第55話《あかぎ奇譚・2》

ここは世田谷豪徳寺・55(惣一編)

《あかぎ奇譚・2》





「護衛艦カレーグランプリ イン よこすか」


 三面記事のコラムあたりで、ご存じの方もおられるだろうが、わが「あかぎ」も無謀ながら参加した。

 15隻の艦艇から、各艦ご自慢のカレーの店を出し、お客さんの投票でトップを決めようという、市民との交流を主眼に置いたイベントである。


 これに、なんと「あかぎ」の烹炊長がノってしまった。


「あかぎ」は、船こそ海自で最大最新の護衛艦であるが、それは護衛艦としての能力である。烹炊にかけては、古い艦の方に分がある。


 海自のカレーは旧海軍の伝統を引き継いだもので、その目的は、曜日感覚が鈍くなる海上勤務で、曜日感覚を無くさないため、海自の各艦は、金曜日のメニューはカレーと決まっている。


 で、百年あまり続けていると、単なる習慣を超えて、ほとんど軍事機密。各艦で独自のレシピがあって、部外秘になっていることが多い。


 自然艦齢の古い艦ほど、磨きが掛かっていて、レストランで言うと、そこらへんのファミレスと、戦前から続く老舗ほどの違いがある。


「勝負はともかく、乗員の士気を高めるには、杉野君の結婚と同じくらい効果がある」


 艦長の決裁で決まってしまった。烹炊科のメンバー始め、乗組員はみな張り切ったが、オレはいやな予感がした。


――オレと杉野曹長はかり出される――


 杉野曹長のカミサンは某放送局の美人アナ。でもって、新婚。こないだの結婚式での元大和の乗り組みだったお祖父さんの話は、ネットでも流れ、アクセスはかなりのものがある。放送局が、これにのってこないわけが無い。

 それに、オレの妹は女優のタマゴ。つい先日『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』の映画に脇役ながら主役の親友役として出ることが決まったことでもあり、その線からの脅威も排除できなかった。


「杉野君と、佐倉君も出てくれるね?」


 予想通り艦長は、命じてきた。



「なんで、こんなエプロンなんですか!?」

「はあ、家内が、どうしても、これを付けろと言うものでありますから」


 早くも尻に敷かれた杉野曹長が、カレー色に「あかぎ」のロゴと、なぜか萌えキャラのプリントがされたエプロンを差し出した。


 この日ばかりは、岸壁やら沖に停泊した護衛艦は、ただの背景になり果てている。

 なんと言っても百年の伝統のカレーである。カレーに関しては日本で一番古いのが海自である。開場一時間前には、長蛇の列が出来ていた。


 で、案の定、開場と同時にネットで面の割れた杉野曹長と、そして同じエプロンをした俺の「あかぎ」のテント前に人が殺到した。むろん、その先頭は某放送局である。


「今日は『護衛艦カレーグランプリ イン よこすか』に来ております。こちらが自衛隊最新最大の護衛艦『あかぎ』のブースになります」


 杉野のカミサンであり、看板女子アナである彼女が語り始めると、吉本のタレントが、特徴のあるメガネをかけて、MCになってしまった。


「みなさ~ん。この純子アナと杉野さんは、他人行儀な顔をしてますけど、つい先日ご結婚されたばかりです。今日のエプロンも純子アナのお手製とか。まあ……この胸の萌えキャラは『ガルパン』の西住みほじゃあーりませんか! これ、やっぱり奥さんの趣味ですか?」


「は、家内は陸と海の区別もつかんようで。でも、こういうことは家内まかせですので……」


「ハハ、どうやら『あかぎ』は中辛カレーのようです」


「こちらのイケメンの方が、何を隠そう、今売り出し中の女優佐倉さくらさんのお兄様です。こんにちは佐倉さん。今日は妹のさくらさんは?」


「は、あいつも何かと忙しいようで……」


「忙しいお仕事の一つが、今日の『護衛艦カレーナンバー1グランプリ イン よこすか』のレポートです!」


 なんと、さくらが別のテレビクルーを連れてやってきた。


「今度『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』に出演させていただくことになりました。それを記念して、みんなで『フォーチュンクッキー』一発やっておこうと思います。むろん先頭は、わたしの兄の佐倉三等海尉です。では、はりきっていきましょう!」


 放送局が、いつのまにか設置した機材から、大音量の「フォーチュンクッキー」。あっという間に数百人の踊りの輪になってしまった。さくらのやつは、オレが二尉に昇進したことを忘れててるし……。


 で、扱いこそ、大々的であったが、肝心の勝負は、某潜水艦にもっていかれてしまった。


 艦長の目論見通り、親睦と士気の高揚という目的は、オレの恥さらしという犠牲の上に成功裏に終わった。


 しかし、このほのぼのとした空気は、南西海域への出航任務で消し飛ぶことになる……。

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