第32話『チサちゃんの墓参り』

妹が憎たらしいのには訳がある・32

『チサちゃんの墓参り』    



 日ごとにチサちゃんは変わってくる。


 チサちゃんは向こうの世界の幸子で、ひいひい祖父ちゃんの一人が違う(向こうの世界では、新潟に原爆が落とされ、源一というひいひい祖父ちゃんは亡くなっている)けども、五代もたつと、ひひ孫になる幸子とチサちゃんのDNAの違いは6・25%に過ぎず、見た目には、まったく区別がつかない。だから、こちらの世界で保護するときには、髪を短くしたり眉の形を変えたりしたが、挙措動作はまるで同じ。幸子がプログラムモードのときなど、薄暗がりだと区別がつかなかった。


 それが、最近微妙に変わってきた。


 例えば、ティーカップを持つときに小指を立てるようになった。呼びかけて振り返ったりすると微に小首を傾げて、幸子とは違った可愛さになる。念のため、幸子が可愛いのはプログラムモードのときだけ(俺以外の第三者がいるとき)で、本来のニュートラムモードでは、あいかわらず愛想無しの憎たらしさである。ま、幸子本来の神経細胞は数パーセントしか生きておらず、うまく感情表現ができないのは仕方がないのかもな……と思ってもムカつくけどな。


「お父さんのお墓参りがしたいんです」


 チサちゃんが言い出した時は驚いた。チサちゃんの記憶は全てがバーチャルである。甲殻機動隊の担当が元ゲ-ムクリエーターで、そいつが創り上げたもので、バーチャルであるための不足や、矛盾が当然ある。

「ここがお墓。この日曜日が四十九日だから」

 ウェブで検索したら、《佐伯家の墓》というのが実際出てきた。


『その程度のことなら、もうバーチャル処理済みだ』


 里中副長の一言で墓参りに行くことになった。


 半分ピクニックみたいなお気軽なもの……それはチサちゃん自身の提案。幸子の企画で、筋向かいの佳子ちゃん優子ちゃん、バンドのみんなに里中副長親子、その他まで付いてきた。

「おい、あれ、ナニワテレビの車じゃないのか?」

 こちらは、今やちょっとしたスターになった幸子の取材で追っかけてきている。最初のサービスエリアに着いた時は、うちの車、高機動車のハナちゃん、レンタルのマイクロバスに、放送局と四台も車が並んでしまった。


 お墓は高台の墓地の一角にあり、真新しいオブジェのような墓石が建っていた。


 佐伯雄一というのが、チサちゃんのお父さんということになっていて、親父とは従兄弟ということになっている。

 ナニワテレビのクルーも含め、みんなでお墓に献花し、本来なんの関係もない佐伯雄一さんの四十九日の法要を勤めた。里中副長が僧侶の資格を持っていて、導師を勤めてくれる。

「お父さんて、いくつ顔持ってんの?」

「資格だけで五十八。あと、わたしのCPに登録されていないものも幾つか……わたしにも分かんない」

 ねねちゃんは、にっこり答えた。ああ、この笑顔が青木拓磨をメロメロにしたんだなあ……俺自身、ねねちゃんのCPにインストールして、一日使っていた義体なので、なんとも懐かしかった。拓磨は、ねねちゃんのガードと称して、くっついてきているが、さすがにちょっかいは出さない。ねねちゃんを見る目が、女の子へのそれではなく、なにか師匠を見るような目になっている。

 

 目というと、俺がねねちゃんと喋っていると、佳子ちゃんと優奈の視線を時々感じる。この視線は、のちのち面倒の種になるのだけど、鈍感な俺は、まだ何も気がついてはいなかった。


 献花の途中で墓石の横を見ると、佐伯雄一の名前の横に佐伯千草子という名前が彫り込まれて赤く塗られていた。これは将来、チサちゃんもこの墓に入ることを意味していて、さすがにやりすぎだろうと感じた。


 あとは、墓場を少し下ったところにあるキャンプ場で焼き肉パーティーをやった。ナニワテレビは気を利かしてカラオケのセットを貸してくれて、カラオケ大会になった。むろん抜け目なくカメラを回し、セリナさんは、ちゃっかり幸子の独占インタビューなんかやっている。


 あちこちで盛り上がっていると、肝心のチサちゃんが居ないことに気づいた。さっきまでいたのに……。


 チサちゃんは、墓場からつづら折れになった小道が下りきった葉桜の側にいた。

 側に寄ってみると、木の向こうの誰かと話している様子だった。

「チサちゃん……」

 声を掛けると、チサちゃんが振り返る。木の向こうの人も顕わになって振り返った。


 その人の姿に見覚え……それは、墓で眠っているはずの佐伯雄一さんだった!

 



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