第38回 元魔王、得意がる。

「さすが私の必殺技だ、知らぬ間に勇者を倒してしまうとは」


「完全に、ただの思いつきだっただろ? 『おどろかせてやろう』とか言って急に飛んでったくせに、なんで自分の手柄みたいに言ってんだ」


「だが結果としてはどうだ? 痛恨の一撃になったであろう?」


「確かに、くらった相手は、たまったもんじゃないだろうけどな」


「それも自業自得というものだ」


 我が子の命をねらっていたのだ。


 不本意だろうがなんだろうが、恨まれる覚えはない。



 そんな不運な勇者は、私がつぶしたその場でまだ眠っていた。


 仰向けにされ、現魔王モチの配下の人間に膝枕されながら、介抱されていた。



「う……ん……ここ、は……」


 いくばくかののち、目を覚ました勇者は、がばっと上半身を起こした。


「俺は……戦いはどうなった!?」


「貴様は負けたのだよ。まだ横になっていたほうがよいだろう、なんせ、私の必殺技をくらったのだからな」


「そうか……俺は負けたのか……」


「ときに勇者よ、なぜ魔王にやいばを向けたのだ? 魔王討伐の証ならば、そんなことをせずとも手に入れられるというのに」


 私の問いに、再び横になった勇者は答えた。



 勇者は、魔族によって滅ぼされた町の出身なのだそうだ。


 だから、魔王や魔族、そしてそれらに荷担かたんする人間にまで、憎しみをもたざるをえなかったのだという。



「いくら時代が変わったと言われても、そんな簡単に割り切れるものじゃない。だから俺は、魔王を倒す勇者になったんだ」


 勇者は、魔王討伐の証ではなく、魔王の首そのものがほしかった、ということだった。


「だからといって、こんなことをするのはどうなのだ?」


 勇者が倒そうとしたのは、魔王なのだ。


 手前てまえ味噌みそでもなんでもなく、魔王のモチは、その名に見合った強さを持っている。


 そんな魔王を相手にするというのに、単身魔王城に乗り込んでくるなど、正気の沙汰ではない。


 私の茶目っ気程度でつぶされてしまう実力で、一体なにをしたかったというのだ。


「じゃあ俺は、どうすればよかったんだ……。この思いを、俺はどうすればよかったんだよ……!」


 悲痛な叫びは、玉座の間にこだました。


 そのなげきを聞いた魔王のモチは、勇者へと歩み寄り、ひざをおって顔をのぞいた。


「私たちには、あなたの悲しさや悔しさをいやすことはできません。

 ただ、あなたのその思いだけは、受け止めることができるかもしれません。

 ぶつける先を、ご用意することができるかもしれません。ですので――」


 モチは優しく、勇者に手をさしのべた。


「もしよろしければ、魔王城で働いてみませんか?」



 さすが我が子だ。


 私の志をしっかりと受け継いでくれていたようだ。


 こんなにうれしいことはなかった。



 ただ――


「そこは、世界の半分をあげもごご」


「今いいとこだから」


 イトに口をふさがれてしまった。



「あなたのおっしゃるとおり、戦争の爪痕は、まだそこかしこに色濃く残っています。

 争いが終わって、まだ日も浅い時分で、特に寿命の長い魔族にとっては、戦いあっていたのが、つい昨日のことのように感じてしまうほどです。

 そのため、人間以上に、魔族の私たちもとまどい、割り切ることができていないところがあります。

 そして、こんなことを言っている私自身も、まだ魔王になったばかりで、不慣れな点も多いんです。

 私たちは、もっともっと、人間を理解する必要があって、もっともっと、人間に理解してもらう必要があるんです。

 ですから、そのためにも、あなたのお力をお貸しいただけませんか?」


「…………!」


 勇者は目を丸くし、答えに詰まっているようだった。


 だから私からも助け船を出そうと、イトを引き剥がして口を開いた。


「もしここが嫌ならば、そなたの国で働く、ということもできるぞ? 私はこれでも元魔王だからな、各国の要人に掛け合うことなどたやすいことだ」


 これでも私は、戦争をとめた魔王なのだ。

 争いをとめるために、各国へと働きかけ、様々な手を尽くしてきた。


 そんな中で、少なからずつながりを作り、恩を売ることもできているのだ。


 それに、魔王を倒せるほどではないにしても、ここまで来られた人材なのだ。

 きっと引く手あまたになるだろう。


「へぇ、モタも仕事してたんだな。村からここまで一緒に来たけど、一度たりともそんな片鱗へんりん、見えてこなかったけどな」


「MOちゃーんへっどばーっと!」


「んぐあ……」


 いいところなんだから、黙ってなさい。


「……わかった。

 俺にまだできることがあるのならば、ぜひもないことだ。

 それに……俺の思いをなにかに役立てられるのならば、こちらからお願いしたいくらいだ。

 ただ……少し、考える時間をもらえないだろうか。

 自国に帰りつくまでに考えをまとめよう。

 だから、それまで待ってもらえないか」


「ええ、この魔王、いつでもいつまでも、あなたのお越しをお待ちしていますよ」


「そうか……ありがたい。それにしても、まさか殺そうとしていた魔王から、逆に手をさしのべられることになろうとはな。本当に時代は変わったのだな」


「まったくそのとおりなんですよ。魔王である私も、驚きの連続なのですから」


「ついさっきも、私の必殺技でおどろいていたところだからな!」


「お前は時代関係なく、そんな感じだろうけどな!」

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