第53話 堕ちてゆく人々

 ナータは、当初から井上潤次郎いのうえじゅんじろうが聖者巡り――通称「グルショッピング」――をしていることを知っており、他の聖者たちについては何も言及しなかったが、カリルの所だけは行かないほうがよいと何度かアドバイスをしていた。しかし、井上はカリルを訪れることをやめず、最終的にカリルだけを選んだのだ。


 井上は、生き神シャンタムやナータに見られた神性を認め、信愛の念を抱いていた。その二人の生き神が、カリルとはとても比較できない特異な存在であることを承知していたにもかかわらず、井上はすぐにでも霊能力を得たいという欲のままに、悪と手を組む道を選択したという。


 一方、日本人僧侶の照海しょうかいは、観光気分で町のホテルに宿泊しグルショッピングをする井上や他の日本人たちとは異なり、ナータの寺院に滞在した。目的はともかく、彼には、真面目にナータから学ぼうという姿勢が見られた。照海も井上と同様、ナータの全知と神性の力を体験して強く惹かれ、それまでに出会ったことのない未知の存在であり、畏敬の念を抱いていると渚沙に話していた。

 それなのに、照海もまたカリルの寺院に入り浸るようになる。


 これが、井上のグルショッピング・ツアーに参加した九十九パーセント以上の人、彼と関わった人々が辿たどるお決まりのコースであったようだ。お陰で何千人という日本人がカリルを訪れた。

 その中の数百人のスピリチュアル系の日本人たちが「霊能力が欲しい」という子供じみた好奇心と欲望に流されるまま、邪道を歩み始めたのである。

 そして、いつしか井上も、井上から仲間割れしていった別のグループも、僧侶の照海も、シャンタムやナータの聖地にはまったく姿を見せなくなった――。

  

 本来、聖者は人々を神に導くために、その方法を示す教師の働きをする。ヒーリングや霊能力とはまったく関係がない。

 トラタ共和国の聖者たちは、奉仕が緊要きんような行為だと教えている。昔と違い、現代は利己主義者が多く、同胞への愛や思いやりがよりいっそう重要であり、同時に神に近い性質だからではないかと渚沙は考えている。


 ナータも「現代では、貧しい人たちへの奉仕によってのみ神に達することができる」と世界平和会議の際に、マスコミの前で毎年伝えてきた。彼は、家族から労働を課せられる貧困家庭の子供たちのために、無料学校を百三十校設立している。

 また、ナータの奉仕団体は、医療が行き届かない都会から離れた千の貧しい村々を訪れ、約七万人に無料で白内障の手術も行ってきた。日差しの強いトラタ共和国では白内障になる人が多いからだ。


 貧富の差が激しいトラタ共和国では、このような貧困層のためのボランティア活動は、ナータ以外にも、生き神シャンタム、その他著名な聖者たちが精力的に取り組んでいることだ。彼らはカリルとは異なり、ヒーリングや霊能力セミナーをしたり、商魂逞しょうこんたくましいスピリチュアルビジネスをしたりしない。


 だが、計算高いカリルはスピリチュアル・ビジネスで儲ける一方、形だけはボランティア活動をしているように見せる工夫をしていた。正統派の知名度のある聖者たちを真似た仮面である。

 後にカリルは、自分に発症した難病を治療したいがために、西洋医学を取り入れる病院を建て、それ専門の医療ボランティア活動を熱心に推進するようになる。

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