第20話 リヒトホーフェン伯領へ

 マーヤが目覚めてから2日が過ぎた。この激変に、マーヤは意識の変革を含めて、何とか対応している方だろうと自分でも思う。前世の記憶があるから、と言うよりはやはりここがマーヤ、と言うよりは北条真綾にとっては異世界だからだろう。別のお芝居を求められた時のように対応している。


 大河ドラマで、北条真綾は持統天皇の幼少期を演じたことがある。日本と言う国の事実上の創設者。幼い時から常ならぬ威厳があっただろう。その威厳を、北条真綾は的確に演じて、好評だった。


 マーヤ・ラーリーと言う名を捨てて、マーヤ・スーペルビアとなってからは、北条真綾が意識の前面に出てきている感じがある。かつて女帝の幼少期を演じたように、マーヤは、マーヤ・スーペルビアを演じている。


(私って薄情なのかしら)


 一人になってマーヤはそう自問する。

 マタイとラケルに会えない。普通の12歳ならば泣き狂って手が付けられなくなっていてもおかしくはない。

 もちろんマーヤはこの国の実態を知っている。

 スーペルビアは平民には比較的、公明正大な土地柄だが、邪魔だと思われてしまえば、貴族の政府は、マタイとラケルなど容易に殺してしまうだろう。

 マーヤは自分の利用価値を示すことで、それを防がなければならない。総督は、マタイとラケルを人質に取っていると脅してきているわけではないが、すべてが彼の手の打ちにあるのは否定しがたい事実なのだ。

 泣き狂っている余裕などないのは事実だ。


 ブランシェット、フェルカム、ゼックハルト。


 あの3人は信用できる、とマーヤは思う。だが、総督を敵に回して、あの3人だけを頼りにして振る舞えるかと言われればそれは否だ。


 そう言えば、ブランシェットは、ウォルフガングとの婚約は避けがたいだろうって言っていたな、とふいにマーヤは思い出す。


 見たことも会ったことも無い少年。

 

 ジョッシュのことを思い出す。

 ジョッシュに告白されて、嬉しかったのか、とまどったのか。自分でも自分の気持ちに決着をつけないまま、マーヤ・ラーリーの人生は終わってしまった。ジョッシュは泣いてくれただろうか。

 自分がいなくなったことで、ジョッシュとエリーは結ばれるのかも知れない。そう思っても嫉妬のような感情が湧き起こらないのに気付いて、結局、恋をまだ自分は知らないのだとマーヤは思った。


 ウォルフガングと婚約するとなっても、何の感情も起きない。

 ただ、平穏無事に総督一族として暮らすには悪い手ではないだろうとマーヤも思う。言ってみれば政略のためにその見ず知らずの少年を利用するのは申し訳ない気もするが ― 嫡男の嫁になれば、総督に対する発言権も確保できるだろう。

 そうなれば、マタイとラケルを守ることが出来る。


 ブランシェットも上級貴族だし、側仕えであるから早々、外出は出来ないが、年に一度か二度程度ならばモーゼル郷に行ってくれると言っている。マタイとラケルの安全はブランシェットを通して確認できる。


 翌朝、朝食をとる前に、マーヤは身なりを整えて、魔法転移陣のところまで案内された。既に人払いは済まされている。


「現時点ではマーヤ様は秘匿されているので、あまりながくこの城に留まるのはよろしくないのです」


 フェルカムがそう説明する。


「ヴィクトリア様のお子と言うことならば、リヒトホーフェン伯家から城に迎え入れられると言う行程が必要になるのさ。分かるね?」


 ブランシェットの言葉に、マーヤは頷く。

 マーヤと3人の側近は魔法転移陣で、リヒトホーフェン伯家へ向かう。あちらは既に、出迎えの準備をしているはずだ。


「ねえ、ブランシェット。私の出自を隠すためにいったん、リヒトホーフェン伯家に入ると言うのは分かるけど。リヒトホーフェン伯家でも、実際に私がそこで育てられていたわけではないし、じゃあ、今までどこにいたんだってことになるんじゃないかしら」

「それはね、スーペルビアの貴族街で、内々で私が育てていたということにするのさ。ヴィクトリア様は、妊娠をグイネヴィア様に報告して、ただあの時点ではイルモーロ様のお子が生まれるというのは微妙な状況だったから、グイネヴィア様の命令で、私がリヒトホーフェン伯家で生まれたヴィクトリア様のお子をお預かりしていた、と言うことにするのさね」

「ややこしいわね」

「ま、実際、本当にヴィクトリア様が妊娠していたとなればそれくらいの策は弄さなければならないくらいややこしい状況ではあったからね」


 現王家のラインハルト王家は、旧王家のジークフリート王家を倒す形で王位を得たのだが、ジークフリート王家に与したスーペルビアを現王家が赦す条件は、総督イルモーロの排除だった。もっとも、正式に外交文書として排除が要求されたわけではない。和平交渉の前に、イルモーロが戦死して、グイネヴィアが自害したからだ。

 状況からして、ラインハルト王家はそれをスーペルビア側の詫びと受け取り、その後の処分は不問に付した。

 そんな中で総督妃のグイネヴィアがイルモーロの子を産んでいたとなればこれは論外だが、第二夫人のヴィクトリアがイルモーロの子を産むのもまったく問題が無かったわけではない。

 ラインハルト王家に慮って、マーヤはリヒトホーフェン伯家で隠して育てられる、更にはリヒトホーフェン伯家からも隠されて、ブランシェットによって育てられると言うのは、作り話ではあってもいかにもありそうな話だった。


「私は現王家からすれば、謀反人の子になるわけだけど、表に出るのは問題ではないの?」

「現王家にとって問題なのはグイネヴィアのお血筋であって、イルモーロ様のお血筋はどうでもいいのさ。それにスーペルビアには広く同情もある。王女を総督妃に迎えていて、王女の実家に加担するのは当たり前だからね。あの戦争のあと、スーペルビアのランクは最下位にとどまっている。他属州でもスーペルビアは貧乏くじを引いたと気の毒がる声はあるよ。そう言う中で、たかだか第二夫人が産んだ前総督のお子の存在を、王家が問題視するようならば王家から人心が離れるさ。そんな無謀な真似は王家もしないよ」

「付け加えるならば」


 とフェルカムが言葉を添える。


「マーヤ様はインヴィディアのお血筋でもありますから。インヴィディアの助力も得られるでしょう。イルモーロ様は若い時に、1年半、視察のためにインヴィディアに滞在して、お身内として扱われていました。まあ、これはグイネヴィア様の降嫁の許可が出るまで、他の縁談から逃れるためにイルモーロ様はスーペルビアを敢えて離れていたせいですが。王家も影響力の強いインヴィディアの不興をわざわざ買うことはしないでしょう」

「そうなのね」

「さ、そろそろ魔力も整ったみたいさね。じゃあ、魔法陣に乗ろうかね」


 既にマーヤは総督子として扱われている。総督子とその側近団の移動には、魔法転移陣の使用が許されている。

 彼ら4人は転移陣に乗り、そして粒子となって消えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る