第40話 欺

 狂おしいほどに僕を待っていたのだろう。ウラルがその全身から歓喜を表現しようとしているのが、痛いほどに分かった。その構えがいつでも僕を両断できると伝えてくる。その巨大な刀の間合いに入るか入らないかのギリギリの部分で僕はウラルを見据えた。


「嬉しいのか、そうか。僕はそんなでもない」


 呼吸は乱れていない。むしろ、ウラルの呼吸は乱れがちである。ミオルに寄生されたその体においても、基本的に息はするのだなと思った。立ち上がったウラルの後ろには黒色の大きな門らしきものがあった。

 それは「門」と言うのが正確な表現だろうと思うが、その時は閉じられていた。コラッドの召喚獣が様子をうかがっていた時にはその「門」から大量の魔獣が出てきていたのである。明らかに異界の入り口がここだった。




 場所は帝のおわす都の御殿である。帝はこの「門」のある場所ではなく、別棟のどこかにおられるに違いない。この周囲には魔獣以外にソードマンたちはほとんどいなかったからだ。しかし、僕の予想は間違っていなかった。そして、僕らはその御殿の付近に潜伏し、異界の入り口を探していた。


「僕だけで行ってもいいか?」

「危険よ」

「危険は承知の上だし、ウラルを相手にしたら他はいない方がいい」


 前回戦った時に足を引っ張ったと思ったのだろう。アイリの顔がくもった。


「アイリ、僕は君たちが足手まといだとは思っていない。そこは誤解しないで欲しい」

「じゃあ、何だと思っているんだ?」


 今度はコラッドがそう言った。ラングウェイは何も言うつもりがないらしい。僕の方すら見ていない。ミルティーレアは自分が足手まといだと思っているのか、視線を伏せたままだった。この状況で僕に対して怒りを向けるのはコラッドだろう。


「君らがいるから僕はここまで来たんだ」

「なんだ、それ」

「君らのために僕の命を差し出させてくれ」


 求めるべき死地を見つけた思いであった。そのためには力がいる。そして僕はウラルとの戦いを仲間に見られたくなかった。


「僕はこのために死ねなかった、いや、生きてきたんじゃないかと思ってるんだ。僕が僕の生き様に価値を見出した初めての瞬間に、君たちが必要だったんだよ」

「ダン……」

「馬鹿か、なおさら仲間のために生き抜いてみせろよ。お前がいなくなったら仲間は悲しむだろうが」


 コラッドは「俺たち」ではなくて「仲間」と言う。ようやく僕もなんとなくだが分かってきた。コラッドは照れているのかもしれないと。たまに僕も同じような気分になる。だけど、それ自体が恥ずかしいことだとは思わない。


「でも一つ教えて。貴方が死んでしまったら、誰がウラルを止めるの?」


 アイリの疑問に僕は答えることができなかった。その時は、多分来ないからだ。



 ***



「邪魔ハ入ラナイ。存分ニヤロウ」

「お前がお前のためだけに僕の仲間を狙うというのなら、僕はお前を許さない」


 仲間を連れてこなかった理由はひとつだけである。僕は怒っていた。僕はウラルを許せなかった。自分自身の我がままのために僕の仲間を危険にさらしたウラルがどうしても許せなかったのだ。


「お前はあの時に切られて死ぬべきだったんだ」


 最初にエルアの町で斬られるまで、ウラルはソードマンだった。それは美しいまでに矜持を持ち、誰もが憧れるほどのソードマンだったのである。

 なのに、斬られたことで力に縋りついた。僕も力が欲しい。だからこそ分かる。それは心の弱さであり、力は借りものだ。自身の力ではない。

 そんなまがい物にようやく芽吹いた僕の生き様を邪魔されてたまるものか。


 

 ソードマンに敬意を払うつもりでいた。だけど、僕はこのウラルにどうしても敬意など払うことができない。ならば、どうするか。僕は自分がソードマンであった頃に、もっともされたくない行動というのはどういったものだろうと考えた。


 残念なことに僕はもうソードマンを名乗っていない。これからさき、刀以外を全て捨ててソードマンに戻ることがあるのかどうかも分からない。だけど、おそらくそれはないのではないかと思っている。僕には刀以上に大切なものができたのだから。ソードマンの矜持は僕には通用しないし、僕もそれを押し通すつもりはない。


「貴様っ!?」


 僕の行動を見て、ウラルが激昂した。

 僕にはそれで隙が見えた。間合いを一気に詰める。ウラルは良くも悪くも西星流のソードマンだった。力を余すことなくつぎ込める。



 僕が手に持った棒はウラルの頭を吹き飛ばした。



 僕の手に握られていたのは刀ではない。棒だった。貴様に刀はもったいない。僕はウラルの体に寄生したミオルを潰すと、「門」へ向き直った。


「マサカ、ナ」


 そこにいたのは一匹のミオルである。しかし、その纏う雰囲気は他のミオルとは一線を画していた。


「ウラルガヤラレルトハ」


 僕を見て、それでも戦おうとも逃げようともしない。ただ、「門」の隣に佇むだけだった。


「お前は、何者だ?」

「我ハオ前ラガ言ウ、ミオルノ長」

「この「門」を護っているのか?」


 僕は棒を構えた。もしこのミオルの長が「門」を守護しているというのであれば、殺して「門」を破壊する。それだけのことだった。


「ソレハウラルノ役割ダッタ。ダガ、「門」ヲ壊サレルト困ルナ」

「では、死ね」

「イヤ、待テ」



 その時、巨大な何かが羽ばたく音が聞こえた。それほどに巨大な質量を持った獣が飛ぶというのを僕は知らないはずだった。だが、そうでもなかったかもしれない。それ・・は僕らのすぐ近くに舞い降りた。


「王ヨ」


 ミオルの長は、それ・・に対してその主人かのようにひざまずいた。つまりは、異界の王がこれ・・なのだろう。可能性としてはあったはずだ。しかし、僕らは誰一人としてその事を気に掛けていなかった。そうだ、明らかに異質だった。この世の者とは思えないほどに。



「異界の王ってのは、お前の事だったのか」

「そうだな、聞かれなかったものでな」



 僕は覚悟を決めた。手は棒を手放し、刀を握っている。

 鞘から刀を抜いた。ここで登場するという事は敵対するという事なのだろう。いや、そもそもそれ・・は異界の王だ。




「仕方ない、お前は僕に死を運んでこれるのか? 賢者エイジ!」


 そこにいたのは黒色の、賢者エイジと呼ばれた竜だった。

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