第35回 元魔王、魔の勇者を拉致する。

「それじゃあ、お母さん、行ってくるね」


 グラネはシリルに、力いっぱい手を振っていた。


 そのまま、私たちとともに、木々の間に作られた獣道へと入っていく。


「そういえば、シリルさんはこれからひとりになっちゃうのか。大丈夫かな」


「勇者イトよ、なにを言っているのだ。お前は私のあのときの動きを見ていなかったのかい? ほら、これだ」


 私は、小さく手を振った。


 それは、大クイズ大会のときにやっていた、あの挨拶だった。


「それ、あのときの怖いやつだろ? それがどうしたんだよ」


「まだ思い出さないのかい? 前にも私は、こんなようなことをしていたはずなのだけどねぇ」


「前……? ……ああ、え、それってもしかして、あの着ぐるみのMOちゃんでやってた、コソコの町のあれのことか?」


「それだよ」


「ということは」


 イトは、シリルを見る。


 私も同じように、シリルのほうを向いた。


 そこには、シリルを守るように、あのが立っていた。


 彼らは、まるで「おまかせあれ」とでも言いたげなポーズを決めている。


「彼らがいれば、もう安心だ」


「むしろ心配だわ」


「それにな、シリルさんも、もう今までのシリルさんではないのだ。

 イトも気がついていたように、ひとりで暮らしていける程度には、もう体力も回復しているはずなのだ。

 だから、娘の手をわずらわせずとも、もう大丈夫なのだよ」


「やっぱりか。それは……コクドクとユーキの仕業だな?」


「ご名答」


 あのときのお茶とお茶受けは、つまり、そういう作用があるものだったということだ。


「薬草のたぐいだから、子どもからお年寄りまで、安心して服用できるぞ」


「あぶない薬にしか思えないけどな」



「ところで、だ」


 そう言って、私は強引に、話を本筋に戻した。


「どうすれば、私たちはこの『くらましの森』を抜けられるのだ?」


「そこはワタシにまかせてよ」


 グラネが同行するにあたって、最初にお願いしたことがそれだったのだ。


「みんなから話を聞かせてもらって、検討はついてるの」


 グラネは、私たちを順々に指さしていき、最後にイトにそれを向けて、動きをとめた。


「イトさんは『こんな旅したくなかった』って言ってたよね?」


「ああ、言ってた、今も言ってる」


「この旅は魔王城までの旅なんだよね。

 だから、旅をしたくないってことは魔王城に行きたくないってことなんだろうけど、そうすると『くらましの森』は、むしろ魔王城への道を示すはずなんだ」


「なんだ、つまりイトも本当は魔王城に行きたかったということか。それならそうと早く言ってくれればよかったのに」


「いや? 俺は行きたくねぇよ?」


「すこしは行きたがってくれてもいいんじゃないかい?」


「だって行きたくないんだもの。嘘はつけねぇ」


「そうですよね、イトさんの性格からすると、それは嘘じゃない。

 イトさんは、本当に行きたくないんじゃないかって思うんです。

 じゃあなんで、魔王城への道が開けないのか、そこが問題なんです」


 グラネはそう言いながら、私たちを先導するように、道を歩きだした。


 私たちはそれを追いながら、森の中を歩いていく。


「ところでイトさん。イトさんは旅をしたくなかったとは言ってますけど、実際に旅をしてみて、どうなんですか?」


「ん? そりゃあ大変だよ? 歩かなきゃいけないし、荷物も持たなきゃいけないし、町じゃ元魔王様につきあわなきゃいけないし」


 つきあわなきゃいけないってなんだ。

 まったく。


「そうですか。でも話を聞くかぎり、そんなに悪いことばかりじゃない気もするんですけど」


「まあ、初めての旅だから、新しい発見とかもあって飽きないし、お金の心配もいらない上に、毎日おいしいものも食べられてる。

 元魔王様のおかげで、いろんなことは起きてるけど、危険っていう危険にはおちいっていないから、そう考えると、なかなか恵まれてるのかもしれないねぇ」


「そうでしょうそうでしょう。あれだけしぶっていた私も、今となっては楽しみですもの」


「それも、あとちょっとで終わっちゃうけどな。グラネさんにも、もっとこの旅を味わってほしかったなと思わなくもない、かもね」


「へぇ、そう言われると、うらやましくなっちゃいますね」


「そんないいもんでもないけどな」


「またまたぁ」


 グラネとイトは、そんな話をしながら、私たちの先頭を歩いていく。



 すると突然、なんの脈略もなく、木々の並びが途切れて、視界が広がった。


 そしてその先に、私たちの目指す魔王城が、顔をのぞかせていた。


「どう? 私にまかせて正解だったでしょ?」


「どうやったのだ?」


「つまりね、イトさんの旅をしたくないっていう思いは、旅を終わらせたいっていう思いに変わってたの。

 魔王城がもう目の前にあるんだから、さっさと行ってさっさと帰るほうが手っ取り早かったのね。

 だから、魔王城への道が隠されちゃってたのよ」


「なるほど、イトのその無意識の思いを『くらましの森』はわかっていたということだな」


「そのとおり。

 そこで、イトさんには、私を通して旅のよさを語ってもらったんです。

 きっとイトさんも、私になら旅を続けてほしいって思うんじゃないかと思ってね。

 で、その続けてほしい旅っていうのは、他でもないこの旅のことなんだから、『くらましの森』は旅を終わらせるほうへと向かわせたんですよ」


「なるほど。つまりはこれも、勇者イトのおかげ、ということだな」


「ぜんぜんうれしくないけどな」


「そう言うな。ほら、もう魔王城は目と鼻の先なんだぞ? ようやく旅の終わりが見えてきたのだ。少しは思うところもあるんじゃないのかい?」


「特には」


「そうかい」


 私たちは、母親を守るために戦いを挑んできた勇者グラネを仲間に加えて、旅の終わりへと、一路、歩きだすのだった。

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