第15話【ACT⑮】親友ソッピー

 『水を出す』流出。


 「あは、ははは……」

あんなに泣きじゃくっていたのに、今度は笑えてきてしまいました。

これを使ったところで、一体何が変わるんだろうと思ったんです。

水を出しても、サキエル様のようにその水を操れる訳では無いのですから。

それに、僕がやるべき事とやりたい事はただこの牢獄の中にいる事だけであって、ソッピーの幻覚を水でどうこうしたい訳でも無いのですから。


 でも、あまりにも生々しいソッピーの幻覚には悪いけれど、僕は脱獄なんてしちゃいけない。

だから、あっちに行って貰いましょうか。


 僕は水を出しました。

人間の使う消防車がホースを使って火事を消そうとする現場を見たことが一度だけありますが、あの放水の勢いを――そのまま幻覚にぶつけたんです。

「わっ!?」

幻覚は転倒して、でもその勢いのまま僕は押し流すように威力を強めました。

「何をするんだ!?」

「邪魔……だから」

気付けば僕の足下は既に水で埋まっていました。

そりゃそうです。ここは地下の牢獄なので、水はどんどんと溜まっていくだけなんです。

「止めろゴンベエ!水を止めろ!」

「嫌だよ」

ソッピーの幻覚は泳いで来ようとしますが、それよりも僕の出す水の勢いの方が上でした。

すぐに僕の首元まで水が迫ってきます。

「ゴンベエ!駄目だ!」

幻覚に向けて、僕は笑いました。

「さよなら」

そのまま僕が目を閉じた時、背後で何かが動く気配がして――。




 ……。

気付けば人間界にいました。

何でだろう、としばらく考えていましたが――きっと天界の牢獄なんて使われる事が滅多にありませんから、きっと壁が弱っていて、そこに水圧が加わったから壊れちゃったんだろうなとか、不運にも僕は壊れた所から人間界に落っこちたんだろうなとか、その程度の推測しか出来なかったので止めました。

「……」

全身がびしょ濡れで翼が冷え切っている所為で、天界に戻りたくても飛べなかったので、僕はひとまず近場の公園に歩いて行って、そこのベンチに腰掛けました。

「どうしてかなあ……」

こんな目にあったのにまだ納得だけが出来ていなくて、僕は呟きました。

天界に戻らなきゃいけないのに、そこで僕は永遠にいなくならなきゃいけないのに、それだけがどうしても悲しくて飲み込めなくて。

「――うん?」

ビーッ、ビーッとトーナメント戦の参加者に配られた、あの天使の羽をかたどったバッジが不意にけたたましく鳴り出しました。

『トーナメント戦の各参加者に告ぐ!人間界に逃亡したゴンベエを直ちに討伐せよ!誰よりも早く討伐に成功した者をトーナメント戦の勝利者とする!』


 ――冷え切っていた体が凍り付くようでした。

僕は何も悪い事なんてしていないのに、どうして――。


 『ゴンベエの現在の居場所は人間界の公園である!』


 僕は咄嗟にバッジを捨てて、走り出しました。

逃げちゃいけないって分かっているのに、どうしようもなく怖くなってしまってやみくもに逃げました。




 「見ぃつけた!」

背後から投げられた槍を咄嗟に避けられたのは、たまたまだったのだと思います。

でも、それで僕は運を使い果たしてしまったらしいのです。

「ゼロエル、様」

振り返った先には、誰よりも好戦的な天使であるゼロエル様がいたのですから。

「ゴンベエ君、いけないよねえ?『天界議会』の意に逆らって脱獄して、人間界に逃げるなんてさあ?」

ゼロエル様の『武装の腕アームズ・アーム』はありとあらゆる武器を腕から生み出す『流出』です。

「いけないよねえ?親友のソペリエル君に君を殺させるなんてさあ?だから私にとっても感謝してよねえ?」

そう言うなりゼロエル様は両手に剣を生み出して、それで僕に肉薄して襲いかかってきたのです。

「ここで君をあっと言う間に殺してあげるんだからねえ!」

分かっているんです。

ゼロエル様に言われたとおりに、ここで僕は殺されなきゃいけなかったのに。

なのに、どうして。


 僕は反射的に叫んでしまっていたのです。




 「『ナンテコッタ・コール』!」



 そして、僕が当たった『流出』は――、



 『強力な磁力場を作る』でした。

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