第4話 徳島

 食欲の秋、スポーツの秋、そして渦潮の秋。

 ついに徳島に着いた。1年前には肩までだった髪は胸元まで伸びた。苦楽を共にしたジャージはあちこちがすり切れている。スニーカーはこれで3足目だ。試合では、一戦ごとにコダマは強さを増していった。がちムチベーゴマ親父とハッスル対決で白星をもぎ取り、道後温泉では湯けむり三本勝負で羽根つき童女に圧勝。コダマのリュックは87個の御朱印でズシリと重くなっていた。

 あと1つ、そう思うと札所に向かう足取りも軽い。ところが、カルタ天使(お手玉を手の甲に当ててお手つきさせて勝った)から教えられた住所には大型ショッピングモールが建っている。いぶかしみながらコダマは慎重に足を踏み入れた。


「待ってたよ」

 そう言ってコダマの前に立ったのは、七五三のようなスーツを着た男の子だった。度の強い眼鏡の奥の大人びた眼差し。体は子供、頭脳は大人、でおなじみの有名小学生実写版といった風情で、二段アイスをなめながらコダマを値踏みするように見据えている。

「あんたが88人目?」

 コダマが聞く。

「そうだよ。ぼくはこれまでの奴らとは違うぜ」

 過去最年少の札所主は手の込んだ高そうな箔押しの名刺を投げてよこした。名刺にはこの大型ショッピングモールチェーンの社名の下に〈代表取締役社長 カード社長〉と記されていた。

 そのまま少年に促され、コダマは社長室へ入る。秘書の若い女が茶を出す。

 カード社長は来客向けの紫檀のテーブルに螺鈿細工の黒光りするボックスを置いた。開けると中には金箔で装飾されたデッキ。

「僕は汗臭いのは嫌いなんだ。カードバトルで勝負しよう」

 コダマも背嚢はいのうから太いゴムで束ねたデッキを取り出す。60枚全て手書きだ。互いのフィールドに手札がが出そろってデュエルスタート!


「私のターン、ドロー!“おばあちゃんの着物の端切れでお手玉5個制作”相手のフィールドにいる全モンスターの心の琴線を5ヘルツで振動させる。ターン終了」

「僕のターン、ドロー!“おじいちゃんから教育資金の一括贈与で税金対策”相手の口座から1000万搾取。ターン終了」

「私のターン、ドロー!“お手玉作りで余った小豆をお汁粉に投入”胃袋が満たされた相手のモンスター2体の戦闘意欲を10%ダウン。ターン終了」

「僕のターン、ドロー!“お年玉で仮想通貨購入”相手のフィールドにいるカード1枚を敵対的買収。ターン終了」 

 手強い。というか、もう全然違う。たった数ターンでコダマのフィールドは早くも野戦病院と化していた。ライフは0の近似値を示している。深く息を吸うとコダマはデッキからカードを引いた。一瞬、動きが止まる。小学生社長は勝利を確信した。

「お手玉なんてオワコンなんだよ」

「どうかしら」

コダマはゆっくりとカードを裏返してフィールドの中央に置いて、厳かに唱えた。

「スペシャルレアカード・公民館イベント/女子大生ボランティアサークルと昔の遊びを体験しよう」

 女子大生、その言葉に反応してカード社長の心の隙を、大技・心象風景〈春と修羅〉が包み込む。


 (以下、カード社長の精神内に広がった風景)

公民館の一室。地元の保育士志望女子大生による子供向けイベント。社長の手には安いプリント柄のお手玉が乗っている。

「まず、上に投げてキャッチしてみようね」

栗色の髪を束ねた色白のおねえさんが優しく微笑む。バカにしてるのか、これくらい簡単だ。

「じょうず!じゃあもっと高く、頭の上まで投げてキャッチできるかな」

 ちょろい、とカード社長が高く投げ上げたお手玉は天井近くまで上がった後、遙か後方に落ちた。

「高く上がったね。まっすぐ上に上げることを意識してみようか。こうやってー」

 女子大生の手が社長の手に添えられる。あたたかく柔らかい。買収した企業の社長と交わした、互いの腹を探るような冷たい接触とは違う。社長の胸の奥から熱いものがこみ上げる。永く忘れていた人間らしさに包まれカード社長の目から涙がほとばしる。

「負けだ。僕の、負けだ」


 カード社長から88と金糸で縫い取られたお手玉が手渡される。ついにやり遂げたのだ。コダマの口から漏れた言葉は

「おばあちゃん…!」

「あの人はもう来てるよ」

 そう言って少年が示した先の砂浜にはパジャマ姿の小柄な老婆が立っていた。震える左手に点滴スタンドを握り満身創痍の出で立ちだ。

「よくここまで来たね、コダマ」

「おばあちゃん!」

 コダマは駆け寄り祖母にすがりつき泣いた。夕日の中で二人のシルエットが重なり長い影をつくる。

「おばあちゃん!おばあちゃん!わたしやったよ!」

「よくやった。あんたはもう大丈夫だ。今からあんたが御照魂おてだま道88代宗家だよ」


 そう細い声で言った老女の体が、急にしぼんで崩れ落ちる。コダマは抱き起こすがすでにその目蓋は閉じられ、その霊魂は西方浄土への旅路の上にあった。

 コダマは辺り構わず泣きじゃくった。

 苦しかったこの一年。せっかくたどり着いたのに。こんなにすぐに逝ってしまうなんて。おばあちゃん、わたしをひとりぼっちにしないで。


「ユーが新しいお手玉道宗家という訳か」

 突然背後からよく通る尊大な声がした。振り返ると数人の外国人が立っている。センターの色白マッチョの男が声の主だった。体操選手の白いコスチュームから三角筋が盛り上がっている。

「我が名はジャグリングエンペラー!我がジャグリング帝国の版図にこのジャパンを加えるために来た」

「・・・・・・」うつろな目をしたコダマは応えない。

「ふむ、呆けた小娘よ。ジャパンを手中に収めるのは容易いようだ」

 悠々と砂浜を下ってくる異国人集団と膝をついたままのコダマ。しかしその間に立ちはだかる姿があった。

「待ちなよ。君たちの好きにはさせないよ」

変声期前の声。カード社長だった。

「異国に祖国を蹂躙させはしないでござる」

メンコ忍者。あれから自己同一性と折り合いをつけることに成功し今回の“ござる”は堂々と発音されていた。

見回すと、我も我もと拳で語り合ったライバル達がコダマを囲んでいた。

「さあ立って、コダマ。」4本の白い腕が伸びる。

粋な格子の土佐紡を揃いで着こなす折り紙ツインズが、今治のタオルハンカチで

コダマのジャージにこびりついた砂をはたき落とす。

「みんな・・・・・・」

「あなたはひとりじゃない。先代はこの旅であなたにそれを学んで欲しかったんじゃない?」

 焦点を失っていたコダマの目に徐々に光が戻ってきた。砂の上の祖母の亡骸から顔を上げたコダマはきっぱりと言った。

「そう、そうよ、わたしは御照魂おてだま道88代宗家!おばあちゃんから受け継いだこの御照魂おてだま道でこの国を守ってみせる!」

 その顔には88代目宗家の威厳がしっかりと宿っていた。

 

「ならば我らが曲芸武芸道ジェネラルを倒してみよ」

と、ジャグリングエンペラーの取り巻きの一人が声を上げた。そして人種・年齢・性別がほどよくばらけた異国人数人が名乗りをあげて顔見世興行。最後にエンペラーが締めくくる。

「待っているぞ、コダマ!」


 行け、コダマ!君の旅はまだ始まったばかりだ!


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お手玉少女コダマ! @kirikirikirin

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