第41話 壊

 今なら誰が相手であろうと僕を止めることなんてできないはずだった。それほどに僕は僕の生きる意味というのを実感し、そして死んでいきたいと感じている。

 だが、ここで死ぬわけにはいかない。仲間の元にかえるまでは死ぬ意味すらないのだ。そしてそれが生きる意味だと僕は確信しているために、誰もそれを止めることはできないのだ。


「ダン、貴様のその力は人間離れしているとだけ言っておこう」

「僕はお前に褒められたいわけじゃない」

「ならば、誰に褒められたいというのだ?」


 賢者を名乗っていた魔王エイジの口から、僕を嘲笑うかのような空気が漏れた。だがそんな安い挑発はすでに僕には何の影響も及ぼさない。


 僕は仲間のために戦っている。コラッドに励まされ、ミルティーレアに驚かれ、ラングウェイに教えられ、アイリに心配されて、リヒトに褒めてもらうためにここに存在する。



 その感情というのを僕は文字で知っていた。それは友情とか仲間意識だとかいう薄っぺらいものではなく、愛、だ。僕は愛を知った。


 この境地に至ってしまえば全てが分かる。誰かが誰かを愛し敬い慈しみ、誰かが誰かのために生きてもがき苦しみ死んでいく。それらが複雑に絡み合うことによってこの世界は成り立っていた。


 そしてそんな愛を知る僕の邪魔をするものは愛を知らないものだけである。刀に愛を注ぐしかなかったウラルはそこで横たわっている。愛を知らない異界の者どもも同じ場所に行くが、愛を知るウラルとは生きた意味が違う。


 刀を通じて愛し合うことのできたはずのウラルは、僕の所までは届かなかったが故に道半ばで倒れた。ならば、魔王エイジはどうなのか。



「王ヨ」


 そんな僕との対話を邪魔する無粋なやつがいた。さきほどまで僕と話をしていたミオルの長である。彼に、この世界は似合わない。僕はそう確信する。


「コノ時ヲ、待ッテイタ」


 エイジは何も言い返さなかった。そしてその視線はある一点へと注がれる。そこにはミオルの長の後ろから迫ってくる、異形のものたちがいた。まるで、ミオルの寄生に抵抗したウラルのような、それらは怒りのあまりにミオルの長に群がったがミオルの長はその時にはさらに遠くへと逃げていた。さらにはそのミオルの長を掴んで上空へと引き上げる鳥形の異界の魔物がいた。あらかじめ用意されていた動きだった。


 逃げた、だと?


 この愛に満ちた世界において、逃げるなどという事が許されるのだろうか。ただでさえ愛を語る資格のない異界の者どもを使役する立場において、逃げるとは。僕は僕の生きて死んでいく道にそれが少しでも関わっているのが嫌で嫌でたまらなく嫌だった。


「グオォォォォ!!」


 異形の者の一人が吠えた。その視線は一度だけ僕をとらえたが、興味を失ったようだった。浮いた視線がたどり着いたのは門の上に降りたばかりの魔王エイジだった。


「なるほどな、それがお前には勝算に見えたか」


 一瞬でエイジへと群がる異形の者たち。その数は六つ。それぞれ巨大な刀に似た何かを握っていた。そして全く感心したように感じられないエイジは息を吸った。


 次の瞬間にゴウッという音とともに灼熱が場を制した。僕とは反対方向にあった地面は一瞬で溶かされ、その熱波はかなり距離の離れた僕にも軽度の火傷を負わせるのではないかというほどい熱かった。当たり前であるが、残ったものは消し炭のみである。燃える事のできる物は全て消失していた。



「浅知恵としてもひどすぎる。さすがにがっかりしたぞ」


 ぽつりとつぶやいたエイジは翼を動かした。羽ばたいたエイジは急加速し、視界の角に少しだけ残っていたミオルの長を掴んだ鳥形の魔物を捕らえる。もう一度あの業火が繰り出される音がして、黒っぽい何かが地へと落ちて行った。



「待たせたな」


 戻ってきたエイジは同じ格好へともどりそう言った。辺り一面はエイジが吹いた灼熱の業火で崩れ落ちそうである。帝の御殿は半壊していた。あそこに帝がおわしたとしたら、もう助からないであろう。だが、それも良いと思う僕がいた。

 周囲に潜伏していたのか、異界の魔物たちが半狂乱となって御殿から逃げ出すように出て行く。中には逆にこちらに近づこうとするものもいたが、魔王エイジの姿を見ると引き返していった。ソードマンや他の人間の姿は少ない。


「ほう、落ち着いているな」

「僕に死を運んでこれるだけのものがあると分かっただけだ。何も恐れる必要はない」

「何かが欠落しているか」

「僕に足りないものは多い。だから仲間がいて補ってくれる。僕も彼らの何かを補う。そしてそれを求め合うことを愛と呼ぶんだ」

「愛、か。そこまでの境地に至るまでに多くのものを失ったのだな」

「失ってなどいない。手に入れたんだ」


 愛を理解しないトカゲに用はない。僕は刀を抜いた。



「では、失うものはないと?」

「失ってなどいなかったんだ。すべては僕が誰かを愛し敬い慈しみ、僕が誰かのために生きてもがき苦しみ死んでいく。その過程に過ぎない」

「ふむ、ではこれではどうかな」



 何を言われても揺るがないはずだった僕の心はそれで壊れた。





 魔王竜エイジ。その禍々しい爪に握られていたのはコラッドの頭部だった。

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