけにもいかないものね。



 だけど。

 物事の解決をみた、わけではないにしても、やる気の向きが多少は定まっていくらか気の晴れたわたしは忘れてしまっていた。

 秋埜と別れて自分の教室に入ると、一斉に向けられる視線。


 「え…なに?わたし、何かした?」


 うろたえて足の止まるわたしにかけられる声。


 「中務さん。言いたくはないだろうけど、聞かせてちょうだい。あの鵜方って子と、どーいう関係?」


 クラスを代表したかのように、重々しく尋ねる星野さん。

 …そう、「わたしの問題」以前に、「当面の問題」があることを、わたしは忘れていたのだ。


 ほんと、どーしよう。

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