第19話 テスト結果

 並べられた答案用紙を見て、フェルカムは声を失くした。

 マーヤの教育はリヒトホーフェン伯家で行われる。その前にざっとでもどの程度の水準に達しているのかを調べるために、フェルカムはいくつものテストを用意していたが、歴史、文学国語、数学に関しては、マーヤは満点を叩きだしていた。

 12歳の水準の問題で、ではない。

 それは余りにも軽々とマーヤはクリアしたものだから、どんどんレベルを引き上げてみたところ、なんと貴族学校の最終学年次の問題ですら、マーヤは満点を叩きだした。


「だから言っただろう。マーヤ様の優秀さは単に平民と比べてじゃないんだって」


 勝ち誇ってブランシェットは言う。

 礼法はさすがに満点と言う訳にはいかなかったが、マーヤは既にコツを掴んでいる。12歳の総督子としては十分な水準である。

 マーヤにしてみれば、最高学年の問題であっても、例えば数学は、記述方法はもちろん地球とは違ってはいるが、だいたいが中学生レヴェルだった。最高難易度の問題でさえ二乗を伴う連立方程式くらいで、大学入試試験で勉強していたマーヤからすれば、まったく歯ごたえが無い。

 歴史のような基本的には暗記科目ですら、たくさん本を読んでいたマーヤにとってはお手軽科目だった。


 魔力の制御、魔法、魔術式の構築などは、これから学ぶ必要があるが、そもそもこれは貴族学校で初めて教えられる教科であり、12歳時点で何も知らなくても何のハンディでもない。


「リヒトホーフェン伯家でも教師の準備を進めているはずですが、断らなければならないですね」


 フェルカムはそう言った。

 単に学力的に不要だというだけではない。マーヤの規格外さを当面は内密にする必要がある。


「私は来年から貴族学校に行けるかしら?」


 マーヤがそう言ったのには、フェルカムは驚かされた。


「マーヤ様がそんなに貴族学校に行かれるのをお望みだったとは思いませんでした」

「そう言う訳ではないけど…どうせ行かないといけないなら、みんなと一緒がいいわ」


 マーヤこと北条真綾は芸能人だったので、小学校にはきちんきちんと通っていたわけではないが、一応籍はあり、時々は登校することもあった。毎回毎回、転校生のような異物感。すでに学級内はいくつものグループが出来上がっているのに、毎回気を遣わなければならない心細さ。

 あんないたたまれない思いは今度の人生ではしたくないのだ。


「マーヤ様の成績ならば問題なく、最初から入学できますよ。別の意味で問題があるかも知れませんが…」

「いいじゃないか出来ないよりは出来たほうが。座学が十分なら、その分、魔力制御に時間をかけて貰えばいいだろう」


 ブランシェットがそう言う。

 魔力制御は、文官の管轄だが、こちらも試してはみたが、まあまあ予想通りと言う程度である。魔力の少ない下級貴族ならば十分だが、上級貴族でも魔力が膨大なマーヤでは、とても満足できる水準ではない。


「まあでも、あくまで結果論だが、ドラゴンを斃した時以外は、マーヤ様は魔力を暴走させたことは無いのだからね。なかなかできることではないさね」


 それはおそらくマーヤにとってこれが二度目の生であるため、見た目以上に大人であるせいだ。精神年齢が幼いほど、感情の暴発が起きやすい。魔力はそれに引きずられて暴走する。もっとも、幼いうちは暴走したところで普通はたかが知れているのだが。


「テクニック自体はまだ不十分なんですけどね。よっぽど精神が安定しているのか…」

「それって私が年寄りみたいだってこと?」


 マーヤが敢えて冗談を言えば、フェルカムは、


「い、いえ、そういうことでは」


 と露骨に慌てた。その姿がおかしくてマーヤは笑い、ブランシェットもゼックハルトも笑った。

 少しずつこうやって距離を縮めて行けばいい。マーヤはそう思う。


 次に教師役になったのはブランシェットだった。


「まあこれは外交術とでも言おうかね。補佐役として側仕えがついているわけだから、分からないことは側仕えに聞けばいいのだけど、おいおいある程度は頭に入れておかないとね。誰が誰とどういう関係なのか、縁戚関係はどうなのか、収入はどうなのか、相続と継承はどうなのか、どう言う利害関係があるのか。出来るだけ多くの人の情報を覚えて、適切に使いこなしていかなければいけないよ。と言ってもね、これも向き不向きがあるから。マーヤ様はおそらく出来るだろうよ。グイネヴィア様もこの辺は完璧だったからね。ヴィクトリア様は ― あんまりお出来になられなかったね」


 スーペルビア内の人間関係はもちろん大事だが、他属州のことも知っておく必要があると言う。


「マーヤ様は、数代前のインヴィディア総督の曾孫になるから、貴族学校ではたぶんインヴィディアが接触してくるだろうね。マーヤ様が優秀なら、何ならばインヴィディア総督子として迎え入れようくらいは言ってくるかも知れないさ。あそこはとっかかりがあるなら他属州のめぼしい人材にすぐ手を伸ばしてくる」

「インヴィディア? 全然ピンとこないわ」

「まあ、マーヤ様がスーペルビアを離れることはないだろうけど、適当にあしらいつつスーペルビアの利も得るようにしなければならない。それも総督子の務めだよ」


 ブランシェットの説明で大体わかってきたが、社交と言っても「おほほ」と笑っていれば済むと言う話では無く、どうも外交的な能力が、総督子には要求されるようだ。


「総督はだいたいが総督妃の所生だ。つまりは、母方の実家は他属州の総督家である場合が多い。ところが今の総督様は第三夫人の所生だし、他属州にはめぼしい血縁はいない。スーペルビアは今は外交的には孤立しているのさ」

「だから総督妃を迎え入れればかなり状況は改善するのですが…」


 フェルカムが言う。


「ウォルフガング様を嫡男から外したくないから、総督妃を迎え入れられない、そうよね?」

「そうだよ、マーヤ様。イルモーロ様のお母上は姉妹がとても多い人だったから、インヴィディアの血は各属州総督家に入り込んでいる。そしてあなた様の黒髪は、インヴィディアの血を明確に示している。嫌でも、あなた様が、貴族学校での総督子外交の表に立つことになるだろうね。そうなるとウォルフガング様との兼ね合いが…」

「ウォルフガング様には他属州の総督一族にご親戚はいないから、社交的には不利だ、と言うことね」

「その不利を補おうとした場合、ガレアッツォ様がどう出て来るか…」


 ブランシェットは思案顔になる。


「マーヤ様がことのほか優秀だと知れば、間違いなく総督様は、マーヤ様とウォルフガング様を婚約させようとするでしょう」


 フェルカムが言った。


「ええ!?」

「マーヤ様、そうすることによって得られるガレアッツォ様の利益は何だと思いますか?」


 テスト官の顔になって、フェルカムが言った。


「魔力が多い私をスーペルビアにつなぎ留めておくことが出来る」

「それも大きな利点の一つです。他には?」

「スーペルビア総督家内の継承問題を解消できる…かしら?」

「そうですね。マーヤ様が本家でガレアッツォ様とウォルフガング様は分家です。分かれれば対立が起きる可能性がありますが、マーヤ様とウォルフガング様が婚約すれば結局は同じ利害同盟になって、対立が昇華されます。他には?」

「総督子の女性は他の属州に嫁ぐことが多いならば、私がもし他属州に嫁げば、私が本当は王女であると言う秘密が他属州が知ってしまう可能性が生じる」

「素晴らしい。よくそこにお気づきになられました。この問題がどう言う形であれ王家や他属州に知られれば、スーペルビア単体では制御できなくなり、巻き込まれてしまいます。この意味でも、総督様はマーヤ様を他属州に縁付かせる気はまったくないでしょう。でも、先にウォルフガング様と婚約しておけば、他の属州がマーヤ様に接近するのをある程度は防げるはずです。もうひとつ大きな理由がありますよ」

「なにかしら…分からないわ」

「インヴィディアのコネクションに連なっているマーヤ様を婚約者とすることで、総督たちの人的コネクションにウォルフガング様も連なることが出来るということです。総督妃の所生ではないウォルフガング様はおそらく一段も二段も低く見られるでしょう」

「私もリヒトホーフェン伯家の血筋になると言うなら、総督妃の子ではないわ」

「ですが、イルモーロ様を介せばインヴィディアの血統です。ウォルフガング様にはそれすらありません。おそらく貴族学校の社交において、マーヤ様は総督家同士の小規模なパーティーに招かれるでしょうが、ウォルフガング様は招かれないでしょう。婚約者ならばどうしたって一緒に招かれますから」

「たぶん、ウォルフガング様との婚約は避けられないね」


 ブランシェットがはっきりと言った。

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