第14話【ACT⑭】VSハニエル戦

 『相手の流出を反射する鏡(10センチ)を作る』流出。

来た、と思いました。

これは僕の使い方次第で、如何様にも化ける『流出』です。


 ハニエル様が『魂の狙撃手ソウル・スナイパー』の『流出』を使って、真っ先に僕の何処を狙ってくるかが問題です。

頭か、胸か。

それとも足や翼を狙うか。

一度に守れるのはどちらか一方だけ。

そして仮に一撃を跳ね返せたにせよ、それだけではハニエル様を倒すための決定打に欠けます。

僕がハニエル様を倒すには、ただ『相手の流出を反射する鏡(10センチ)を作る』ではあまりにも攻撃力がありません。


 僕は、だから、決めました。


 黙って僕が考えを巡らせている間も、ハニエル様は『魂の狙撃手ソウル・スナイパー』を使って、狙撃銃を呼び出しています。

『おおーっ!ハニエル様が狙撃銃を手にしたーっ!!!数多の悪魔共を遠距離から一方的に仕留めてきた、かの狙撃銃だあーっ!これはゴンベエ選手の反応が気になるーっ!』

実況者が絶叫します。

「ゴンベエちゃん、アナタの『ナンテコッタ・コール』は何が当たるか完全に予測不可能だそうですわね?……ですから、悪いけれどこちらの安全圏から仕留めてさしあげるわ!」

そう言うなりハニエル様は天空高く舞い上がりました。

「敗北へ堕ちなさい。『魂の狙撃手ソウル・スナイパー』!」


 次の瞬間起きたのは、狙撃銃の暴発でした。

「――」

直撃したハニエル様が声も無く地べたに落ちて、そのまま気絶しました。


 『な、何が起きたあああああああああああああああああ!?!?!?攻撃しようとしたその瞬間に暴発だああああっ!!!ハニエル様が倒れたぞおおおおおおおおおおおおお!そ、狙撃銃の整備不良かあああっ!?』


 「違う!」観戦していたラファエル様が驚いた顔をされて叫びました。「銃の暴発は、ゴンベエ君が引き起こしたものだ!」


 そうなんです。

僕は、『相手の流出を反射する鏡(10センチ)を作る』流出を使って、ハニエル様の狙撃銃の銃口のど真ん前にその鏡を設置したんです。

幾ら鏡を作っても、防戦一方じゃいずれ僕はやられてしまう。

だから、ハニエル様の最初の一撃を、ハニエル様にとっての致命的な一撃にしたんです。


 『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!と言う事は!ゴンベエ選手の!勝ちだあああああああああああああああああああああ!!!!!』




 「凄いな、ゴンベエ!順調に勝っているじゃ無いか!」

ソッピーはまた医務室にいました。激闘の果てに勝ったんですけれど、大怪我を負ったんです。

「ソッピーとの訓練のおかげだよ。こっちこそありがとう」

「早くこの怪我を治すからさ、また特訓しようぜ!」

うん、と僕は頷いて、それから『天界議会』から通知が届いていた事を思い出しました。

「いけない、『天界議会』に行かなきゃ。呼び出しが来ていたの、忘れていたよ」

「うん?ゴンベエを呼び出したりして、どうしたんだろうな?」

不思議そうな顔をするソッピーには悪いのですが、僕にも分からないので首をかしげるしかありません。

「とにかく行ってくるね」

「おう、またな!」




 『天界議会』に行って、届いた通知書を受付の天使に見せると、案内されたのは何と――ミカエル様の御前でした。

ミカエル様は大天使のお一人で、初代の天使長でもあらせられた、本当に凄い御方なんです。ただの天使の僕なんかとは、次元が違うんです。

そんな御方と二人きりだなんて、何だか緊張してきました。やけに喉が渇いてきます。

「君がゴンベエ君だね?」

優しい声でミカエル様は訊ねて、微笑まれました。

「は、はい」

緊張のあまりに僕は裏返った声で返事してしまいました。

「なるほど……」

ミカエル様はしばらく何か考えていらっしゃったようですが、

「君は『魔王ルシファー』について知っているかい?」

そりゃ、誰でも知っています。

「はい。元々は一番偉い大天使だったにも関わらず、神様を裏切って天使の3分の1を率いて反乱を起こしたんですよね。その後は地獄に堕とされて、『魔王ルシファー』になったと聞いています」

「そうだ。その通りだよ。だがこの話には続きがあるのだ」

続き?

確か、それでも諦めの悪い『魔王ルシファー』は天界を狙っているとは聞いていましたが……。

窓の方を向いて、ミカエル様はしばらく沈黙していらっしゃいましたが――。

「彼が天使だった時、彼は私の双子の兄だった。『全知全能ゴッドノウズ・オールマイティ』と言う、どの天使にも勝る絶対的な『流出』を持っていた。簡単に言ってしまえば、『何でも出来る』――『出来ない事など一つも無い』流出だったのだよ」

「何でも出来る……」

確かにそれは絶対的と言うに相応しい『流出』です。

「しかし唯一……唯一、兄には出来ない事があった。それが――」

そこでミカエル様は振り返られました。

「『神』になる事だった」

僕は絶句しました。

何でも出来るからって神様にまでなろうとするなんて、傲慢にも程があります。

いえ、だからこそその罪の結果として、地獄の魔王になったんでしょうけれど……。

少し溜息をついて、ミカエル様は言いました。

「マンセマットに調べさせた。君の『ナンテコッタ・コール』には一つの法則がある」

僕は驚きました。

完全に手当たり次第だと思っていたから――今までは実際そうだった訳ですし。

でも、一つの法則って何でしょうか?

そんな法則があるなら、どうして僕が気付かなかったんでしょうか?

――ミカエル様は、じっと僕を見つめました。


 「君もまた、全ての『流出』を扱えるのだよ。否、下手をしたら君は『神』となる事も出来るだろう。それほどの可能性の爆弾を君は所持してしまっている」


 「……は、はい?」

何だかとても嫌な予感がして、僕は身震いしました。

だって、それは――。

「端的に説明しよう。君は『魔王ルシファー』の半身だ。いや、私の兄が『天使』だった時の魂を注ぎ込まれて作成された、『魔王ルシファー』が『神』を打倒するための『堕天使ルシファー・アバター』なのだよ」


 何を言われたのか全く理解できなくて、僕は唖然としていました。

少し理解できたら、愕然としていました。

それがじわりじわりと絶望に変わっていくのに、大した時間はかかりませんでした。


 「君がライラの企みでトーナメント戦に参加しなければ、その『ナンテコッタ・コール』が日の光を浴びなければ。誰も気付かないまま兄の計画は進展し、『神』は打倒されていただろう……」

嘘だ。

頭を抱えて僕はうずくまりました。


 僕はただの天使のゴンベエだ。

孤児で、いじめられっ子をやっと卒業できたばかりで、ソッピーの一番の友達の――。



 「君は破壊されなければならない。残酷な事を告げるが、君が存在している限り『神』の存在が脅かされ続けるのだ。それは天使にとって決してあってはならない事だ」

「……そんな」

怖くて悲しくて、それ以上にどうして僕なのか訳が分からなくて、僕はぐちゃぐちゃの気持ちでミカエル様を見上げました。

ミカエル様は、威厳のある――もはや無慈悲な顔で僕を見下ろしていました。

「抵抗するならばソペリエル君も巻き添えにせねばならない。――分かってくれるな?」




 牢獄の中に放り込まれて、その床が信じられない冷たかったので僕はようやく我を取り戻しました。

「……何が何だか、分からないよ」

でもたった一つ分かっているのは、僕が逃げようとしたら代わりにソッピーが何をされるか……それだけです。

薄暗い牢獄は酷く静かで、あまりに静かなので耳が痛くなってきました。

ただし、ここがもう一度煩くなったら――とうとう僕のお終いがやって来たって事ですから、それもそれで怖くてたまりません。

地獄ってここなのだろうか、と震えながらつまらない事を考えたりもしました。


 僕が悪い事をして、それで牢獄に放り込まれるなら理解も出来るんです。

何より、納得が出来ます。

でも――僕は、本当に何もしていないのに!



 「ゴンベエ!」



 だから、僕は幻覚を見たんだと思ったんです。

あれだけの怪我を負っているソッピーが、絶対にここに来られるはずが無いから。

なのにその幻覚は、牢獄の鍵を開けようと四苦八苦しているんです。

「おいゴンベエ、逃げるぞ!ボーッとするな!泣くのは後だ!」


 駄目なんです。

 それだけは出来ない。


 だって僕がここから逃げてしまったら、ソッピーの本物が――。

僕は叫びました。

いつの間にか泣いていたので――ああ、バカみたいに、小さな子供みたいに泣きじゃくりながら。




 「『ナンテコッタ・コール』!」



 そして、僕が当たった『流出』は――、



 『水を出す』でした。

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