里帰り

Twitter300字SS第45回お題「帰る」より(300字、改行・スペース含めず)


 車から降りると、夏の太陽に焼かれた風から歓迎を受けた。頬が暑い。


 でも、その風の中に懐かしい草木の匂いを確かに感じて、自然と口元が緩んだ。故郷の匂いだ。


 暫く眼下に広がる景色に見入った。両親は既に鬼籍に入っており、生まれ育った家ももう残っていない。目の前に広がる光景は、記憶の中の場所とは似ても似つかぬ姿に変わってしまった。大切な故郷はもう、失われてしまった。そう言われても仕方のない現状。


 それでも。


 ここは確かに故郷であり、帰ってくるべき場所なのだと思う。だから胸を張り、大きな声で今年も言う。


「ただいま!」


 そう叫べば。


「お帰りなさい」


 まるでそう言ってくれているように、ダムの水面がゆらりゆらりと揺れた。


【了】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る