第40回 元魔王、涙をのむ。

 「あの、もしよかったら、その、つきあってくれませんか?」


 イトの言葉に、私以外の全員が固まった。


 場が凍りついていた。



 一方の、無事だった私はというと――


「ほほう、まさか我が子にほれるとはな。だが、さすが『ドウの勇者』イトだけはあるな、その目は節穴ふしあなではなかったということか」


 私とイトは、サビレ村からコソコの町へと向かう途中で、「この旅でいい人を見つける」という話をしたことがあった。


 だから、イトがそのことをいつ誰に言い出すのか、ずっと気になってはいたのだ。


 しかし、まさかここにきて、しかも魔王である我が子に告白するとは、さすがの私も想定外だった。



 しかし――


 よくよく考えれば、なるほど、と思わなくもない。


 イトが、ということを思い出しさえすれば、こうなることは予想できたというのに。



「なんというか、そこはさすが魔王様だなと思っちゃってさ。

 さっきの勇者に対する言葉もかっこよかったし、今こうして近くに感じる雰囲気はすごくかわいいしさ。

 旅で出会ってきた面々とは違うなぁって」


 仲間からは「ひどい!」「さすがにそれはどうだろう」などなどの非難の声があがっている。


 しかたない。


 ここは、私が説明しなければならないだろう。


 なぜイトが、我が子のモチに求愛をしたのか。


「みなのもの。

 そうイトを責めないでほしい。

 これは、しかたがないのだよ。

 なぜなら、イトは、重度のシスコンなのだからな。

 にひかれるというのは、当然なのだ」


 そう、なにを隠そう、我が子モチは、イトの妹ニニに似ているのだ。


 それに気がつけば、納得のいく結果だった。


 サビレ村で、私がニニにモチのことを重ねてしまったのは、つまりはそういうわけもあったということだ。


「シスコン違うわ!

 ただ、すてきな人……魔族だなって思っただけだ。

 それに、ニニとも仲良くなってくれそうだろ?

 外の世界を知りたいと思ってるニニに、ぜひ会わせてやりたいんだ」


「それは同意だな。

 きっと、ニニと無二の親友になれるだろう。

 だが、大切な我が子をめとる理由が『妹のため』というのは、いささか許しがたいことではあるぞ?」


「まてまて、俺は別に、恋人になってくれとも、結婚してくれとも言ってないぞ?」


「どういうことだ?

 イトは、確かにさっきモチに対して、『つきあってくれ』と言ったではないか」


「さっきの言葉は『俺の村にいるニニのところまでつきあってくれ』っていう、そういう意味で言ったんだ。

 そもそも俺は、恋人なら、魔族じゃなくて人間がいいって、最初に言っただろ?」


 そう言われれば、確かにそんなことを言っていた気がするな。

 私が、魔族を紹介しようとしたら、断ってきたくらいだしな。



 なるほどな。

 いやはや、早とちりというものは怖いものだな。



「そのような意味だったのですね。突然のことでびっくりしてしまいましたよ……」


 モチも、おどろきを隠せないようで、なんとかその言葉を口にしていた。


 場の空気は、そんな感じで、だんだんと元に戻っていく――かに見えた。


「むう……しかし、それはそれでなんか、とっても悔しいですね。そう思うと、なんとしてでも、イトさんを私のものにしたいって、そんな気がしてきましたよ?」


 突然、モチは、そんな独り言のようなことを言い出した。


 そして、私に鋭い目を向ける。


「モタ様。旅のお仲間であるところを恐縮なのですが、『ドウの勇者』イト様を、私にいただけないでしょうか?」


 イトに続いて、今度は我が子のモチが、そんなことを言ってきた。



 だがこれは、とてもよい申し出だった。


 非常におもしろい展開で、今以上におかしくなる兆候だと思った。



「そうか……モチがそこまで言うのならば、しかたがなかろう。ここまで旅をともにしてきた仲間なのだが、ここは涙をのんで、モチのものにすることを許そう」


「ありがとうございます! 大切にします!」


「ねえ待って、どういうこと? なんで話が進んでるの? 俺の意志は?」


「大丈夫ですよ。きっとあなたも、すぐに私のものになりたくなりますよ? ですからご一緒に、あなたの妹様にご挨拶にまいりましょう?」

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