第67話『ワケあり転校生の7ヵ月・11』

ここは世田谷豪徳寺・67(さくら編)

『ワケあり転校生の7ヵ月・11』





「戦争反対の『は』の字も言わないで戦争を表現しようとしてるんだ。僕らには、そうやって伝えなきゃならないもんがあるんだ……」


 監督の一言は痛かった……。


「監督、よかったら、こんなのがありますけど」


 CG担当のディレクターが、ネットショッピングの見本を見せるようにノーパソを持ってきた。


「なんだい、動画サイトのサンプルかい。それなら、たいがいのは見たぞ」

「いいえ、仕事柄世界中の同業者と、いろんな資料や映像を提供しあってるんです。ま、プロジェクターに出しますんで、見てください」


 で、どんなものが出てくるのか、興味津々だった。


「え……アハハハ」


 思わず笑ってしまった。


「バーター交換で出した、ボクの資料です」


 それは、結果的にはなんのCMか忘れたけど、こんなの。

 四五歳の男の子達がタオルを持ってお風呂にフルチンで行進。仲良く湯船に浸かるところまではニコニコ。

 でも、途中で一人の男の子の側にポカンと泡が立つ。次の瞬間、他の子たちは男の子から離れ、浴槽の隅に固まって、泡の原因になった男の子をジト目で睨んでる。泡の原因になった子は「だって、しかたないもん」という顔で湯船に浸かっている。


「このCM覚えてるよ。たった15秒で、世界中を笑わせた名作。ただ、なんのCMか忘れてしまうのが欠点だったけどな」

「これ、45年前の世界CMグランプリで優勝したやつなんですけど、原版が無くなってて、ボクが見つけてリマスターしたんです。で、ユーゴの友だちが送ってくれたのが、これです……」


 それは、ユーゴの内戦当時の映像だった……と言ってもユーゴの内戦なんて知らないから、あとでディレクターに説明してもらったんだけど。


 不安そうに、街の道路沿いの塀に身を隠す人たち。女の人や子ども、それにお年寄り。若い人も少しは混じっていたけど、みんな身をかがめ寄り添いかばいあっている。


「そう……空襲警報が出て、防空壕に入ったときなんか、こんなだった……」


 所作指導のオバアチャンが呟いた。


 しばらくすると、爆弾が落ちてくる音がし始めた。みんな、これ以上できないくらいに体を小さくし、お母さんは、まるで、もう一度自分のお腹の中に戻すように子どもを丸抱えにしてお腹に押しつけていた。祖父であろうか、その上を母子共々に覆い被さるようにして目を閉じている。臆病そうなおじいちゃんだけど、その姿は崇高だった。中島みゆきの『地上の星』を思い出した。


「この爆弾は、落ちてきませんよ……ヒューヒューっていうのは遠くに落ちる爆弾、まだ大丈夫」


 オバアチャンの言うとおり遠くで爆弾が炸裂する音がした。それが二三回したあと、今度は蒸気機関車が空から走ってくるような音がした。


「あ……」


 オバアチャンは、思わず腰を浮かせた。画面のお祖父ちゃんは悪魔を呪うような顔を空に向けた。お母さんと子供たち、背景の市民の人たちが、アナログの画面を通しても震えているのが分かった。


 そして、次の瞬間画像が乱れ、一面もうもうとしたホコリ、砂煙、そして舞い上がった小石や何かの断片がパラパラと落ちてくる。

 画面は横倒しになったまま動かない……やがてホコリがおさまると、倒れた人たちが縦になっている……?


「これ撮ったカメラマンは即死だったそうです。でも、奇跡的にカメラは無事で回り続けていたんです」


 みんなが縦になっているんじゃない。カメラが持ち主の手に握られたまま横倒しになっているんだ。


「思い出したわ、七十年ぶりに……最後の爆弾が落ちてくるとこ、音だけください」


 オバアチャンは、スタジオの真ん中で、七十年前の自分を再現した。誰かと抱き合うようにしてオバアチャンは小さくなってしゃがんだ。そして爆発の音と共に固まってしまい、ゆっくりと起こした顔は蒼白だった。


「大丈夫ですか、小林さん……?」


 監督が声を掛けた。


「トモチャンの首が無かった……そのおかげで、あたし助かったんだ……」


 小林のオバアチャンは、演技ではない嗚咽を漏らした。


「……すみません。不用意にお見せしてしまって……」


「いいの、これは思い出しておかなきゃならない記憶だったのよ。いっぱしに覚えてるつもりだったけど、自分を守るために忘れてしまっていたのよ……」


 スタジオは声一つたたなかった。


「あたし、やります。今の衝撃が生々しいうちにやってしまいます」


 一発でOKが出た。


「よし、CGのマサカドさんとシンクロさせてみよう」


 あたしは、初めてCGのマサカドさんを見た。しっかりした可愛い女学生だった。今のお人形さんのようなキャラじゃない。違いを探してみた……目と口元が違った。


 良く言えばしっかり、今風にいえば「マジな顔」。でも、それだけでは言い表せないなにかがあった。CGのディレクターはたいしたもんだと思った。あたしは、とても、こんな表情はできない。


「今の小林さんを参考に少し手を入れてみます」

「うん、そうしてくれ」


 あたしは十分だと思ったけど、プロ根性というのは大したものだと思った。


「さくらも、そのプロの一人なんだぜ」


「あ……」


 監督に見透かされた。


「その、バカみたいに分かり易いとこが、さくらの長所だ」


 バカだけ余計……。

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