弐
ジーンたちがやってきたのはクラブだった。
パリピっていうんだろうか。とりあえずぼくの記憶の中で縁のなかった人たちがぎゅうぎゅうになって踊っている。
そして誰もが、目隠しのようにアイマスクをつけていた。
アイマスクと言っても寝るときに着ける、耳にかけるタイプのものではない。幅の広いヘアバンドのようなもので、中には機械が仕込まれている。それでいてほとんど重さはない。
ホールに入る前にロッカールームを必ず通るようになっていて、中に入る人はアイマスクをつける。ぼくはジーンがアイマスクをつけるのを横で見ていた。
「第二空間(セカンド)用か。」
「テーマパークシンドロームの集まりだから。これつけるのは義務。」
なるほど、とぼくは頷く。
テーマパークシンドローム。それは最近になって出てきた病気だった。
仮想現実とも呼ばれる「第二空間」にはまって、ずっと入り浸る。そうするとそちらが「現実」だと思いこんでしまって、逆に現実が虚構に見えてくる。悪い人は長時間第二空間を離れるとパニックを起こしてしまうから、常にゴーグルが手放せなくなって、普段の生活に支障をきたすようになる。
ここはそういう患者も楽しめるように、お客全員にゴーグルの着用が義務付けられているらしい。
けれど、出会ってから数十分、この男がアイマスクをつけていたところは見たことがない。テーマパークシンドロームなら発作が起こっていてもいいくらいだ。
「ジーンは違うだろ。」
「ダンは……そもそも次元が違うか。」
どうだろう。同じ空間にはいるからその表現は微妙に違う気がする。
第二空間を見るにはゴーグルをネットにつなぐ情報端末が必要になる。ジーンもポケットから出した情端を細い端子でアイマスクとつないでいる。
「でも、来週にはゴーグルだけでよくなるらしいじゃん。」
「対応機に買い替えればね。」
二月十四日の新電波開放に合わせてアイマスク自体がネットにつながるようになって、いつもは情端に保存できる分しか作りこめなかった自分のステータスがもう少し融通の利くものになるらしい。
ジーンはぼくを促してホールへと入る。彼や他の客には盛り上がるディスコ会場かなにかが見えているのかもしれないが、ぼくから見たらそう大きくもない部屋に色とりどりの目隠しをした人々がわさわさ動いているようにしか見えなかった。
「ダンはこういうの、慣れてなさそうだな。」
そりゃあ、大学時代は研究室に籠りっぱなしだったから。
ぼくは答えたくない質問には質問で返すように心がけている。
「ジーンはどうしてこういう集まりに来ているの。」
「まあ、野暮用があるから。」
「嫌がる人もいるじゃん。」
世の中には、テーマパークシンドロームをよく思わない人たちがたくさんいる。忌むべき現代病。中には早々に病院に入れて治すべきだ、という普通の人もいる。そんな人たちがこの光景を見たらどう思うだろう。
誰もがハイテクな目隠しをした仮面舞踏会。参加者の口元は一様に楽しそうに笑っている。
彼らと同じ空間にはいられないけれど、これはこれでいいのではないだろうか。
人から楽しみを奪うようなことをするほうが、よっぽど。
ジーンは慣れたように人混みの中を歩きながら話す。外で見れば独り言の怪しい人と見られかねないけれど、アイマスクをつければ基本的に目線だけで情端の操作ができるから、ここではフリーハンドで誰かと通話中だと思われているかもしれない。
「そんなもの気にしないよ。ここにいるやつらは普通に自分の人生やってるだけだし。それにさ。」
奥の壁の近くにテーブルが置いてあった。そこに先ほどのメンバーがいる。一人がジーンに気がついて手を挙げた。
「人と人の間には差しかないんだから。そんなこと気にしてもしょうがないじゃんか。」
ぼくは曖昧にうなずいた。
それを気にしてしまうのも、また人間なのだとわかっていたから。
ぼくはジーンに断って、彼の情端に触れた。中に侵入して、勝手にぼくの第二人格(アバター)を作る。
ぼく自身であって、現実のぼくではないもの。
昔、おじいちゃんが若い頃はネットの書きこみとか、個人の趣味から「あの人はやばい」と偏見が広まることもあったらしいけど、今は第二人格でやったことと本人が紐づけられることは少ない。
第二人格も立派な人である。どこかの大学の教授が言った言葉だ。
だから本人と比べてはいけないって意味と、だから現実と同じように清く正しく利用しなさいという意味が含まれていることも、もちろん伝わっている。
ぼくは第二人格で、ジーンたちがアイマスク越しに見ている景色を見た。頭上のミラーボールは意外にも落ち着いた光を落としている。それに反して各々の格好は中世の貴族だったり、宇宙服だったり。
ジーンはなぜかスーツを着ていた。
「なんでスーツ……。」
「刑事っぽいでしょ。」
いや、なんで突然刑事なんだ。
ジーンの仲間たちもなぜかスーツだった。全体的に黒の比率が高いけど、中にはこげ茶とかくまさんのプリントがしてあったりとか。一人だけいる女の子は黒いヴェールをかぶった喪服だった。
その子がヴェール越しにぼくを捉えた。
「あれ、ジーン、その人知り合い?」
「さっき俺が話してたやつだよ。」
まっさかー、と女の子はケラケラ笑う。
社交的な子だ。握手のためだろう、なんのためらいもなくぼくに手を差し出してくる。
「初めまして。わたしアカネ。」
「ダンです。」
せっかくだからユーザーネームにそのまま使った。
けれど彼女の手は取らなかった。「バーチャルなんで。」と言うとアカネは「ああ、ザンネン。」と手の形を変えた。
手のひらをこちらに掲げる。ぼくはその意味を理解して、ハイタッチのまねごとをした。ぼくの手が、アカネの手をすり抜けた。
ネットを通してここに来る場合、リアルの体で握手をすることはできない。
隣でハイタッチを見ていたジーンが噴き出した。
もちろん意味が分かったのはぼくだけだ。アカネはジーンを小突くぼくをみてケラケラ笑っていた。
ジーンたちは常連なようで、他のユーザーからよく話しかけられていた。
「今日はスーツ縛りだったんだよ。」
「そうそう。毎回集まるたんびにテーマ決めてるの。そうしないとずっと同じ格好してるんだもん。」
「いいじゃん、それでも。」
面倒くさそうに煙草を取り出したジーンに、びしりと人差し指をつきつけるアカネ。
「そういうこと言ってるから彼女できないのよ!」
なぜかぼくもつられて苦笑いをしてしまった。
ぼくはジーンと一緒にアカネや他のメンバーが周りの参加者と話しているのを壁の前で聞いていた。
「ジーンは行かなくていいの。」
「ああ。情報収集はあいつらの仕事だから。」
「……社交じゃなくて?」
「情報収集。」
ジーンはなぜか自分の言葉を譲らなかった。
あれか。今日はスーツで刑事しばりだから、そういうところもロールプレイばりに演技しているのか。
勝手に妄想しながら、フロア全体を見渡しているジーンを見る。
相変わらず彼の煙草には火が点かない。そもそもこういう施設はほとんど禁煙だ。たまに煙草をちらりと見る人もいるけど、みんなバーチャルだと思ってるんだろうな。
「なあ、ジーン。」
「あ?」
「どうしてぼくを誘ってくれたんだ?」
少しむこうでアカネの声がした。自分より大きな男の前で物怖じすることなく語り合っている。その横で友人二人は用心棒のようにあたりを警戒していた。もはやあの三人のほうが不審者に見える。心なしか周りの人も遠巻きにしているような。
「……これは、あいつらにも言っていないことだけど。」
ジーンは煙草をしまいながらぼくを見下ろす。
「昔からダンみたいなやつが見える。それから、生きてるやつでも死んでるやつでも、オーラが見えるんだ。」
「……オーラ?」
なんて非科学的な……なんてことは、今の僕には到底言えない。
「こう、体からにじみ出てくるような、そうだな……オーロラみたいなもんかな。きれいな色をしてるやつなんて、ほとんど見ないけど。」
「じゃあ、普通はどういう色をしてるの。」
ぼくの質問に、ジーンはとんとん、と自分の胸を指さした。その先にあるのは真っ黒なスーツ。
「どす黒いグラデーション、ってとこかな。」
「へえ。」
ジーンが嘘を言っている、という気はまったくしなかった。むしろ重要であろうそのことを、彼自身が率先して言っているのが不思議だった。
「ちなみに、ぼくはどんな色?」
そうだな、とジーンの目が細められる。
「夕方の麦畑、かな。」
どうしよう。誌的すぎてよくわからない。
「それって黄色……黄金色? え、風でわさわさしてる感じか。」
「想像力乏しくないか?」
そんなことを言われても困ってしまう。
「珍しいオーラだなって思って近づいて見たら、もう生きてないみたいだったからさ。ついつい声をかけちゃったんだ。」
「へえ。」
ふと、遠くでのけ反って笑っていたアカネがこちらに振り向いて、何を思ったのかすたすたとやってきた。
その姿を眺めていると、淡白な反応がお気に召さなかったのか、ジーンから不機嫌そうな声が漏れる。
「……信じてくれてるのか?」
「信じてほしくないのか?」
ぼくの言葉にジーンは黙った。だいぶ卑怯な気持ちになったのを悟られないよう、ぼくはにやりと笑ってみせる。
嘘でも本当でも、気にしない。もうすでに、そういう機微で一喜一憂する次元からは離れてしまっている。
それでも、その考えを真正面からぶつけるほどぼくに度胸がなかったのも事実だ。
「本人が言ってるんだから、そうなんだろうさ。」
「懐が広いな、ダンは。」
ジーンの声はどこか安心したような響きを持っていた。きっとこういう話を信じてくれない人とも大勢出会ってきたのだろう。
アカネはぼくらに近づくと、後ろを指さした。
「あっちで面白い話聞けたよ。二人がもうちょっと深く掘ってみるって。」
「で、他のやつのとこに行けって?」
「そうそう。挨拶まわりにぐるっと一周しようよ。最近話してない人もいるでしょ?」
そう言うとアカネはジーンの手を引っ張り、もう片方の手でぼくの腕を素通りしてから、「そういえばそうだった。」と言って、ぼくに手招きをした。
ぼくは仲良く歩いて行く二人の後ろをついていった。
アカネは快活な子だ。
滑舌よく、はきはきとした明るい声で様々な人に話しかける。たとえそれが談笑中のグループでも、一人で壁の花を決め込んでいる人でもお構いなしに。彼女は近づくだけでその場に溶けこんでしまう。
その後ろをついて行くジーンはもはや空気の域だ。
グループからグループへ渡り歩く途中、アカネはするりとジーンの腕にからむ。
「もう、しっかりしてよねジーン。こういうのもあんたの仕事なんだから。」
「あー、はいはい。」
アカネは半ばあきらめているのか、そのままジーンを引っ張っていった。
ぼくはその後姿を見ながら、逡巡する。
どんな人に話しかけるときでも、必ずアカネが持ちだす話題がある。
会話が自然なうえに話題がタイムリーだから、誰も誘導されているなんて気がつかないだろうけど、こうやって彼女の後ろをついて回るとよくわかる。
彼女は七日後の新電波開放のことについて、聞いてまわってる。
怠けているようにみえるジーンも、その話題になると目つきが鋭くなった。
ただし、ここ二時間隣にいてはじめてわかるていどの変化。
きっとほかの人にはわからないだろう。
どうしてそんなことを聞いているのか。
あの日。彼らにとってまだ見ぬ未来である七日後の、夜。
例の電波塔の下。
刺された彼女。逃げた男。
その時、ぼくは……。
「――ダン。大丈夫?」
はっと顔を上げる。
いつの間にか立ち止まっていたみたいだ。
目の前には不思議そうにこちらを覗きこんでいるアカネがいた。
「ちょっと考え事。」
「ふーん……なんか、今にも消えちゃいそうなくらい影が薄かったよ、今。」
直感的に思ったことを言っただけだろうけど、ぼくにとっては興味深い言葉だった。
「それって、ぼくがこの場にいないからかな。」
「どうなんだろ。今まで、そんなこと感じたことないかなあ。」
アカネは周りを見渡す。
「リアルでもバーチャルでも、存在感って同じようなものじゃない? どんなに喋らない人でも派手な格好してれば目立つし、おしゃべりだからって周りが同じように喋ってれば目立たない。……こういう場所で存在感を出すのは、リアルもバーチャルも条件は同じだよ。」
同じように会場を見る。壁の色が変わって落ち着いた雰囲気に変わった会場には変わらず人の気配で満ち溢れている。
「なんか、専門家みたいだね。」
「週に何度かこうやって集まって、クラブとかに出入りしてればね。嫌でもわかるようになるよ。」
ふう、とため息が聞こえた。
その様子を見るに、慣れてるのとは少し違うのかもしれない。
薄暗がりに目を凝らすと、部屋の隅のほう、珍しくジーンが誰かと喋っている。いかにもって感じの、強面のおっさんだ。
「アカネは行かないの?」
「わたしあの人苦手。」
そう言ってむくれる彼女はどこか幼い子どもみたいだ。
「ねえ、ジーンの言ってたこと、本当なの?」
「なに?」
「わたしたちと合流する前、一緒に喋ってたって。」
先ほど笑い飛ばしていた時とは違う。真摯な声。
「本当……って言っても、信じないだろ?」
アカネには普段のぼくが見えていない。だったらジーンの言葉が事実であれ、信じるに足る確証は得られないだろう。
そんなぼくの考えを全否定するように、アカネははっきり言った。
「信じるよ。わたしはジーンの言うこと、全部信じてるから。」
自信満々の声。なぜか顔までどこか自慢げなドヤ顔だ。
「なんというか……愛だね。」
アカネを見ていたら自然と言葉が出ていた。
実際そういう分野はまったくわからないのだけれど。
言われた本人は図星だったのか恥ずかしいことを言われて動揺したのか、顔を赤くしながらそっぽを向いている。
「そんな大それたことじゃないよ。小さいときから腐れ縁だから、解っちゃうだけ。」
「へー。」
「……興味なさそうね。」
「まあ、積極的に知りたいとは思わないかな。」
なにしろ、もうぼくには関係のない次元の話だ。
たとえここで彼女たちと喋れたところで。ぼく自身はそういうことに関わろうと願ってももう手遅れで。
ぼくの様子を見て、何を思ったのか。
「……ダンって友達少ないでしょ。」
「それこそ関係ないね!」
ぼくに振り返ったアカネが屈託なく笑った。
これ以上会話を広げたくなくて、かってに軌道修正する。
「ジーンの言ってたことは本当だよ。何もすることがなくてあそこにいたら、ジーンが声をかけてくれたんだ。……確かに、ぼくはあそこにいた。」
もちろんアカネはぼくの姿なんて見ていないだろうに、それを聞くとにんまりと口元を緩ませて、「ほうら、やっぱりね。」と満足げに言った。
「やっさんのほうにはあんまし電波の話題は行ってないってさ。」
戻ってきたジーンはアカネにそう告げた。いつの間にかその口には新しい煙草がくわえられている。
「まーた煙草もらったのね。」
「くわえるばっかで吸わないなんて、宝の持ち腐れだって言われた。」
「いいのそんな体に悪いもの吸わなくても。」
アカネがジーンの煙草を取り上げようと手をのばすけど、ジーンは猫でも払うみたいにしっしと避けている。ぼくにはそれが仲のいい兄弟のように見えた。
疎外感から後ずさったぼくの肩を、誰かの手が通り過ぎる。
「わっぶ!?……そうだった、ダンさんバーチャルの人だったわ。」
後ろにいたのはここにジーンと一緒に入ってきた二人だった。クマさん柄のスーツのほうがぼくに触れた手をぷらぷらと泳がせている。
「すみませんね。実体がないもんで。」
「いや、失念してた俺も悪いというか。」
「ここじゃよくあることだよ。」
もう一人の地味なスーツの男が答える。
「いや、それにしたってリアルじゃないか、この作りこみ。教えてほしいもんだわ。」
ぼくらの会話に、振り返らなくても、ジーンがにやりと笑った気配がした。
「そりゃあリアルだろうなあ。」
アカネの頭を押さえつけながら、ジーンはぼくの隣に並ぶ。
その顔はまるでいたずらっ子のようだったが、友人たちにどう問い詰められようと、ジーンが本当の意味を言うことはなかった。
「ところで、そっちはどうだった。」
唐突にジーンが言う。それを聞いて、なぜかぼくに視線が集中した。
「ああ、こいつなら大丈夫だよ。何も言ってない。」
「でも、先生は。」
クマ柄スーツの男の言葉に、隣の地味スーツが小突きを入れた。
余計なことを言ったことに気がついたらしい。
「とにかく、大丈夫だ。――で、収穫は。」
仲間たちは目くばせしあう。
「まあ、いつも通りネットの噂と同じだな。」
「これと言って新情報なし。ますます存在が怪しくなってきたな。まだ別件のほうが情報集まるぜ。」
「こっちも変わりなしかなあ。むしろ、さっきからまた『芸術家』が現れたって話題で持ち切りだったよ。」
「まじか。見たかったかも。」
「見るもなにも、なんにもできなくなるだろうが。」
わけのわからない会話にぼくが首をかしげていると、地味スーツが教えてくれた。
「ここ最近、謎の天才ハッカーがウイルスをばらまいたりして騒ぎを起こしてるんだ。けど警察はしっぽすら捕まえられてないし、むしろ手並みが鮮やかすぎてファンがついちゃったんだよ。で、誰が呼んだか『芸術家』なんて名前がついたのさ。」
「へえ。」
さも興味なさそうなぼくの反応に、地味スーツが訝し気な顔をする。
ちょっと意地悪な事でも言ってみようか。
「こんなふうに喋ってくれるってことは、君らの調べていることとは直接関係ないんだろう?」
「うっ……。」
そのまま黙りこんでしまった肩をジーンが叩く。
「ダンのことはもういいだろう。あんたじゃ勝てないだろうし。」
男は苦虫を噛み潰したような顔になる。ぼくはぼくでジーンに疑いの目を向けた。
視線に気がついてか、ジーンが「なんだ。」とこちらを見た。
「さっき会ったばっかのやつに、そんな信頼を置かれてもなあ……。」
「ははっ。」
ぎょっと、アカネが顔を上げる。
ジーンは笑うばかりでなにも言及しない。
おそらくそこにはオーラとか、とにかく本人にしかわからない基準があるんだろう。でも、ここにいる仲間たちに言うほどの事でもないと、そういうことらしい。
ぼくも笑うように息を吐いた。
得体のしれない男を冷静に分析して、わかったように思うぼくも、ジーンと似たようなものなのかもしれない。
夜の町は相変わらずの喧騒に包まれている。
ぷっくりとほおを膨らませたアカネが黙ったまま店を出て行く。その恰好は夜遊びに来た十代の少女のそれに変わっている。
彼女が最後にぼくに見せた視線は明らかに敵意のこもったものだった。
はて。ぼくはなにかしただろうか?
友人二人は「先生」に会いに行くようなことを匂わせて立ち去り、ぼくはちょっと前を歩くアカネを追いかけるようにジーンと並んで歩いた。
「なあ。アカネっていくつだ?」
「俺の四つ下だから、今十六か。」
ジーンの発言に「ほーお。」と驚いていないように返す。まさかそんなに若いとは思っていなかったから。
ちなみに二人とも、の話だ。
「未成年なのにこんな時間に出歩くなんて、注意しなくていいのかよ。」
「心配ないだろ。保護者付きだし。」
ふらふらと煙草を玩びながら言うには説得力のない言葉。それに、どちらかというと面倒を見てもらっているのはジーンのほうの気がする。
ちらりと盗み見れば、確かにジーンはアカネのことを目で追っていた。しかし、少し前を行くアカネが怪しいキャッチにつかまったのを見ても、歩くペースは変わらない。
「危ないからって家に閉じこめておくくらいなら、近くにいて見守ってやった方がいい。そうは思わないか?」
「……過保護って言っといてやるよ。」
「わかってもらえないかなあ、この感じ。」
さっきからジーンはやたらと気持ち悪かった。
ぼくから見ただけでも変だとわかるのに、周りから見ればひとりでニヤニヤ笑いながら虚空に話しかけている奇人、いや不審者にしか見えないだろう。
そんなやつと話すのも癪だけど、ぼくは仕方なく、返事をする。
「……わかるよ。」
そう、解ってしまったから。
正確には、ジーンの言葉を聞いて頭の中に太陽の色がよぎったから。
その色をぼくは知っている。生前、なぜか友人だったというホヅミカノンの髪と同じ。
まだ、なにも思い出せてはいないけれど。
きっと彼女は、ぼくにとってそういう存在だったのだ。
ふと、不安がよぎった。
今までちゃんと考えたことはなかったけれど、もしもぼくが生きていたころのことを思い出そうとしたとして、それはちゃんと思い出せるものなのだろうか。ぼくは、この感覚を、理由もわからないままに抱えるばかりなのだろうか。
もちろんそんなこと、口には出さない。
考え事をしているぼくに何も言わず、ジーンはそのままの歩調で歩いて行く。
そして、慣れたようにキャッチをいなしていたアカネの肩をぽんと叩く。
「ほら、遊んでないで行くぞ。」
「はーい。」
アカネはくやしそうにしているキャッチに元気に手を振った。なるほど、これぐらいのことでは心配しなくてもいいらしい。と、思ったけれど。
ジーンの左腕にくっついたアカネは、心なしか震えている気がした。
それがわかっているのかいないのか。平然と夜の街を歩き、駅に近づいていくジーンはもうほとんどアカネのほうを見ていなかった。
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