第32話 言葉の壁がない地

「ドゥー・ユー・アンダスターンド? 」ナータがわざとらしくゆっくり聞いてくる。

「ノー」天然な渚沙がのんびりと答える。

 それを聞いているみんなが笑う。申し訳ないけれど、英語で話をしてくれてもほとんど何も理解できない。渚沙にとっては、ナータやみんなと一緒にいるだけで満足できたので何の問題もなかった。

  

 日本の英語の授業は試験のためだけにある、というのがよくわかる。三ヶ月間のアメリカ留学の時にそれは承知していた。その三ヶ月の留学も短すぎて英語力の向上には役に立っていなかったこともトラタ共和国にやって来て十二分じゅうにぶんに証明された。

 ナータの聖地に滞在するのに必要な言語は、トラタ共和国の共用語の一つである英語の他、ドイツ語だった。ナータと宿泊者たちが、オフィスや庭でプライベートな時間を過ごしている時にナータが使うのはドイツ語が主だ。渚沙以外のほとんどの宿泊者と、永住者が全員ドイツ人だからだ。短大で消去法で選んで勉強したドイツ語がほんの少しだけ役に立ちそうだが、会話の中でいくつかの単語を拾えてテーマや内容を想像できたり、挨拶言葉が使えたりする程度だった。


 こんな話を聞いた。

 渚沙が来る前に、中国人女性がナータに会いにやって来た。彼女は、聖ナータが本当に神かどうか試そうと、ある時中国語で話し始め最後に質問をした。すると、ナータが流暢りゅうちょうな中国語で返答したので女性は仰天し、神を試してはいけないのだと悟ったという。中国人では彼女が初めての訪問者であり、ナータが中国語を勉強したという話は誰も聞いたことがない。


 夕方の聖歌での拝謁はいえつの時間に、時折ナータがステージから降りてきて参拝者たちと話をしてくれることがある。トラタ共和国は大国なのでたくさんの州があり、州ごとに違う言葉を話す。ナータは参拝者のそれぞれの言葉でやり取りしているのだ。彼に知らない言葉はないらしい。動物とさえ話をしていたという幼少時のエピソードもある。

 大人になってからも時々珍事が目撃されている。

 ある風変わりなドイツ人女性が、蛇の神様と話をしたいとナータに要求した。ナータはその場ですぐに蛇を呼び出し、蛇は彼の言葉のままに舞を舞ったのであった。

 

 しかしながら、ナータと接する上で外国語を学ぶ必要はあまりなかった。心の中で話しかけるだけでナータには十分通じることがわかったのだ。ナータは、渚沙や他の人たちが考えたことに対し、即座に頷いたり、イエスとかノーとか口に出すだけでなく、疑問に対して具体的に答えてくれたりすることもある。

 生き神というのは本当に便利である。

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