参
「先生」というのは、本当に教師のことだったらしい。
僕が通っていたのとは違う、見慣れない大学の校舎の中。重厚な木の質感が残る歴史のありそうなその場所は、古い建物によくあるように薄暗い廊下がのびている。開け放たれた入り口の向こうにだけ冬の弱い日光が降り注いでいるようだ。
けばけばしいネオンから静謐な暗闇への暗順応はすぐに完了した。
夜の街からこんなところにとんできて、どうしたもんかと呆けているぼくのほうへ、見慣れた人影が歩いてくるのが見える。
行く先にひょいと現れたぼくに対して、ジーンは「おう。」と友人にでも会ったかのように手を挙げた。
「よくここがわかったな。」
「ああ。」
適当に答える。きっとジーンなら「なんかとべた」というアバウトな話すら信じてくれそうだが、手の内をすべてひけらかすこともなかろう。
「先生に話聞きに来たのか?」
「まあ、暇だしね。」
ジーンに聞いたところでもったいぶって何も言いそうにないしな。
飲み込んだ言葉はもちろん伝わらない。ジーンはぼくが立っていたところから一番近い場所にある扉を開いた。鈍い光を放つプレートには先生の名前が書かれていた。
「野中研究室」
拍子抜けするほどに、普通だ。
中は珍しいことに紙の本であふれていた。いつ崩れてもおかしくないほどうず高く積まれている。ジーンは器用にその間を歩き、奥のほうへと向かっていく。
ぼくは何度か失敗して、本の塔を透りぬけてしまった。
「先生、お客ですよ。」
ジーンの後ろから顔を出す。
奥まったそこだけは、本ではなく紙があふれていた。中空に表示されたモニタも合わさって、情報密度が濃ゆい。
「……ああ、牧下君。おはようございます。」
メガネをかけ、長髪を後ろで束ねたその人は柔和な笑みでジーンを、そして、ぼくを『見た』。
「おやおや。珍しいお客人ですね。――はじめまして、野中といいます。」
先生を見てぼーっとしていると、ジーンの視線を感じた。慌ててぺこりと頭を下げる。
「はじめまして……。遠野壇です。」
ぼくの名前を聞いて、先生は少し、目を細めた。
勧められるままに応接セットのソファに座る。先生もジーンもこの部屋もまとう雰囲気は文系なのに、ぼくだけ着古した白衣という理系丸出しの格好で浮いていた。
先生はぼくに配慮してか、それともいつもそうなのか、特にお茶を出すでもなくぼくの向かいに座る。
「で、用件はなにかな。」
「先生が俺たちに調べさせていること、知りたいんだってさ。」
間髪入れずにジーンが言う。
「……おい。」
「なんだ?」
「そういうことはぼくから聞くべきだろう。」
「いいじゃないか。こっちのほうが手っ取り早い。」
ぼくらの言い合いを聞いて、先生は「ずいぶんと仲がいいんだね。」と微笑んだ。
「昨日会ったばっかりですけどね。」
「……へえ。」
先生はジーンのほうを見る。
「相変わらず、あちら側への好奇心だけは一等強いようですね。」
「仕方ないでしょう。性分です。」
「いつも言っていますが、気をつけてくださいよ。肩入れしすぎれば――。」
「そのうち俺も、ダンと同じ方へ、っていうんでしょう。」
先生の心配そうな顔をよそに、ジーンはにやり、と口の端を上げる。
「人間、結局はそうなります。それが遅いか早いかの問題です。」
ぼくは彼の考えに何も言えずに視線を泳がせる。確かにそうかもしれないけれど。
それは、生きているからこそ出る言葉だ。
実際こうなってしまってから、同じことが言えるだろうか。少なくともぼくには口にできない。
先生は慣れているのかふう、とため息を一つついて「それで。」と話題を変えた。
「我々が調べていること、ですか。」
「ええ。」
「どうしてそのことを知りたいと?」
そう言われて、はて、と首をかしげる。
「強いて言えば……暇だから、ですかね。」
先生はきょとん、とした目でぼくを見返した。
「それだけですか?」
「はい。」
「本当に?」
もう一度うなずく。
「……どうやら、本当になにも知らないようですね。」
いつの間にか、その顔に呆れのようなものが浮かんでいる。
ぼくは確信めいた考えを思いつく。
この先生は、ぼくよりもぼくの状況に詳しいのではないか、と。
「遠野さん。あなたは『琥珀派』という言葉を聞いたことがありますか。」
「いいえ。」
なんだろう。新手の文学集団か何かだろうか?
「ここ周辺の大学には学生を中心に集会などで社会への問題提起を行うような集団がありまして。元々はまじめな学生が集まって議論を交わすような大人しい集団だったんですが、最近はずいぶん過激な方向に行っているんです。今中心的な問題となっているのが例の電波塔の件で。」
「電波塔、ですか。」
残念ながらいい思い出がないために顔をしかめてしまった。
「そもそもは『新しい電波が人体に与える影響』について論じていたようなのですが、そこに――なぜか、『新電波を浴びると、人は肉体の枷から自由になれる』というカルト的な噂がからんで、普段は集会に参加しないような人もどんどん取りこんでいったのです。」
「そんな噂があるんですか?」
「ええ。」
「でも、そんな噂に寄ってくる人なんて――。」
「例えば、自殺願望のある大学生とか。」
ジーンが横から口をはさむ。
先生も肩をすくめる。
「いるんですな、これが。残念ながらうちの生徒ですが。」
……なるほど。
「だから、先生が調査をしているわけですか?」
「はい。私は大学や生徒に関わる厄介ごと担当なので。」
先生はジーンを指し示す。
「彼らには若い人にしか行けないようなところに赴いて、噂の調査や『琥珀派』の動向を調べてもらっています。」
「まあ、基本的にネットで活動するか秘密裏に集まっているかなんだけど、実際の行動はあんまりつかめてないんだよな。」
「ええ。しかし、新電波開放まであと六日なのです。――必ず、なにか行動を起こすはず。」
「それで、その集団が琥珀派?」
「いいや。ちょっと違う。」
ジーンはそう言って情端を出した。
「琥珀派っていうのは、カルト的な噂がささやかれるようになってからできた一派なんだ。うちの学生もそっちに参加しているみたいでさ。」
「本気で、体から解放されるって信じてるのか?」
そもそも、『体からの解放』というのはどういう意味なのだろう? ただの死なのか……それとも。
ぼくのようになることなのか。
可能性としては捨てきれない。
「そんなことを考えるくらい思いつめてるんじゃないのか。本人は。」
ぼくの前に情端がさしだされる。
そこには一枚の画像が映し出されていた。
「これは?」
「琥珀派の考えのもとになった噂に一番近い人物で、派閥の名前の由来にもなった女性だよ。参加者からは教祖みたいな扱われ方をしてるみたいだ。」
その写真には見覚えがあった。
黒か茶色が多いこの国の中では異質な、色の抜けた髪。確かに琥珀に近いかもしれない。その髪をおしげもなくショートカットにしている。
ぼくは無意識に情端に触れた。トリミング加工がしてあるのかその写真には彼女しか映っていなかった。
けれど、ぼくは知っている。その隣に童顔の男がいることも、他にもたくさんの人が写っていることも。
その人は、ぼくのよく知っている「はず」の人。
「みんなが呼んでいた名前は――。」
ジーンの言葉を最期まで聞かず、呟く。
「――カノン。」
その友人のことを、ぼくはよく知らない。第二義務教育からの付き合いということは相当の時間を共に過ごしていたはずなのに、どうしてか彼女のことは覚えていなかった。
……いや。そもそも覚えていたことのほうが少なかったか。
「やはり、お知り合いですかな。」
野中先生は、どうやらそのことを知っていたらしい。
「……自分が『こういう』ふうになってから、生きていた時の記憶は曖昧でして。かろうじて、友人だったということは知っています。」
「なるほど。」
それから先生は少し口ごもってから、
「ちなみに、そうなった原因をうかがっても?」
ああ、それならわかる。
ついこの間「見た」から。
「電波開放の日……二月十四日の夜、ぼくは撲殺されます。犯人はわかりません。角の向こうにいて見えなかったので。」
「それはどういう……?」
「見たんです。ついこの間。二月十四日の夜に。」
先生の顔が少し青ざめたような気がする。ぼくは気にせず、端的に事実を告げた。
「ぼくは二月七日から二月十四日までの一週間を繰り返しているんです。とはいえ、自覚してからこれが二回目の二月八日なんですけどね。」
二人からの応答はなかった。そりゃあそうだろう。タイムリープなんて空想の世界の話だ。過去のSF作家が考えたような未来はまだ来ていないのだし。
「どうしてこうなったのかまったく理由はわからないのですが、カノンが電波塔に関わっているというなら、もしかしたらぼくの死因と関係があるのかもしれないですね。」
「……そうですね。」
先生はにわかに椅子に座り直し、「どうだろう。」とぼくに問いかける。
「気になるなら、調べるついでに牧下君たちに協力してあげてくれませんか。こちらの持っている情報は出しましょう。」
願ってもない話だった。むしろ。
「そのために接触してきたのかと思ってましたよ。」
その言葉をジーンが鼻で笑う。
「偶然に決まってるだろ。」
いや、そんなに誇らしげに言われても。
ぼくらのやり取りをほほえましく見ていた先生は、ちょっと肩をすくめる。
「それに、保住花音と同じくらい、あなたも謎に包まれた人ですからね。いまだにどこで何をしていたのか、足跡が全くつかめないんですから。」
「ぼくのことも調べていたんですか?」
「ええ。なにせ保住花音と付き合いのあった、いわゆる友人として名前が挙がっているのはあなただけでして。」
そんな情報、どこで手に入れてくるのか……。まあ、死んでしまってからでは個人情報にとやかく言ってもしかないのだが。
「ちなみに、ぼくって最近何をしてたんです?」
「足どりが追えたのは去年の夏までです。大学を出た後数年は研究者として働いていたようですが、その後は海外を転々としていたようで。そのあたりから詳しいことはなにも。」
なるほど。記憶にはないが、ぼくってそんなにアクティブなやつだったんだな。
「でも、一週間後に殺されるってことは、今はこの国にいるんじゃないか?」
「たぶん。もしかしたらカノンとも接触してるかも。」
ジーンはそれを聞いて、ぴくりと肩を震わせた。
「……生きてるダンが琥珀……ホズミカノンと接触しているなら、俺たちがそいつを見つければ、お前が死ぬことを回避できるんじゃないか?」
「は?」
突拍子もない言葉に、ぽかんと口が開いてしまった。
「生きてるうちにダンを見つけるんだ。で、俺らで死なないように保護する。そうすれば幽霊になることもないだろう?」
「そうかも、知れないけど。」
ジーンの考えは、きっと正答だろう。でも、それはとても受け入れがたい答えだった。
なにせそれは、古今東西、様々なSF作品で論じられるテーマに通じるから。
「おそらく、タイムパラドクスが起きますね。」
ぼくが思い浮かべたことを、先生も考えたらしい。
「君が生前の彼を助けたとして、おそらく今目の前にいる『遠野壇』は最悪消滅するだろうね。死んだという事象が消えるわけだから。」
そう。「ぼく」が生きたままになるなら、死んでいる今の「ぼく」は存在しないことになる。まあ、世間一般的に言えばそれが最良なんだろうが。
「ぼく個人としても、生き返ろうだなんて、そんなおこがましいことはしたくないかな。」
たとえそのチャンスがあったとしても、ぼくにとってはもう過ぎ去った過去なのだ。
「ぼくはもう死んでるんだから。」
「……チャンスを棒に振るのは、どうかと思うぞ。」
全否定されたのが不満なのか、ジーンはじっとりとぼくをにらんだ。
まるで駄々をこねる子供のようで、ぼくはおもわず口元をほころばせた。
「ぼくの話は置いておくとして、カノンには会いたいな。まだ思い出していないことも多いし。」
おそらく。
「あいつに会えば、なにか思い出す気がするんだ。――だから、協力してくれよ。」
ジーンは複雑そうな表情で、ゆっくり息を吐いた。
「俺はまだあきらめてないからな。」
「いいよ。好きにするといい。」
先生があっさりとジーンの言葉を肯定したぼくを不思議そうに見る。
気づいていないんだろうか。SF作品でよくある、もう一つのケース。
たとえジーンが生前のぼくを助けられたとしても、それが直接ぼくのループを止める要因にならない場合。
まだ別の世界で、ふりだしから始めることになるかもしれない、その可能性は、きっとジーンがぼくを助ける確率よりも高い。
先生と話した日の、夕方。
待ち合わせに現れた少女は学校帰りらしく制服を着ていた。丈の長いコートに短いスカートはほとんど隠れている。
アカネは虚空を見つめるジーンを見て、同じ方向を見た。
つまりはぼくのいる方を。
「まだいるの? ダン。」
「ああ。」
バーチャルの中ではないからぼくの声は届かない。
黙って肩をすくめるぼくの横で、ジーンが答える。
「先生に言ったら連れて行ってやれって。」
「へえ。そうなんだ。」
アカネはてんで見当はずれのほうに手を振った。
「ま、よろしくね。」
なんだかこの間よりも淡白な気がする。
「それより行くんでしょ、いなくなった大学の人の、友達のところ?」
「そうだった。待ち合わせに遅れないようにしないとな。」
ジーンは野中先生から来たメールを情端で確認しながら歩き出す。
ジーンたちが探しているという、彼らの大学の生徒。自殺願望があって、カノンがなにやらごたごたとやっていることに関わっているらしい。
その生徒の、友達。足取りを何か知っていないか聞くらしい。
「これでその友達の家にでも転がりこんでいたらいいんだけどな。」
「そんなに簡単に終わるかよ。」
突然一人でに返事をしたジーンを、アカネがため息交じりに追いかける。
「もう、わたしといなかったら不審者なんだから。」
「助かってるよ。」
くしゃくしゃとアカネの頭をなでるジーン。彼女は猫みたいにジーンの手をひっかいた。
「子ども扱いしないでよ、もう。」
「まだまだ子供じゃん。」
「あーもう、うるさいなあ。」
むっすりとした顔。発言からしても年相応といった感じだ。夜にあった時のほうが大人びていた気がする。
それだけ背伸びをしていたのかもしれない。
「その人、名前は?」
「森川……ゆいな、だったかな。」
「ここの大学の人?」
「いいや。東峰大学の人。」
その後ジーンが口にしたのは、聞き覚えのある大学の名前だ。
ぼくの母校。ついこの間も行った。ジーンの学校からは電車で三十分くらいかかる。
アカネは、
「へー、頭いいんだ。」
とジーンの情端をのぞきこむ。
「そこ倍率も偏差値も高いんだよ。」
「じゃあお前は行けないな。」
「そんなことないよ。ぎりぎりB判定くらいだよ!」
高等部時代、A判定しかもらっていなかったことを思い出したので何も言わない。
「ジーンなんてもっといけないから!」
「俺はここで満足してるからなあ。」
軽く後ろを振り返りながら、ジーンは門をくぐる。
目の前には駅の入り口がぽっかりと口を開けている。たわいもない話をする二人を見ながら、一緒に電車に乗りこむ。
動き出した電車の中で、そういえば、とどうでもいいことを思い出した。
昔読んだ小説で、遠くへ行く友達を見送りに来た女の子の目の前で、友達が列車から手を振って、そのまま列車と共に去らずに残っている、というシーンを読んだことがある。
友達は幽霊だったのだ。
かくいうぼくは、無事に電車と一緒に動いている。おそらくそのまま留まることもできるのだろう。けれど、しない。いざとなれば公共交通機関を使わずにいっしゅんで移動することもできるけれどする気はおきない。
隣に立つ二人の会話に耳をすませる。
幽霊らしくなってしまえば、この二人と過ごす時間は失われてしまうから。
案外、ぼくはこの状況を楽しんでいるようだ。
相変わらずの母校の、あまり行ったことのない校舎のほうへ行く二人の後を追う。
総合大学であるからして、自分の学部の校舎以外に行くのは稀だった。せいぜい学園祭の時くらいか。
たどり着いたのは賑やかなカフェの脇にひっそりと建つ建物。その裏にまわりこんだところにある小さな庭だった。
確か、文学部の所有している場所だったか。
物好きな初代理事長がモネの睡蓮が好きで、それを再現しようとしたものの、池を作る資金がなくて橋だけ不自然に作られているはずだ。
理事長と友人だったという担当教授が言っていたから間違いない。
きょろきょろと見回せばたしかに橋があり、池はないものの、下に広がる野原が水面のように草を揺らしている。
ジーンたちは橋に近づいていく。たもとに置かれたベンチに座る人影が見えたんだろう。
歩いて行くうちにその姿がぼくにも見えて――、すぐに物陰に隠れた。
二人はぼくになど気づかず歩いて行く。
人影も二人に気がついたのだろう。読んでいた本を置いて、立ち上がる。遠目にも華奢なのがわかる。
落ちかけた陽に照らされる、見慣れた顔。まぶしそうに目を細めて、一歩ジーンたちにふみだす。
「――森川さんですか。」
「はい。」
静かな声。冷たすぎてどこか怒っているようにも聞こえる。
「あなたたちが、真弓を捜してくれているんですよね。」
けれど、どこか切実さを秘めているような。
ぼくと喋っていた時とは違う、表情豊かな声。
そこに立っているのは、(ぼくにとって)先週よくしゃべっていた「彼女」だった。
「真弓とは高等部の頃からの友達で、そのころから家庭環境が複雑なことは聞いていました。親の愚痴をよく言っていたので。」
知っているよりも饒舌な彼女の声を、物陰から聞く。
顔を見れば思い出すのはあの夜の事。
月光草の話をしたことも、夜の散歩に行ったことも。いい記憶もあるのに、電波塔の近くで青ざめた顔で倒れこむ彼女の顔が頭から離れない。
「最近はどうでした?」
「……それは。」
少し口ごもる彼女……いや森川ゆいなさん、か。
「私のほうもいろいろあって。前ほどは会えていなかったんです。特にここ最近は。」
「……ちなみに理由をうかがっても?」
彼女はゆるく首を横に振った。
「個人的なことなので。」
「それは失礼しました。」
そうだ。彼女現在進行形であのアラーム男の対処に追われているはずだ。そりゃあ、相手のことを気にかけられなくたって仕方がない。
「じゃあ、まったく真弓さんのことはわからないんですか?」
「ええ。実家から通ってたんだけど、しばらく前に家出して、何度かうちに泊まったこともありました。……最近はどこに転がりこんでるのか。交友関係の広い子じゃなかったから、すぐにわかるかもと思ったんですけど。」
彼女も独自に調べていたのか。
「こちらで、ある集会に集まっている大学生を調べていた時に真弓さんのことも名前が上がりまして。一人ずつ、確認をしてまわっているところなんです。」
「ある集会?」
「琥珀派、というのは聞いたことがありますか?」
「……いいえ。」
そんなに有名な話ではないらしい。彼女は小首をかしげている。
「新電波反対を訴える学生グループのうち、オカルトな噂を信じている一部の人達の事なんですが。」
「それに、真弓も参加しているんですか?」
「そのようです。」
ジーンの淡々とした声に、ぼくはだんだんイライラしてきた。
事実を伝えているだけ、なのだろう。しかし彼女は、森川さんは震えているし、アカネはそれを察してジーンをにらんでいる。当の本人はまったく気にしていない。
あいつ絶対に友達少ないな。
「もう一人、この大学で琥珀派の集会に顔を出している人がいるんですが。」
ジーンは情端を操作して、画像を呼び出したようだ。
それを見た彼女の顔が、にわかに青くなった。
「大間秋人――。」
その名前は、ぼくにも聞き覚えがあった。
「あなたと同じ学科の人なんですが――。」
「知りません!」
彼女が肩を震わせ、言い放つ。
それから、はっと顔を上げた。近くにいたアカネが、びっくりしたように目を見開いて森川さんを凝視していることに気がついたんだろう。
でも、仕方ないと思う。この場で彼女のことがわかってあげられる人間が一人しかいないことに、もどかしさを感じる。
しかも、こんなところに隠れて。
……だって、しょうがないじゃないか。ぼくはあの時、彼女に何もしてあげられなかった。それなのに、今更。前に出て、何ができるというのだろう。
彼女の震えの原因。大間秋人。それは、あのアラーム男の名前だった。
「……とにかく、私は何も知りません。真弓の事も、その男のことも。」
ジーンは眉をひそめる。さらに問い詰めようとして前のめりになった彼を止めたのは、隣で静止していたアカネだった。
「わかるよ。」
その声は、いつもの快活さとは真逆の、凪のような。
「だから、聞かない。」
へへ、とアカネが笑う。その様子を、ジーンがなんとも言えない表情で見下ろしていた。
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