第17話・…?………?!
わたしの誕生パーティは、それはもう爽快なくらい楽しいものだった。
友人はもちろんのこと、クラス中の皆、今までわたしが告白された男の子までわだかまりを忘れて集まってくれたし、家族は当然として緒妻さんや大智のところも一家揃ってお祝いにきてくれた。
秋埜は…お父さんにも初めて会えた。とっても素敵なナイスミドル、って感じで、ああこの人に秋埜は育てられたんだなあ、と感動したくらい。
本当に、一生忘れられない誕生日になったと思う。
「なんかリン姉、黄昏れてない?」
「そうね。でも始まるまでそっとしておきなさいな」
「あ、緒妻センパイうちがカットしますよ」
………なんてことは全く無くって。
いやもちろん、来てくれた緒妻さんと大智と、秋埜には感謝してるんだけど。
「はいじゃー料理とケーキと飲み物も行き渡ったことなんで」
「はいはーい、うちが乾杯やりまーす」
「その前に本人あいさつとかじゃない?」
「…すいません、それパスでお願いします」
「じゃかんぱーい!!」
「えちょっ、流石に前口上なしってのはヒドくね?!」
ともあれ、ぐだぐだな感じでわたしの部屋でのパーティは始まった。
うちのお父さんお母さん、おばあちゃんは階下で晩ご飯中。娘の誕生日になんともあっさりしたものだったけど、緒妻さんが高校生になって料理まで準備してくれるようになってからは、大体こんな感じだ。
まあわたしだって、いつまでも親と一緒に誕生会、ってわけにもいかないし。
「あ、オズ姉これうまいなー。もうちょっとくんない?」
「大智、あなた一人でいくつ食べてるのよ。お麟ちゃんの誕生日なんだからちょっと遠慮しなさい」
「おー、確かに美味しいっすね。緒妻センパイ後で作り方教えてもらえません?麟子センパイも食べた方がいーっすよ。ほっとくと全部チー坊のお腹に入っちゃうんでー」
…毎年のこと過ぎて、だんだんただのお食事会になりつつあるよーな気もするけど。
ただ、今年は秋埜の姿があるのが違いで、このあいだ緒妻さんと電話でみっともないことになってギクシャクしてるわたしに気付いてか気付かずにか、明るくフォローしてくれているのが、ありがたかった。
「ん、大丈夫。もともとわたしそんなに食べない方だしね」
「もったいない話っすねー。麟子センパイ、せっかく作ってきたんだからもっと食べましょーよー」
「だからわたしを太らしてどーするっていうの」
「今日一日余計に食べたくらいで太ったりしませんって。ほら、うちのためだと思ってー」
「なんで秋埜のためになるっていうのよ、こら離しなさいってば!」
「太れー、太れー。そしてうちにだっこさせるんですー」
「…なんかアキのリン姉への懐き方って、独特というか興奮するっていうか…」
「大智…悪趣味よ?」
「ちがわい!妙な誤解すんなよオズ姉!」
でもやり過ぎはよくないよね、やり過ぎは…。大智にまで変な目で見られるじゃない。
「けどさー、リン姉やっぱ今日大人しいのな。何かあったのか?心配事でもあるなら相談にのるぞ?」
「死ぬほど鈍感男は黙ってなさいえいえいえい」
「ちょ、オズ姉それマジっぽくて痛い」
大智の頬を緒妻さんが拳でぐりぐり抉ってた。
…緒妻さんは、この間のわたしの様子をとくにおかしいとも思っては…いるのかもしれないけど、少なくともそのことについてわたしを突っつく様子もなかった。
わたしもどうしてあんなことになったか、全然わかんないので聞かれても困るし。
…まるっきり分からない、わけじゃない。
大智と緒妻さんが本当に仲がいいところを突き付けられて、だったのだから二人のことについて、なんだろうけど。
わたしのどこかで、その先に進むのを拒んでいる何かがある、ってことだけは、少なくとも分かってる。
「………ぶー」
考えにふけるわたしを見て、秋埜が拗ねてた。
そうだよね。わたしの誕生日を祝ってくれてるんだから、こんなのは無しだよね。
大丈夫だよ、って笑ってみたら、秋埜はまた憂いの深い顔にはなったけど、それでも表情を改めて明るくはしゃぎ始めた。
うん。今は、楽しんでいよう。
そう思う。
・・・・・
「じゃあね。おやすみ」
「またなー」
「はーい。おつかれっしたー」
「緒妻さん、大智。今日はありがとう」
朝が早い大智と受験生の緒妻さんは、一通り会食が済んで片付けも終わったら早々に帰っていった。
秋埜は食器の片付けを手伝ってくれて、お母さんと妙に意気投合してたりもしたんだけど、うちに簡単に溶け込んでしまう辺り、ほんとわたしと違ってコミュニケーションに長けた性格している。けっこう、羨ましい。
「あれ、お父さんは?」
「明日朝早いからもう寝てしまったよ。麟ちゃんも静かにしてあげなね」
「はぁい」
わたしはおばあちゃんが用意してくれた茶菓子を持って、二階にあがる。
秋埜がもうちょっと付き合ってくれる、とのことで、わたしの部屋でお話になるんだろう。
「お待たせ。お茶でいい?」
「いっすよー。それにしても急に静かになったっすねー」
「そうだね。大智は当然だけど、緒妻さんもなんかいつもより賑やかだったし」
「気でもつかってくれたんすかねー」
「………そうかもね」
変なところで鋭い秋埜。
気取られないよう、自然に秋埜の対面に座る。
わたしのベッドを背中にしてた秋埜は、今日は女の子座り。いつの間に出来るようになったんだろう。
「ほいじゃー、センパイ。改めて、十七歳のお誕生日おめでとうございます」
「…本当は来週だけどね。でも、ありがと」
ぺこりと頭を大きく下げた秋埜に、わたしも礼を言う。来年は秋埜の誕生日も祝ってあげたいな、って心から思えた。
お話自体はいつも通りの、テレビだの雑誌で読んだ話だのという、どうでもいい話だった。
時折勉強に関する内容もあって、そこは最近変わってきたところだけど、その点では先輩らしさを発揮出来てなんだか満足度が上がってる。我ながら現金だなあ。
そうして、ちょっと話題が途切れた頃、秋埜がわたしの顔をしげしげ見ながら、変なことを言い出した。
「センパイ、髪の毛ってあんまりいじらないですよね」
「そう?」
「せっかくキレイな髪なんだから、もーちょっと髪型変えてみません?」
って言ってもなあ、とわたしは肩にかかった髪を指先で触る。
伸ばすとクセが出てくるからこれ以上伸ばしたくないし、中途半端な長さだからいじりがいが無いんだよね。
「…でしたら、うちがー……じゃん」
秋埜はハンドバッグの中から、髪ゴムとブラシとを取り出した。
「やってあげます」
「え、いーよ。わたしの髪なんかいじったって面白くないでしょ?」
「センパイの髪型で遊ぶ機会なんてそうそうないですもん。学校じゃ出来ませんし。ささ、後ろ向いて後ろ向いて」
遊ぶ、ってね…。
仕方ないなあ。秋埜が楽しいなら別にいーけど。
と、姿勢を変えて秋埜に背中を向けるわたし。
秋埜は手際よくわたしの髪をブラシで梳くと、ちょっと考えた後、おろされている髪をひとまとめにして頭の高いところでまとめ上げた。
「では定番のポニーテール。はい、どすか?」
渡された部屋の手鏡を見る。
「…髪の量が足りなくて、なんかパッとしない」
「ダメですかー。けっこーかわいいと思うんですけどね」
ポニーテールなら体育の時間にするので見慣れてるけど、あれは動きやすいようにしてるだけだし。
「じゃ、これはどうですかね……うちとおそろいの、左しっぽ」
手早く髪を解くと、左側に寄せてゴムでまとめた。
「…秋埜ほど似合わない」
「そりゃー片しっぽはうちのトレードマークですもん。…ってもやっぱり髪少ないと面白くないですかね」
「そうねー…」
どちらかというとくせっ毛の秋埜だから、もわっとして派手に見えるんだろうなあ、この髪型は。
続けて…。
「お団子」
「ちっさくて顔ばっか見えちゃう」
「三つ編み…は流石に無理っすかー」
「自分ではやらないから新鮮だけどね」
「弥生人風」
「ハニワになった気分…」
「ちょんまげ」
「遊ばないで」
…などなど。
次から次へと、よくまあ飽きないものだと呆れるくらいにわたしの髪をいじり倒す秋埜だった。
「ダメ出し多すぎっすよセンパイー」
ひととおり試した秋埜が、お手上げだとばかりにバンザイをして抗議。十分楽しんだだろうし、いーじゃない。
「秋埜が複雑にし過ぎるんだってば。もう少しシンプルなのがいいよ」
「シンプル、ですかー…ほいじゃ」
と、ブラシでまた髪を、こんどはちょっと丁寧に梳くと、長さを調節するようにまとめた髪を流しながら先っぽのほうでゴムで括り、わたしの首の左から前の方におろした。
「どすか?」
「…いいかも」
肩の辺りからいつもふわっと広がる髪が消えて前に来ているのは、今までやったことがなく、けどわたしは一応は自分の髪に愛着はあったから、それが首を巡らすと目に入るのが、ちょっと気に入った。
「センパイ、うなじも見えるからいろっぺーっすよ」
…おじさんみたいなことを言う秋埜にはちょっと閉口したけど。
でも、いろいろ可能性はあるのかも、って思った。中学始め頃から伸ばし始めた髪だったけど、伸ばすだけで他に何もしようとは思ってなかったから、ね。
「もういいよ、秋埜。戻して」
「あ、やっぱいつもの髪型がいいですか?」
「そうじゃなくって、今度は自分でやってみようかな、って」
「ですよね。いろいろやってみるといいです」
そう意って秋埜はわたしの髪をほどいて、道具を自分のハンドバッグにしまう。
わたしはなんとなく気だるい気分でそのままの恰好でいたのだけれど、片付けを終えた秋埜が、そのわたしの背中にしなだれかかってきた。
「…ちょっと?」
「んー、センパイそのまま。麟子センパイ分のほじゅーです」
「…そ」
右の肩にのっかった秋埜の顔から、はう、という吐息。
いーにおいですー…と陶然としたように言う。
わたしも、秋埜のにおいがすぐ近くからして、ちょっとドキドキする。
いいにおいなのは、秋埜だって。
そう言おうとして、背中にあたる秋埜の体が、少し緊張したように硬くなるのを感じた。
何か言い出そうとする様子に、わたしは言葉を待った。
「…センパイ、今日ちょっと元気なかったですよね」
「…うん、まあね」
「何があったか聞いてもいいですか?」
「聞くのは、いいけど、わたしが言いたくない」
「うちに関係のないことだから、です?」
「関係のあるとかないとか、そんなことで秋埜に隠しごとしたくないよ」
肩にかかっていた秋埜の腕が、前にまわってわたしの肩ごと抱きしめる形になる。
「…そーいう言い方、ずるいっす。何も聞けなくなるじゃないですか」
それで更に強くなった秋埜のにおいが、わたしをたしなめるように包み込んだ。
「ごめんね」
「いーですよ。センパイが言いたくなったら、でいーです。うちは待ちますから」
秋埜の腕に手をかける。そのまま振り返ってわたしの方から抱きしめたくなる衝動を、静かに抑えた。
「うちの出来るのは…それとー…センパイを元気にすることくらいっすから」
「ありがとね、秋埜」
「じゃあ、センパイ」
「うん」
「…今から、うちはセンパイがとっても元気になるおはなしを、してあげます」
なんだろう。
わたしは軽く頭を秋埜の方に傾げて、声がもっとよく聞こえるようにすると、小さく息を呑む音に続いて、ささやくような秋埜の声が、した。
「うちは、麟子センパイのことが好きです」
…知っているよ?わたしだって秋埜のことが大好きだよ?
そう言おうとして、秋埜が言葉を継ぐ気配に口を止める。
「うちの『好き』は、多分センパイの言おうとしている『好き』とは、ちょっと違うと思います。うちの『好き』は…こうして、センパイとくっついて、朝から晩までずうっと過ごしていたい、っていう『好き』です。もっとセンパイと深く繋がりたいなあ、っていう、『好き』です」
びっくりして、体が締め付けられるように強く抱きしめられていることに気がつき、それで仕方なく顔だけを秋埜の方に向ける。
睫毛さえ触れそうな距離。
秋埜は、再会してから見たことのないような真剣な、それでいてどこか蕩けたような瞳で、わたしの目を射貫いた。
それから、融けそうなほどにあつい息にのせて、こう呟く。
「うちは、麟子センパイのことが、好きです」
そうして、目をつむって、わたしを待った。
待って。
ちょっと待って。
ううん、秋埜は待っているんだけれど。
そういうことじゃなくて。
秋埜が、わたしを、好き。
うん、これはいい。だってわたしも好きだし。
でも、秋埜はわたしの好きと自分の好きは違う、って言った。
…どういうこと?
秋埜とくっついてて気持ちいいのはわたしも一緒。
でも朝から晩まで、っていうのはちょっと違う。
朝と昼と晩に一回ずつくらいで十分だってば。
それでもっと深く繋がりたいって、どゆこと。
今だってぎゅってしてるけどそれより深く繋がるって。
…繋がる、って……。
そうしてわたしは、悩みも葛藤も全部吹っ飛ばすくらいの勢いで。
光が地球を七周半するくらいたっぷりと時間をかけて。
よく、よく、考えてから。
「…んんっ!」
………秋埜の唇に、自分のそれを重ねた。
「…ん、んふ。ふぅ…ん、ん…」
秋埜はそれを待ち構えていたのか、唇の端から洩れる吐息こそ熱いのだけれど、勢いよくふれた私の唇を受け止めて。
「…んっ、ふぃんふぉふぇんふぁあい……」
わたしの名前を呼んだのだった。
…いや待ってよ。
何度目かだけど、ちょっと待ってってば。
わたし、女の子。
秋埜、女の子。
なんで女の子同士でキスしちゃってるわけ?!
しかもわたしこれが初めてなんだけどっ!!
ファーストキスが女の子、ってどーいうことっ?!
ちょ、誰か、誰か説明をっ!説明を求めるっ!!
…なんて。
冷静につっこんでいるけど。
「んん…あひのぉ…」
現実のわたしは体の奥から湧き出る衝動を必死で堪えながら、秋埜の名前を呼んで、秋埜のにおいに包まれて、頭の痺れるような感覚の中、その気持ちよさに身も心も委ねてしまっているのだった。
だめ、これ。全部蕩ける…。
そしてそれで全部充たされる、なんてこともなく、わたしはその先にあるに違い無い気持ちよさが欲しくなってしまい。
何かに導かれるように、それが当たり前のように、舌が秋埜の唇を求めてうごめくのを抑えられず。
「んん…?!ふぇんふぁいっ?!」
つい、秋埜の唇の裏に、ちょんっと触れてしまった。
最初はびっくりしたようだったのだけど、秋埜はすぐに受け入れ、薄く開いた隙間から秋埜の舌も。
二人のそれが絡み合うかに思えた瞬間。
わたしの脳裏に暗くて熱いものが、沸いた。
だめ。わたし…だい
「はいこれまでっ!センパイストップ!!」
「あっ…?」
我に返ると、秋埜がわたしから体を離し、短く早い息をついてた。
何が起こったのか分からずに呆然としているわたしを、秋埜が真っ赤な顔で見下ろしてる。
「センパイ…その、嬉しいんすけど、今はダメっす」
「え、ああ、そーだね…うん」
階下の家族のことを思い出して、急に恥ずかしくなった。
けど名残惜しさで、つい自分の唇を指で撫でてしまう。
わたしのそんな仕草が何か琴線にでも触れたのか、秋埜はびくっと体を震わして、腰でも抜かしたようにへたり込んでしまっていた。
「センパイ…えっと、その…今はダメって言ったのはそーいう…」
「…?」
「とにかくっ!!」
自分の荷物をまとめて勢いよく立ち上がり、まくし立てる。
「うっ、うちの気持ちは伝えましたっ!!…あ、あとはその…センパイの問題っすから。だから、うち待ってます」
「え、あの、ちょっと…?」
「きょっ、今日は帰ります!また明日学校でっ!」
「ちょっとーっ?!」
わたしはまだ立ち上がれず、逃げるように部屋を出て行った秋埜をそのまま見送る形になってしまう。
ドタドタと…には流石にならなかったけど、お母さんに辞去する旨を告げる声が階下で聞こえると、家から出て行ってしまったことを、音だけで知らされてしまった。
「……………何だったの一体」
それはもう、わたしは何も考えることが出来なくって。
秋埜の残り香がどこかするベッドに体を預けると。
「何だったのーっ?!」
盛大に頭から煙を吹き出して、突っ伏すのだった。
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