第56話 カリルとマフィアと日本人

 トラタ共和国では、老若男女問わず、新作品のテレビドラマや映画、漫画、ミュージカル、古典舞踊でも頻繁に神話が楽しまれている。歴史の記録にも残されており、人々は、過去に活躍した数々の神の生まれ変わりと呼ばれる存在を、今でも崇敬しているのだ。


 渚沙がお気に入りで見ていたテレビの神話実写版シリーズや神話の本では、神や聖者以外に悪鬼あっきと呼ばれた極悪人たちが強力な特殊能力を持っていたことがわかる。悪人こそ、そういった能力を求めて長年過酷な修行にのぞんだという話が山ほど出てくるのだ。

 その目的は、常に人々や世界を征服することであり、すべての王になることだ。過去の神の化身たちは、たいていそういった独裁者たちを滅ぼすために誕生している。神話に出てくる悪鬼、独裁者たちは、今の世のカルト組織のリーダーや、スピリチュアル系の人々とそっくりそのまま同じだといつも渚沙は思ってきた。


 身近な例が井上潤次郎たちである。

 井上をはじめとする多くの日本人たちは、黒魔術をしている偽聖者カリルのところに通い、特殊能力を得るために長い時間と大金を費やしたという。カリルの元弟子であった日本人に聞いたところ、かの僧侶照海しょうかいを含む三人の日本人がそれぞれ一千万円、他の何百という日本人たちは、各個人がカリルに三百万円支払ったそうだ。なんと全員、カリルが黒魔術をしていることを承知していたというから、神経を疑った。いったい何を考えているのだろうか。彼らの中には、超大物のベテラン俳優や国民的人気ドラマに数年にわたってレギュラーで出ていた女優もいる。ナータの寺院に寄っていた頃、井上のツアー参加者のほとんどはまともな人に見えたけれど、これまた集団心理というもので、みんながやるから大丈夫という感覚でいたに違いない。


 井上はカリルのセミナーを受けた後、本当に特別な力を得られたらしい。一見、生き神たちと同じ祝福の印といわれる奇跡を起こすように見えるが、黒魔術で得た邪悪な力を使っているのだ。もちろん祝福などできないし、無価値であるだけでなく危険が伴うかもしれない。井上はその力を披露するために日本で人を集め、なんとトラタ共和国のシャンタムやナータとまったく同じ伝統服をまとい、二人の真似事をしたという。井上がそこまで幼稚なれ者だったとは……。それを聞かされた渚沙のほうが、どうしようもなく恥ずかしくなった。信じ難いことであったが、結局、それが井上のやりたかったことなのだろう。


 井上がカリルに追放された後、再びナータやシャンタムのところに顔を見せない理由は九割方それだと思っている。

  

 ある時、ナータが「カリルは日本人のリーダーたちと共謀して、他の日本人から金を集めている」と渚沙に教えたことがあった。なんとマフィアも絡んでいるという。

 カリルがマフィアと関係している話は、現地の新聞に時々記事にされていたので知っていた。日本人リーダーたちと現地マフィアはカリルを通して、間接的につながっていたらしい。なんと罪深い日本人たちであろうか。


 カリルが井上を追い出したのは、日本人を騙して不正を働いたからではなく、井上が妻アンに渡すために自分の名前を使って日本人から金を集めたから。カリルは自分が利用され、金が自分の手に渡らなかったことも気に入らなかった。多分それだけのことだ。いずれにしろ、モラルなど一切ない地獄で行われた地獄の住人同士のいざこざである。

 渚沙はその時、同国人としては恥ずべきことであるが、勝手にやっていればいい――と、些細な他人事のようにとらえていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る